死ぬ…もう死ぬ…いやもう俺って死んでるんじゃないだろうか。
いつもいつもいつも俺の予想の斜め上どころか死角で何かしら仕出かしてくれるシズちゃんだけど、もうこれ「夢オチでしたー」なんて事になっても頷ける位にあり得ない事だらけだ。

顔を洗った俺がダイニングに戻ると、出迎えてくれたのはカウボーイだった。
うん、魂が半分飛び出た。

「シズ…ちゃん?」
「おう、随分遅かったじゃねーか、とっとと行くぞ。」
そう言ってシズちゃんは笑顔で俺の手を取った。

えっ何これ何のコスプレ?何なの?本気で何考えてるの??
テンガロンハットにウエスタンブーツ、体のラインがはっきりわかるポケットの多いシャツとは対照の色のバンダナを首に巻いて、ガンベルトには大きなナイフがぶら下げられていた。

ねぇ、気付いてシズちゃん。いつもの服装の俺と今のシズちゃんの格好…。何のギャグなの。
うん、似合ってる。似合ってるよ?すっごく格好良いよ、さすが俺のシズちゃんだ。薄いサングラスがまた良い味を出してる。でもね、可笑しいよ、気付いて…って…このログハウスには似合ってると言えなくもな…い?えっ?あれ?俺のが浮いてる?俺?俺が可笑しいの?そうなの?

あ〜うん、きっと…夢だよ、コレ。そうだ、そうだよね。そうだと誰か言えよ。



「俺はまだ馬にゃ乗れないけど、良いもんに乗せてやるよ。」

俺を片腕で抱き上げながら歩くシズちゃんは何故か山頂に向かっている。一歩踏み出す度にチャリチャリと鳴るブーツの音を聞きながら、俺はシズちゃんのもう片方の手に掴まれている鉄板をガン見していた。何でかな…嫌な予感しかしないんだけど…。

5月とはいえ山頂付近は未だに雪が残っているのが日本アルプスだ。この雪の急斜面を苦も無く移動するのなんてカモシカとか……シズちゃん位なんじゃない?ウェスタンブーツでここを登ってくってどんなけ非常識なんだよっ!あっという間に山頂じゃねーか!

「…この辺で良いか…。よし臨也、こっから一気にソリで降りるぞ。」
「やっぱりか!その鉄板の使い道をずっと考えてたんだけど、やっぱりかよっ!」
「お前いっつもスノボとかソリとか途中で壊れて最後まで滑れてなかっただろ?」
「いやいやいや?最後ってどこ?どこに行くつもりなの?あの世じゃないよね?」
「これなら…ちょっとやそっとじゃ壊れねーし、障害物は俺が蹴り壊してやっから♪」
「聞けよ!人の話ちゃんと聞こうよ!!俺はちゃんとコース考えて…って!ちょっ!待っ!」

俺を抱えたままシズちゃんは鉄板を雪面に投げ置いた。ズシャっと置かれたその鉄板をよく見るとアウトドア用の鉄板焼き用の板だった。大きいそれを使ってドタチン達と焼きソバを作って食べた記憶も新しいよ…。その鉄板の片方の取っ手に紐が付けられていた。うん…シズちゃん的には手綱なんだろう…ね。

「しっかり抱きついてろって言いたいとこだが、それだと景色見れねぇからな。」
そう言ってシズちゃんは俺に紐を持たせて鉄板の上に体育座りをさせた。(もうね、こうなったら言われるがままだよ;;一人でここから帰れないしね;)その俺を後ろから抱き締めるようにシズちゃんが座る。
「しっかり楽しめ。…誕生日なんだしな。」
耳に吐息と共にそんなセリフを吹き込まれた直後、鉄板は滑り落ちた。


…よくさぁ、他人の運転が怖いとか言う人って居るじゃない?あれってハンドルきったり、ブレーキを掛けるタイミングが自分と違うからってのも要因なんだよね。違和感が不快感になるっていう。あぁ、勿論それだけが原因じゃないからね?本当にその人の運転が危険な場合も勿論あるさ。

で、俺の場合は…どうだと思う?



「うわぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁあぁっ!止めて止めて降ろして降ろせぇえぇ!」

ズギュンっと音を立てて俺とシズちゃんを乗せた鉄板は直滑降真っ最中。時折ズガンドカンと大きな破壊音を放ちながら、物凄いスピードで滑走している。
俺は普段からスノボやソリを愛用しているけど、自分でコース取りをして滑るの前提だ。ヤバイと思ったら飛び降りるのも結構好きだったりする。スピードも自分で調節できるから、いろんな事がある程度予測できて対応できる。まぁ、予想外の事が起きるのも楽しいんだけど、その対処も自分で動くからこそだ。
でも、でもね、今のこの状況!身体はシズちゃんの腕が絡みついて動けやしない。申し訳程度に持ってる紐は梶をとれるワケもなく…鉄板はただただ落ちていくだけだ。そして当然ながら迫り来る障害物!岩だったり木だったり、あるよね!

「ちょっとちょっと!うわーぶつかるよ!シズちゃん!俺だけ死んじゃう!」

目の前に広がる岩石に絶望的に叫んだ俺をシズちゃんは更に強く抱きこんだ。
俺一人だったらもうとっくに飛び降りてる!コース変更してる!もう止めてる!!

「あっはは〜バーカ、死なせるかよっ!」
直接耳に囁く余裕の声、そのまま甘噛みされて仰け反る俺の視界の端に、シズちゃんの長い脚が持ち上がるのが見えた。

「おらよっ。」

ぶつかると思った瞬間、シズちゃんがガツンと岩石を蹴った。
岩石はショットガンに撃たれた林檎のように粉々に砕け散った。

砕けた破片が銃弾のように後方へ飛んでいって、俺に当たりそうになったのはシズちゃんが全部弾き返してくれた。そんな事を何度も繰り返してると、だんだん慣れてきて楽しくはなった。なったけど…ねぇシズちゃん?さっき崖だったよね??俺たちって今まさにサンタみたいに空飛んでるよね。眼下に木や川が見えるよね。ねぇ、どうするの?どうすんだよっ!!!

「おーすげぇ〜。」
「何、暢気な事言ってんだバカーーーッ!どうすんだーーっ!!」

あー、死んだ、な。



* * * * *



目が覚めたらいつものロックングチェアだった。俺…生きてるんだろうか?…どうやって?ねぇ、どうやってあの状況から生還できるんだよ?どこも痛いトコとか無いんだけど。これって死んだから?

恐る恐る周りを伺うと…シズちゃんの気配を感じた。
テーブルで何かしてるようで、何かしては「駄目だ;」と唸ってる。薄目を開けて見てみてもテーブルの上はいろんなモノが並べてあってよく判らない。でも良い香りがしてるから、きっと晩御飯なんだろうなって思った。なんだ…夢だったのかな。

もうね、もうこれ以上…何もしないで欲しい。今日は色々な事でもういっぱいいっぱいなんだ。
視覚的な意味で死に掛けた。
普段と違う服装っていうのは…クる。シズちゃんは本当に外見がむちゃくちゃ格好良いから…あんなギャルソンやカウボーイみたいなのを着ると際立つんだ。あぁ、見惚れるんだよ、悪い?
聴覚的にも死に掛けた。
何かもう…やたらと可愛いだの何だの言ってくるんだけど…何なの、ホントに死んでよ。普段なら絶対に言わないのに、誕生日だからって飛躍し過ぎじゃないの?あれ?誕生日ってこんなんだっけ?……よくは…知らないけど…さ。

理性だってもう砕けかけてる。俺の内側から何かがシズちゃんに向かって飛び出しそうになっているのを押し留めるのが限界になってる。視覚・聴覚だけじゃ足りないって俺を構築するあらゆる器官が訴えているんだ。


