ふざけんなよチクショウ。
怒ってないなんてもちろん嘘だ。
俺が買ったシズちゃん用マグを割って踏んで踏んで踏んで踏んで踏みまくって、久々に殺してやろうかと思うほど腹が立ったけど、でもそれ以上に悲しくなったのも本当だ。
シズちゃんにとって俺って、所詮その程度なんだと突きつけられて。
シズちゃんの休みに合わせて波江にも休んでもらって、呼ばれるのかな、それとも来るのかな、なんて数日前からのあのワクワクした気持ちを思い出すほど情けなくて。
シズちゃん以外からくるメールに目を通す度、胸がざわついて、暮れてく一日に呆然とした。
俺が思うほど、シズちゃんは俺のことなど思ってなくて、付き合っていても元から気持ちは平等なんかじゃなかったと再確認してしまって、日付が変わった瞬間こらえきれなくて涙が溢れた。
足を引きずって、入るタイミングを逃し続けた風呂にようやく入って、浴槽から天井を見上げながら俺は笑った。
そうだよ、何を期待してたんだ俺なんかが。滑稽だ、実に滑稽だ。
俺から一か八かの告白をして、無理矢理付き合ってもらったようなものだった。
週一回、たまに二回、セックスしてもらってるだけで十分すぎるじゃないか。
ご飯を作ったり、世話を焼いたり、プレゼントをあげたり、それは見返りを求めてしたことじゃなかったはずだ。
付き合い始めて数ヶ月、調子に乗ってきてたんだ。
あの時その場のテンションでシズちゃんが言ってくれた、俺の誕生日を祝いたいなんて言葉、真に受けるほうがどうかしてた。
空気読めよ俺。
大丈夫、きっとまた週末にはセックスしてくれるし。
だから初心に帰ろう。
俺はシズちゃんのこと愛してる。たとえシズちゃんが俺のことを愛してくれていなくても。
一晩寝たら平気だよ。
なかなか眠れないかもしれないけど、朝になったらまたいつもの俺になってるから。

そうしてやっと気持ちの軌道修正をした俺を、朝から乗り込んできたシズちゃんはそれはもう盛大に引っ掻き回してくれた。
俺はいつも通りでいたいのに、シズちゃんはやっぱり変な奴だ。
自分で忘れて自分で泣いて、でもそんなシズちゃんが俺はやっぱり好き。どうしようもない。

そんなシズちゃんに俺は今手を引かれて街中を歩いている。
一応言っておくが、散々抵抗しても離してくれなかったので仕方なくだ。
泣き止んだシズちゃんにご飯を食べさせてやって、俺は昨日手がつかなかった仕事をやって、時々シズちゃんに構ってやって、割りといつもの感じに戻ってきたかと思っていた頃、シズちゃんに部屋から連れ出されたのだ。
手を引かれてというより引きずられて来たのは池袋。どういうつもりだシズちゃん。みんなの目が、目が痛い!これなんの罰ゲーム?
「シズちゃんいい加減離して!離せ!おいこら静雄この野郎!」
蹴りを入れたらこっちの足が痛かった。
しかしシズちゃんは時々いいからいいからと言って、俺を離すことなく引きずっていく。
「俺にリベンジさせろ。勝ち逃げは許さねぇ」
「なんの勝負!?」
シズちゃんがニコニコしながら嫌がる俺を引きずるので、きっと目撃者は俺がこれから処刑でもされるのだと思うに違いない。ホモカップルだと思われるよりはいいけどこれはいけない。いけないよ。俺の情報屋としての箔が落ちる。
しかしシズちゃんの足は止まらない。
そんなこんなであるお宅の前までやってきた。
そこに近づくにつれ、まさかまさかと思っていたが、そのまさかだった。
表札にはしっかり平和島と書かれているので間違いない。
シズちゃんは立ち止まることなく自分の実家に俺を引きずり込んだ。


「一応紹介するな、俺の親父とお袋」
「は、はじめまして、折原です」
「ようこそいらっしゃいました、折原さん」
頭の中でそこにありはしないししおどしのコーンという音が響いた。
シズちゃんのご両親という以外はなんの変哲もない中年夫婦を前にテーブルを挟んで正座した俺は、シズちゃんの意図も己が置かれた状況も訳が分からなかった。
なななななんだこれどういうこと?
「兄さん、お茶…」
いつの間にかおぼんを手にした幽君まで部屋に入ってきた。国民的アイドルに何させてんだ。
「おおサンキュ。丁度祝日だし、おまえも休みで助かった。家族揃うなんて滅多にねーしな」
俺の家で携帯持ってごそごそしてると思ったら、家族と連絡取ってたのか。道理でスムーズに迎えられたと思った。
しかしこんな大切な家族の団欒に水を差したい気持ちなどまったくないので「じゃあ俺はこれで…」と腰を上げようとすると、シズちゃんにガシリと掴まれ強制シットダウンの刑を受けた。
正面にはご両親、ななめ前には幽君、隣にはシズちゃん。
夢ではない、俺は今、平和島一家に囲まれている。
「静雄から折原さんの話は聞いてますよ。いつもお世話になってます」
「いえ、こちらこそ」
そっと目を伏せる俺の米神にはじわりと汗が浮いた。
話って、どういう話を聞いてるんだ。
交際前ならろくな話題じゃないだろうと予測はつくけど、今はなんだかもっと不吉な予感がしてならない。
俺はシズちゃんにも、シズちゃんの家族にも後ろめたさを持っているから。
シズちゃんはどういうつもりなんだろう。
俺が逃げ出したくてたまらないというのに、シズちゃんはまるで意に介さずといった顔で俺の眼下に封筒を差し出した。
「これ、俺からのプレゼント」
そう言ってその封筒から何か書類を取り出す。
「いつかはと思ってたけど、いい機会だし。今年の誕生日プレゼントの手付けにな。いや、ちゃんとしたプレゼントは後でまた渡すからよ」
俺はその書類を見て、目をこすって、もう一度見た。
俺の目がおかしくなってなければ「養子縁組届」と書いている。
そしてシズちゃんの名前がすでに力強い字で書きこまれていて、俺は口をあけてその紙とシズちゃんを交互に何度も見た。
「保証人はうちの親がなってくれるから。いつ出しに行くかは、おまえの親にも挨拶に行った後考えればいいし」
「…はい?ちょ、ま、待ってシズちゃ…」
「提出日は結婚記念日になるんだから、二人で決めようぜ」
ピッシャーンと雷が落ちた。気がした。


