運よく同じ毛糸の在庫がまだあると言うので、それをシズちゃんに見つからないようという注文をつけてセルティに運んでもらった。
イブイブの晩に仕事を入れたことを後から新羅がメールで愚痴ってきたが無視だ。
片付けると言って部屋にこもり、一晩でマフラーを仕上げるため俺は編み棒と格闘していた。
途中ベルが戻らないとシズちゃんが言いに来たが、叱られるのが恐くて逃げてるだけだろとあしらった。
一度は仕上げた編み物だったので、なんとか朝までにもう一度完成させることができたマフラーを今度は別の戸棚に隠してリビングに行くと、ベルはまだ戻ってきていないようだった。
寒さには強いようだから大丈夫だとは思うが、さすがに一晩帰らないのは初めてでシズちゃんはかなりそわそわとしていた。
俺は徹夜も相まって心配をかけるベルにより一層腹が立っていたのだが、夕方になっても戻らないとちょっと不安になってきた。
あの毛玉は俺のことを嫌っているが、自分が本当に相手を傷付けてしまった時は落ち込むというところまでシズちゃんに似ている。
今回、俺は逃げたベルを追いかけなかった。
マフラーがショックすぎてそれどころではなかったのだが、それはベルにも伝わったのだろう。
落ち込んで、帰るに帰れなくなっているのかもしれない。
「…シズちゃん、俺ちょっと出かけてくる」
「は?今からかよ」
「すぐ戻るから。シズちゃんは家でベル待ってなよ」
外は雪がチラチラと降っているだけだが、山の天候は変わりやすくなによりかなり寒い。
完全防備でコートを着込んでいても冷気が体に染み込んでくる。
俺は意を決して雪の中に足を踏み出した。
「…なんで俺がこんなことしなくちゃいけないかなぁ…」
ブツブツと呟きながら、遭難しない程度の距離まで歩いてあの毛玉が飛んでそうな空を見上げた。
冬の雪山は動物の気配が少ないけど一応シズちゃんのセーターを中に着込んでいる。それでも長くはもたない。匂いというより寒さ的な意味で。
「ったく早く戻って来いよバカ毛玉」
一刻も早く目と耳がいいフクロウがさっさと俺を見つけて飛び掛ってくることを望みながら俺は雪を掻き分け歩いた。


小一時間ほどして寒さに耐えかね家に戻ると、ベルは帰ってきていた。
こっちの心配などどこ吹く風という顔で部屋の隅にある自分の寝床で丸くなっている。
こいつもしかして俺が家から離れるのを見計らって戻ったんじゃ…
一瞬殺意が湧いたが、いや落ち着け、今日はクリスマスイブだ。
ぐっと堪えて晩御飯の準備をしているシズちゃんに声をかけて暖炉でかじかんだ手を温める。
寒い。鼻水が出る。これで風邪を引いたらあの毛玉をむしって羽毛布団を作ろうそうしよう。
それからまた毛玉に台無しにされる前に渡してしまおうと、シズちゃんへのプレゼントを取りに部屋に戻った。
部屋の鍵は前日ベルが壊したままで開いていて、窓は雨戸を閉めたままだ。
外から戻ったばかりで鼻は詰まっていたし、寒さで感覚が鈍っていたこともあるだろう、その時俺は気付くはずの違和感に気が付かなかった。
部屋に戻った習慣でメールのチェックもしておこうとデスクにまわり、パソコンの前の椅子に腰を下ろしたところでようやく俺は異変を目にして固まった。

そこには何故か死んだ魚の目があった。

事態を理解できず硬直した俺の目の前、パソコンのキーボートの上にデデーンとシャケ、そう、あのシャケが一本横たわり、うつろな目がこちらを見ていたのだ。
声にならない悲鳴が喉から漏れるがどうやら夢ではないらしく、部屋がやけに魚臭いのに今更気が付いた。
離せない視線の先、見るとこのシャケの腹には鋭い爪で抉られたような痕があり、そこからこぼれ出ているのは紛れもなくイクラだ。
寿司のネタとしてはとてもおいしく目に映るあのイクラがキラキラとデスクの上にトッピングされており、気が付きたくなかったが、そこかしこに血痕も跳ねまくっていて今俺が座っている辺りは凄惨な殺人現場のようであった。
俺は現実逃避しそうになる意識を繋ぎとめるように叫んだ。

「シズちゃあああん!たーすーけーてえええええ!!!!」



家族でのんびり過ごそうと決めた今年のクリスマス、そのイブの日の晩餐は天然物の極上シャケを使用した石狩鍋と、イクラをふんだんに使った海鮮親子丼になった。
「すごいなベル。こんなうまいシャケ初めて食ったぞ。ありがとうな」
シズちゃんはにこにこしながらベルの頭を撫でている。
確かに美味い。最高においしいのだが、まったくもって全然素直に喜べないのは犠牲が大きすぎたからだろうか。
何が起こったか訳がわからず動揺している俺に、シズちゃんは「ベルからのクリスマスプレゼントだな」と、何を理解したのかうんうんと頷き、そのシャケを使って料理を始めた。
この山でまだシャケは見たことがないので、このフクロウは恐らくよそへ捕りに行っていたのだ。
もしかすると北海道あたりまで。
やりかねないと俺は思った。
それにしても何故俺の部屋に!?明らかに嫌がらせだ!そう俺は主張したが、
「部屋を荒らした詫びに、おまえの好物を獲ってきたんだろ」
「これマグロじゃないし!シャケだし!」
「似たようなもんだろ。でかい魚でおまえに喜んでもらいたかったに決まってんじゃねーか」
かわいいやつだな、なんてシズちゃんは言っている。
いやいやいやいやこいつのおかげで部屋はさらに再起不能ですけど!?パソコンはもう使えたもんじゃなくなってるし、血やイクラが飛び散った部屋は生臭い匂いがこびりついてちょっとしたリフォーム必要なレベルに悪化してますけど!?
はっきり言って泣き寝入りである。
非常に腑に落ちない気分のまま、シズちゃんにプレゼントしたマフラーは喜んでもらえたが、毛玉は俺がシャケを食べているとものすごいドヤ顔で偉そうにふんぞり返っていたので、ベルのプレゼント用に取り寄せた高級生肉は俺とシズちゃんの明日のご飯の材料にしてしまおうと思う。
いやちょっとぐらいは分けてあげるけどね。思わず顔がほころぶほどシャケは半端なく美味かった。天然物はやはり違うようん。


そして翌日。
「お、おまえもプレゼント貰ったのか?おそろいだなベル!」
というシズちゃんの言葉にベルの寝床を見上げると、捨てたと思っていた裂かれた元マフラーが、何故かちゃっかりベルの巣になっていたのだった。
ベルは俺の編んだ元マフラーをくるくるに巻いた巣の中に、埋まるようにして羽を膨らませ、目を細くしてピスピス鼻を鳴らしている。

今更デレても遅いからなちくしょう!



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