それなのに、やっぱりシズちゃんは俺の願いをスルーする。
キイ…
小さな音を立てたチェアに気付いてシズちゃんが近付いてきた。このチェアに居る俺を起こす時には(起きてると判ってても)絶対にキスをしてくれるから、俺はすぐそばに気配を感じても目を閉じたままで甘いキスを待つ。
「……起きろ…メインだぜ。」
そう言われて目を開けると、俺に覆いかぶさっているのはナチスの軍人だった。
うん、目を見開いたまま…俺は死んだかもしれない。
可笑しい…可笑しいよシズちゃん。でも凄く格好良い。似合ってる。誰だよ、このコスプレ選んだの。GJ、言い値を払ってあげる。

「お前、そろそろ慣れろよ。」
俺だって恥ずかしいんだぜ?そう苦笑するシズちゃんが恨めしい。人の気も知らないで!今のシズちゃんがどれだけの破壊力なのか自覚しておいて欲しい。あぁ、もう、駄目だ…本気で俺が崩壊しそう。
それでもシズちゃんは胸に爆弾を抱えている俺をさらに追い詰める。

「……こっから…好きなの選べよ。」
ヒョイと抱えられてテーブルに連れられて見ると、そこには小さなホールケーキがいくつもいくつも並べられていた。
「…何…これ…。」

おめでとう
好きだ
あいしてる
いざや
奥さん
かわいい
俺の
たんじょうび
はなさない

イザヤ
可愛ぃ

そのケーキそれぞれに歪ながらも文字がデコレーションされていた。

「何…どんな顔して…書いたの…。」
ケーキだけでなく鮪のカルパッチョなどの料理も並べられていて

「っていうか…こんなに…誰が食べるんだよ…。」
静雄自らが絞ったフルーツジュースもピッチャーに並々と注がれていて

「たかだか…俺が産まれたってだけの日に…何でこんな…。」




「お前が産まれてきてくれた日だから、んなにも浮かれたんじゃねーか。」

バカバカ、シズちゃんの大バカ…

「今日はお前、誕生日だからな。普段言えねぇ事でも何でも言ってやる。」

も、止めて、ほんと…勘弁して…

「可愛い臨也、トロトロに甘やかして忘れられねぇ誕生日にしてやる。」

あぁ、も、限界…



「シズちゃん!シズちゃんっ…シズちゃんっ!!」
抱えられてる身体を捩って抱きついた。キスを強請って、我慢できずに自分から喰らい付く。
「も、やだ!もういいから!シズちゃんを頂戴!全部頂戴っ!全部俺のだって言って!」

朝から与えられた甘い言葉に優しい笑顔、見惚れる姿に逞しい振る舞い…ぬるま湯に浸かっているような恥ずかしくて居た堪れなくて目のやり場に困って耳を塞ぎたくなった幸せな…愛されて甘やかされているのをこれでもかと突き付けられる攻撃に撃沈寸前だ。

でも俺は、もっと甘くて幸せなコトがあると知っている。

「足りない!足りないよ、シズちゃん!その服は飾り物?もっと俺を満足させてよ。」

目の前のこの優しく甘く獰猛な男が欲しい。今朝から…数日前からのこの情熱をこの身に直接刻んで欲しい。受け止めきれずに溢れて溺れて死んじゃうかもしれないけど、きっとそれは…とても幸せな事なんだと思う。


「今のこの俺に言うんだ…覚悟はできてんだろうな?」
ほら、目付きが…顔付きが変わった。シズちゃんはもっともっと色んな面を持ってる。

「俺の全部を…テメェにヤりぁ良いんだよなぁ…。」
そう、全部寄越しなよ。




「満足、させてやるよ。」



こうして俺は拉致された。
「サンキュ、後は好きにしてくれ。」そう言って家を出た凶悪なナチスに。




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