臨也小屋という不本意な呼び方をされている俺の部屋には鍵がついている。
もちろんシズちゃん相手にはその効力などないに等しい鍵であるが、動物対策の意味では欠かせないアイテムだ。
静雄ハウスにまで突撃してくる勇気ある動物はそうはいないが、忍び込もうとしたり慣れた家畜が迷い込まないとも限らないので、鍵はそれなりにしっかりかけている。
それは毛玉、もといフクロウのベルが家族(ペットと言うとシズちゃんが怒る)になってからも同じであったのだが。

「またやられた…」
外出から帰ると部屋の鍵がへし折られたノブごとドアから剥ぎ取られていて、部屋の中の備え付けの金庫までこじ開けられていた。
一見物盗りの犯行のようだが遺留品に金色の羽根、犯人は一目瞭然である。
「この毛玉!」
リビングに取って返すと俺の顔を見たベルが止まり木から金色の翼を広げて飛び立った。
「俺の部屋には入るなと言ってるだろこのバカ鳥!」
「ピギャー!」
シズちゃんが開けたドアから外へ逃げ出すそいつに俺は刺さらないナイフを投げつける。
けして頻繁ではないが、季節の変わり目に一度は行われるベルの臨也小屋荒らしは、もはや恒例行事になりつつあった。
その度にドアや鍵の強度を高くするのだが、敵もそれに合わせて成長するのでたまったものじゃない。
荒らされるといっても、仕事で部屋にこもった時にこっそり食べている非常食や、たまにシズちゃんのご機嫌うかがいに利用する取って置きの高級菓子だったりを盗み食いされるといった軽い悪戯である。しかしそのために毎回鍵を壊されるのは困るのだ。
盗み食いが数回続いたところで食べ物を金庫の中に隠すようにしたら、それが逆にベルの攻略魂に火をつけてしまったのか、キッチンに無造作に置かれた食料には手を出さないくせに俺の部屋のものをあえて狙って盗み食いするようになってしまった。
シズちゃんに言わせると甘えているらしいのだが、俺にはただの嫌がらせに思える。
元々肉食のくせに食生活をシズちゃんに合わせて雑食化したこのフクロウは、俺が隠しているものを食べることに意義を見出してしまったのだ。
池袋へ出向いた日や、ふもとへ買い物に行った隙をついて忘れた頃にやってくれるこの悪戯に、毎回ちょっとした追いかけっこをするハメになっている。
しかし昔シズちゃんから被った被害に比べたら、たまのベルの部屋荒らしなどかわいいものだったのでキツく叱り付けるまではしていなかった。
――それがいけなかったのだろう。



12月に入ったばかりの頃、ドタチンから正月の初日の出を皆で山に見に行ってもいいかと打診があった。
正月に友人が集まるんだったら、今年のクリスマスは家族でのんびり過ごしてもいいかとシズちゃんと話し合って決めた時、さてクリスマスプレゼントはどうしようかと俺は考えた。
この山に来てからのクリスマスといえば、ご馳走作って二人っきりでロマンチックに過ごしたり、皆で集まってわいわいパーティをしたり、村に降りて子ども会のクリスマスに参加して、出し物を披露したこともあった。
そんな風にこれまでイベント事にはそれなりに取り組んできたものだから、のんびり過ごすと言われてもせめてプレゼントくらいはなんとかしたい。
とはいえ誕生日やその他記念日にも贈り物をしてきて、そろそろプレゼント選びも苦しくなってきたところだ。
どうしようかと適当なサイトを参考にするべく覗いていて、ふと逆にベタ過ぎて避けていたものが目に飛び込んできた。
そう、手編みのマフラーである。


当然編み物など初めての経験で最初こそもたついたものの、そこそこに器用な俺は結構いいものを編み上げてしまった。
自画自賛だがさすが俺。色や柔らかさなど厳選してこれ以上ないという最高級毛糸を密かに取り寄せ、シズちゃんに見つからないよう部屋でこっそり編んで金庫に隠したところまでは順調だった。
が、順調すぎた。
イブの前日になって、またあの毛玉がやりやがったのだ。

「ピギャアーッ」
シズちゃんと二人、丁度買い物から帰った時に、奥からベルの焦ったような声と羽音が聞こえてきた。
シズちゃんはソリを片付けに納屋に行ってたので、俺が一人で部屋に駆けつけると、鍵の壊れた俺の部屋でベルがバタバタと大暴れしていた。
「ピギャッ!」
俺を見てさらにバサバサとでかい翼をばたつかせたベルの足の爪には、なんと隠していたはずのシズちゃんへのマフラーが引っ掛かっている。
それが金庫の取っ手にも引っ掛かって、纏わりついているのを引き剥がそうと暴れているのだ。
「落ち着けこの毛玉!」
すでに毛玉とは言えないでかいフクロウを押さえようとするが、正直純粋な力だけならもうベルの方が強すぎた。
俺は突き飛ばされ、慌てたベルは逃げようと俺の力作マフラーを引き伸ばし、その鋭い爪と馬鹿力でマフラーを裂いて床に振り落とした。
止める間もなかった。
せめてほつれるくらいならまだ直せるものを、ブッチブチに引き裂いたのだこの猛禽類は。
部屋の入り口に尻餅をついて、俺が足元に落ちたボロ雑巾となったマフラーを呆然と見ていると、まずいことをしてしまったと分かったのかベルはさらに羽ばたいて窓を突き破って逃走した。
ガラスの割れる音と同時に凍て付くような風が部屋に吹き込んでくる。
飛ばされそうになった元マフラーを手にした所で音を聞きつけたシズちゃんがやってきた。
「おいどうした…ってなんだこれ!」
俺は咄嗟に元マフラーを着ていたコートの腹部分に突っ込んで隠した。
「…またあの毛玉が部屋荒らして逃げた」
「ベルが窓割ったのか?」
「犯行現場に踏み込まれて焦ったんだろ。俺部屋片付けるから、シズちゃん外に落ちたガラス拾えそうなら拾ってくれる?雪で大変かもしれないけど危ないし…」
「お、おう、ちょっと見てくるわ」
シズちゃんが出て行ってからとりあえず雨戸を閉めて窓を塞いだ。
それからそっと元マフラーを取り出して、その悲惨な有様にちょっと泣きそうになった。
金庫に隠した自分が馬鹿だったが、どう考えたって一番悪いのはあのバカフクロウである。
もう許さない。飯抜きぐらいじゃ済まさないぞあの毛玉!と、怒りに震えつつもイブはもう明日だ。
俺はすぐさま毛糸を取り寄せるのに使った業者と運び屋に連絡をつけるべく携帯を取り出した。



戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -