臨也が迎えに来いと言った時間に山を降りるとそこにはトムさんが居た。
久し振りというよりはもう懐かしいその姿に思わず持っていたソリを落としてしまった。車の窓越しに俺に気付いたトムさんと目が合った。苦笑してくれた顔が変わってなくて泣きそうになった。

「トムさん…なんで…。」
「久し振りだなぁ、静雄。」
「あ、あぁ…お久し…振りです…。」
車から降りたトムさんに駆け寄る。焦る俺の顔を見てか、トムさんが本格的に笑った。

「偶然見かけてさぁ、声掛けたらシズちゃんの事を気にしてたから『どうですか』って誘ったんだよ。」
背後から臨也の声がしてギョっと振り向く。そうだ、臨也が何でトムさんを連れてくるんだ?まさか無理矢理トムさんを拉致ってきたんじゃないだろうなと、トムさんと臨也を交互に見てしまう。
「そしたらさぁ、シズちゃんと一緒に食べるんだ〜ってお弁当買ってくれてたよ?」
見るとトムさんの手には重箱が包んである風呂敷包みがあった。トムさん…俺の為に。
「いや、コレはっ!そのっ!」
何だか焦るトムさんに臨也が「そんな照れなくても良いじゃないですかぁ。」などと言っていた。

立ち話も何だから家の方へっという事になった。歩いてどの位掛かるんだ?というトムさんにコレに乗って下さいとソリを置いた。戸惑ってるトムさんの背を臨也が「大丈夫ですからぁ〜」と押していた。ちゃんとココ持ってとか説明しつつ他の荷物も手際よく積み込んでいく臨也、不安と混乱に満ちた顔のトムさん、2人と荷物がしっかり乗ったのを確認してロープを引っ張る。
「シズちゃん、残念だけど今日はゆっくり登ってね。」
言われるまでもねぇ、トムさんはテメェみたいにスピードにノッた勢いでムーンサルトを決めるような変人じゃねーんだからよ。


いつもよりゆっくりとはいえ、自動車並みのスピードで進むソリにスーツ姿のトムは必死にしがみ付いていた。…何で静雄と折原臨也が一緒に居るんだという疑問を口に出せないままに。




ソリが家の前に着くと早々に臨也はソリから飛び降りて家の中へ入っていった。
「トムさん、大丈夫っすか?」
「あ…ははは…大丈夫、大丈夫だよ…。」
トムさんに手を貸し、とりあえず休んで下さいと家の中へ促す。トムさんに見て貰いたかった俺が作った俺の家へ。

「おかえりなさい、シズちゃん!」
ドアを開けた瞬間満面の笑みを浮かべた臨也が抱きついてきた。
「あぁ…ただいま。」
俺もそれに答えて臨也の腰に手を回してキスをする。んっと満足そうに笑う臨也がいっそう笑みを深くした。ちなみにこれはもう俺達にとってはいつもの事だ、たとえ2人一緒に帰ったとしても先に家に入った方がおかえりと出迎える…そういう何でもない日常風景だったんだが…臨也の言葉にこの場が凍りついた。

「わぁ〜そうだ、お客様が居るのに恥ずかしいなぁ〜もうシズちゃんたら〜。」

ものっ凄い棒読みで、なおかつニヤニヤ笑いながらキッチンエリアに小走りで駆け込んでいく臨也がワザとらしくてイラっとする。殴りたい、殺したい、… ちょっと可愛かったが。だが今はそんな事を考えている余裕なんざ無いんだ。そうだ、トムさん!今まさに俺の斜め後ろにはトムさんが居るんだった!ギギギギと恐る恐る振り返れば…そこには弁当の包みを握り締め硬直している真っ青な顔のトムさんが今にも崩れ落ちそうになっていた。