日本では同姓が結婚しようと思ったところで法律がそれを許していない。
そこで現在は代替手段として養子縁組が公的な関係証明に選ばれることがある。
戸籍上の関係を結ぶことで、婚姻関係の代わりとするのだ。
だから今シズちゃんが俺の前に出した紙は婚姻届の代わりであり、つまり俺と結婚するなどと、自分の両親、弟の前で言っているのだ。
「シシシシシズちゃん?ななななななな何を言ってるのかな?」
俺はキョドりまくって平和島一家の視線から逃れるようにぐしゃりと紙を握り締めそれで顔を隠した。
「おい皺になんだろ」
「それどころじゃないだろ!一体どういうつもりでこんな、こんな…っ」
「まだ予備あるからいいけどな」
「用意周到か!」
思わず突っ込んで、ハッとして正面の二人を見た。
それからバッと俯いた。見てる!シズちゃんのご両親からめちゃくちゃ見られてる!
すると俯いた俺の肩をシズちゃんが掴んだ。
「親父たちには全部話してあるから。まぁ最初は反対されたけど、今はもう俺たちのこと応援してくれるって言ってるし、大丈夫だから」
なにが、なにが大丈夫だというのか!
カーッと頭に血が昇って唇がわなわなと震える。
こんなに赤面したのなんて、シズちゃんに告白した時にもなかった。
混乱して、俯いた目に涙が滲んだ。
「だっ…て、こんなっ、聞いて…ないっ…よ」
「は?いやしただろ?おまえ俺がプロポーズしたら頷いたじゃねーか」
「…へ?」
驚いて顔をあげると、シズちゃんもぎょっとして顔を赤くした。
「テメ、ここで俺に恥かかす気か!?ちょ、親父タイムタイム!ちょっと待ってくれ!」
シズちゃんはそう言って体を後ろに捻るとグイッと俺の首に腕を回して引き寄せた。
「ふざけんなよテメェ、俺が結婚してくれっつったら頷いたろ。確かに頷いた!」
ご両親に背を向け顔を寄せてきて声を潜めてるけど、全然みんなに筒抜けなことを言ってシズちゃんは俺の首をぐいぐい引っ張った。
苦しいってば!てゆか待て、結婚?結婚だって!?
俺はモヤモヤと一ヶ月ほど前のことを思い出す。
そういえばお忍びで遠出してお花見デートした時、帰りに公園の露天で指輪を衝動買いして、その後寄ったラブホでそんなこと言ってたような…。
貰ってすぐ中指につけてた指輪を薬指にはめ直されながらだったから、シズちゃんのリップサービスぱねぇとか思いながらその晩は非常に萌えたし燃えた。
あれ、まさか本気だったのか。いや普通はないよね。男同士だし、冗談だと思うじゃん普通は。
たとえ冗談だとしても俺は嬉しかったから、今も薬指にはその時の指輪付けっぱなしにしてるけど。
いやいやまさか…と左手の指輪をぎゅっと握り締め、呆然とする俺にシズちゃんは、
「おい、結婚するよな?…す・る・よ・な!?」
ドスの効いた声で脅してきて、俺は首を掴む腕で上下に振られ、ほぼ強制的に頷かされた。
「…よし」
なにがいいのかシズちゃんはそうして改めてご両親に向き直り、俺の首根っこを掴んだまま頭を下げた。
「というわけで俺たち結婚するんでよろしく」
一緒に頭を下げさせられながら、俺はまたもカーッと顔を赤くした。
こんなのサプライズというよりドッキリだ。嘘みたい。というか嘘だよね。嘘だと言って!
幽君がいつもの無表情でパチパチと拍手をする。
え、ちょっと、なにこれ。涙出そう。
「臨也…」
シズちゃんの手がそっと俺の肩を撫でる。
ずっと、付き合うよりもずっと前から、この手にこんな風に触れられたかった。
でも、本当にそれが実現すると、信じられなくって、恐い。
本当にこれを信じてもいいのかって。だって、俺は…

その時正面から固めの声が響いた。
「折原さん、ちょっといいですか」




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