慌てて顔を上げると、シズちゃんのお父さんがこちらをじっと見ていた。
赤かった顔からサァと血の気が引いていく。
「…折原さんのご職業は?」
「あ、あの、ファイナンシャルプランナーをしております」
「静雄からは情報屋…とうかがっておりましたが」
何勝手に暴露してんだシズちゃんめ!隣を睨みつけたいが我慢して、いいえファイナンシャルプランナーですと俺はなるべく真面目に言った。
「父さん、折原さんは新宿にオフィスがある社長さんだよ」
何故か幽君からフォローが入った。恐らく俺の味方ではなくシズちゃんの味方なんだろうけど。
でも変な目で見られても仕方ない。俺はシズちゃんをこっちに引きずり込んだ元凶なんだ。本来ならその家族からは罵倒されて当然だから、申し訳なくて仕方がない。
「失礼ですが年収などおうかがいしても?」
「あ、はい…」
うわぁ、すごく値踏みされてる。本当に結婚の挨拶に来たみたい。
人事みたいに感心していると、シズちゃんがぐっと俺の肩を引き寄せて言った。
「ムカつくことに俺の何十倍かは稼いでるからほっとけよ」
「いや、こういうことはちゃんと本人の口からも…」
「おいまさかまだ反対だとか言う気じゃねぇよな。やめろよこいつが不安がるじゃねーか!」
「シ、シズちゃん」
もうやめて今すぐ逃げ出したいくらい恥ずかしい!
「反対しねぇって言うから連れてきたのに。帰るぞ臨也」
「待ちなさい静雄!」
「うるせぇ!俺はこいつを喜ばしたくてここに来たんだ!なのに!」
…俺、これ以上シズちゃん好きになったらきっと爆発する。
悔しいけど、嬉しい。
交際は誰にも秘密でって言い出したのは俺だけど、同意したシズちゃんに少し悲しくなったのも俺。
言えるわけないって分かっていても、人に言えないような交際相手な自分が惨めで、なのにシズちゃんはよりにもよって家族に俺のことを話してたんだ。
恥ずかしいけど、嬉しい。嬉しくないわけがない。シズちゃんは家族に言ってもいい程度には俺のことを認めてくれてたんだ。
「落ち着け静雄。確かに折原さんは美人だが、男なんだぞ?」
「最初からそう言ってんだろーが!男でも俺が選んだならいいって言ってたくせに、なんだよ会った途端手の平返しかよ!」
「いやまさかこんな美人連れてくるとは…。あのな静雄、美人ならなにも男性じゃなくてもいいんじゃないか?いや女性でもこんな美人は滅多にいないかもしれないが」
「だから!顔で選んだんじゃねーから!」
あの、お父さん、俺の顔についてそれは褒めてるの?なんなの?
なんともいえない居心地の悪さを感じつつ、だけどいつの間にかシズちゃんVSお父さんで言い争いを始めそうになって俺は慌てた。俺のせいで平和島家に亀裂が走るのは困る。
シズちゃんは家族が大好きだから、それを知ってるから、こんなことになるぐらいなら別れるしかない。
立ち上がろうとするシズちゃんを押さえようとぐっと引っ張る。
そのままもう別れますから!と言おうとして、しかしそれは凛とした女性の声に阻まれた。
「お父さん」
今まで黙っていたシズちゃんのお母さんだった。
なにか言おうとしたお父さんの言葉も遮り、シズちゃんのお母さんはお父さんに体を向けた。
しかし目だけはこっちをじっと見たままで、え?なにこれ恐い。
「お父さん、子どもを授かって育ててもう二十幾年、私、もういいですよね」
「お、お袋…?」
シズちゃんも不思議そうにお母さんを見ている。お父さんも、幽君も。
「そう、静雄を身ごもって以来封印してきたこのカルマ、きっとこれは、もう解き放ってもいいっていう神様のおぼし召しなのよ」
え、なに?シズちゃんのお母さんってもしかして電波さん、まさかね?
男衆がみな何事かと見守る中、お母さんはにっこりと笑う。
「私は折原さんを歓迎しますよ。ああ、まさか実の息子がこんな幸せを運んできてくれるとは思わなかった」
「ちょっと待て、何を…」
「いいですかお父さん」
ホウと溜息を吐いて、シズちゃんのお母さんは言い放った。

「池袋に生まれてホモが嫌いな女子なんかいません!!」

な……
「な、なんだってー!?」
シズちゃんとお父さんはとても驚いて声を上げ、俺と幽君はポカーンと口を開けた。
まさかのお母さん腐女子宣言である。
「一人はアイドル、一人はこんな美形を連れてくるなんて…萌えのツインタワーじゃないの!こんな孝行息子を持ててお母さん幸せです!」
自分の母親の口から萌えという言葉が出てくるなんて、シズちゃん大丈夫かな。
言葉を失いながらもそっとシズちゃんをうかがうと、シズちゃんは目を輝かせながら、
「ありがとうお袋!!」
と、むしろ大歓迎の様子だった。
いや分かってるのかな。君のお母さん、あの狩沢さんのお仲間かもしれないんだよ?
「いやだどうしましょ。久方ぶりに創作意欲が沸いてくるほどの萌えだわ。この萌えをくすぶらせるわけにはいかないじゃない。まずは手っ取り早くサイト開設もいいけど、同人誌も出したいわね!」
って思ったよりディープだよこの人!!
お父さんは可哀相におろおろして「か、母さん?」なんて言っている。
「馴れ初めなんかは後でじっくり聞かせてもらいますけどまずはお祝いよ!祝杯の用意はできてるわ!二人ともお料理持ってくるの手伝ってちょうだい!」
「おう!」「はい」
お母さんは息子二人を連れて客間を出て行ってしまった。
「………」
「………」
残された俺とお父さんは無言でそれを見送る。
シズちゃんはよく分かってなさそうだけど、幽君、彼は職業柄もしかしたらああいうのにも耐性があるのかもしれない。
「…折原さん」
「…はい」
「…こんな一家ですが、どうぞよろしく!」
そう言ってバチンとウインクして誤魔化したお父さんは実にキュートなナイスミドルっぷりであり、シズちゃんの父親だけあってにじみ出るその面影に赤面しつつ頭を下げる俺であった。



こうして突然平和島家の晩餐に加わることになった俺は、シズちゃんに料理と酒をぐいぐい勧められ、お母さんのどこかギラギラとした視線にさらされながらも、一日遅れの誕生日パーティをしてもらった。
そしてシズちゃんと、シズちゃんのお父さんとお母さんの署名入りのプレゼントを持っての帰り道、俺は勇気を出して隣を歩くシズちゃんの手に初めて自分から手を伸ばした。
触れたシズちゃんの手はお酒を飲んであったかくなっていて、俺が握るともぞもぞ動いて俺の指の間に指を差し込んで、きゅっと力を込めてきた。
「…今日はごめんな」
「なんで謝るの?」
「…親父のこと」
「結局許してくれてたじゃない」
「…それに、本当は昨日祝うべきだった」
まだしゅんとした顔でいるシズちゃんに、俺は首を横に振る。
そして傾けた頭をシズちゃんの肩に乗せた。
こんなことすると、まるでカップルみたいだね。
新宿2丁目でならまだしも池袋でこんなことしちゃうなんて、俺今確実に酔ってるよ。
「誕生日だからってこんなことされたら心臓持たないから、来年もまた忘れてよ」
「テメェな…」
シズちゃんは頭を掻いて、それからキョロキョロと辺りを見回し俺の手を引いて細い路地裏へと入った。
立ち止まって、俯いた俺の前にかがんで押し付けるだけのキスをして、
「…明日仕事か?」
「シズちゃんもでしょ」
「あー、まあ、そうだけど…泊まってけよ」
唇を触れさせたままそんなことを言われて断れるわけない。
いいよね、イケメンは何をしても様になって。俺もだけどさ。
俺はシズちゃんの肩に顎を乗せてぎゅっと抱きついた。
「誕生日プレゼント、ありがと」
「おう」
「シズちゃんはふつつか者だけど、これからもよろしくしてあげる」
「…おう」
俺の軽口に珍しく反論せず頷いたシズちゃんに、俺はじわじわと胸がいっぱいになってきて苦しくて、シズちゃんの肩に頬を押し付けてから普通に息ができるようになるまで顔が上げられなかった。



次の日、ダラーズの掲示板に戦争コンビの路チュースクープがアップされ、それを知ったシズちゃんが、
「おまえのこと好きになってもう8年、俺も、もういいよな」
などと呟いたので俺は爆発した。



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