「す…すすすんません!大丈夫っすか?」
またもトムさんに手を貸し肩を貸しダイニングのテーブルへ。あぁぁぁ…こんな時に何て言や良いんだ?うわぁぁマジで居た堪れねぇ;テーブルに突っ伏すトムさんの傍らに立つしかできねぇ自分が情けない。つか、トムさん何も言ってくれないし、こっちを向いてさえくれねぇのが…もうどうしたら良いのか判んねぇ。あー、とりあえず臨也殺す。メラッと殺しておこう。グッと拳を握り締めて足を踏み出そうとした時に、トムさんのか細い声が聞こえてきた。

「……静雄よぅ…。」

「は・はははは…い。」



「…俺、もう…何があっても…驚かねぇ自信あるわぁ…はははは…。」

テーブルに突っ伏したまま笑うトムさんの目は何も映していない気がする…。
やべぇ…トムさんが壊れちまったかも。。




「せっかくお弁当を頂いたんだから、2人で渓流でも行ってゆっくりしておいでよ。」

冷えたお茶を出しつつ出した臨也の提案に乗る事にして、俺とトムさんは近くの渓流へ弁当を持って釣りに行く事にした。つもる話もあるでしょっと送り出す臨也にまたつい『いってきますのキス』をしてしまったが、トムさんは先に外に出ていたのでたぶん見られてはいない…はずだ。
「晩御飯の魚、期待してるからね。」
唇が離れた瞬間こんな事を可愛く言いやがるから、ついもう一回軽くキスをして外に出た。

「サラダとデザート、頼む。」
「うん、任せときなよ。」


* * * * *


スーツ姿のトムさんをあまり険しい所には連れていけないので、いつも門田と釣る場所とは違うもっと緩やかな所に行った。トムさんが終始無言だったので、俺も何も会話らしい会話は何もできずにただただ場所の案内と足元の注意を促したりする事しかできなかった。せっかくトムさんが来てくれたのに、やっと来てくれたのに。
川縁に2人並んで座って釣竿を振った。せめて、せめて何か釣れればっと思うものの魚は一向に釣れず辺りは静寂に包まれている。聞こえるのは川のせせらぎの音くらいだ。

…こんなはずじゃなかった。俺に田舎暮らしを勧めてくれて、相談にも乗ってくれて、それ以前からもめちゃくちゃ世話になってて。そんなトムさんを招く事ができたらってずっとずっと考えてた。荒地じゃねーかと写真を見て怒っていたトムさんに岩をどけて均した山を見てもらって、俺が自分で建てた家でくつろいで貰いたかった。食い物だって美味いのを食ってもらって、俺の作った野菜や山で採れた果物なんかをいっぱい持って帰ってもらって。すげー驚かせて、すげー喜んでもらって…そうなるはずだった。
実際にはソリで振り回して昼飯はトムさんが買ってくれた弁当でスーツが汚れるような場所に引き連れて。会話もできねぇ、魚も釣れねぇ、どうしていいかわかんねぇ。



「…静雄は…こういうトコで暮らしてるんだなぁ…。」
ふいに、トムさんがポツリと言った。うつむいていた俺は驚いてトムさんを見る。

「お前がさ、この山にするって写真見せてくれた時は何て荒地なんだって思ったんだけどよ。お前何とかするからって言ったよな。マジで何とかしたんだな…やっぱお前はすげぇな。」

「良い山じゃねーか。」
ニカッとトムさんが笑った。
よっと靴と靴下を脱いで放り投げ、足を川につけて「ちべてー」と言いながらトムさんは釣りを続けた。せめて1匹釣ってから弁当だと意気込んでいる。実はこういうの好きなんだぜーと。

「聞きたい事とかツッコミたい事はいっっっっぱいあるんだがよ、まぁそれは置いといてだな。」

「やっぱ…静雄に久し振りに会えて…嬉しいべ?」

笑うトムさんの顔が滲む。胸がギュッとなって苦しい。やばい、釣竿すら持てねぇかも。


「おいおい、泣くなよ〜。俺が虐めてるみたいじゃねーか。」
「っす、すん…ません…でもっ… でも…っ。」

俺が泣き止むまで、トムさんは俺の肩やら背中やらをポンポンと叩いてくれていた。




戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -