「ねえシズちゃん、リフト作らない?」
俺のマフラーを首に巻きながら臨也がポツリと呟いた。
「リフト?」
「ほら、スキー場にあるアレだよ。リフトがあれば山登りも楽になるじゃない」
あー、あのケーブルで椅子が流れてくやつな。
一瞬確かに便利かもしれないと思ったが、俺とコイツしかいない山で、むしろコイツのためだけに山に柱を何本も立てて電気を消費するとかあまりにも馬鹿らしい。というか設置にいくらかかるんだよ。
「アホなこと言ってねーで、さっさと行けよ。日が暮れちまうぞ」
「ちぇー。じゃあ明日下でね」
「おう」
マフラーをぐるぐる巻きにして顔の前で短く結んだ臨也は少しかわいい。
キスでもしてやろうかと思ったが、顔半分が隠れているからどうしようか。
俺がむむ、と悩んで顔をしかめている間に、臨也は手にスノーボードを持ってスタスタと歩いて行った。
臨也がドアを開けると冷気が吹き込んでくる。
家の外は昨日から降り続いた雪のため白銀の世界となっていて少し眩しい。
俺は首をすくめながら見送るために臨也について外に出た。
「一応言っとく。気ぃつけろよ」
「誰に言ってんの」
「おまえ時々ドジ踏むじゃねーか」
「うるさいよ」
ドアの前で足をボードに装着した臨也は体を起こし、俺の胸倉を掴んで引き寄せた。
臨也は片手でくいっとマフラーをずらして俺に顔をくっつけると、照れか寒さでかほんのり赤くした顔をすぐまたマフラーで隠した。
「いってきます!」
俺が手を伸ばす前に臨也はぴょんと跳ねて、あっという間に斜面を滑り降りていった。
俺は唇に残った柔らかい熱を逃さないよう手で押さえて、臨也の姿が見えなくなってから家の中に戻った。

臨也は月に1、2回は必ず山を降りる。
あいつは情報屋の仕事を辞めた訳じゃなくて、たまに現地に行かなくてはならない仕事のためや、事務所での処理のために東京へ戻るのだ。
俺は一度だけあいつに仕事を辞めろと言ったことがあった。だけど、無理だとあっさり蹴られた。
俺もそれ以上は何も言わなかったが、臨也もそれから少しは考えてくれたらしく、仕事を減らすようにはなった。
前はもっと頻繁にいなくなったり、長く戻らないことが多かったが、今では月1、それも1晩で戻ってくるようになった。
そのタイミングも、俺がふもとまで買出しに降りる日に合わせるようになって、下で待ち合わせて一緒に家に帰るのがほとんどだ。
だから俺も明日には下に降りることになっている。
俺は臨也のようにスノボで降りるなんて器用なことはできないから徒歩でだが。
一応一度試したが、斜面はキツイし木や岩を避けきれず派手にこけた。
あいつは池袋にいた頃から運動神経はやたら良かった。むしろ良すぎた。だからけして俺が運痴だとかいうわけではない。
臨也はいかに苦労せず山を降りて登るかを、いつも考えているようだった。
夏は芝生の上を滑るグラススキーやマウンテンボードというヤツを試していたようだが、ここは平らな草原でもないし、段差や岩や木もある。そのため乱暴に扱われた板やボードはすぐに壊れた。しかし本人は何故か楽しそうだった。
「一番楽しいのはソリかなぁ。スリルが半端ないから」
そう言ってすごい勢いで滑走していくあいつの笑い声が近づき離れていくドップラー効果を味わった時はさすがに肝が冷えた。
最終的に下の方でソリは木にぶち当たり、ぶつかる前に飛び降りたのだろう、臨也は転がりながら笑っていた。
冬は雪があるだけましだ。
今日はスノボな気分と言って降りていった臨也だが、ソリよりはコントロールがきくから大丈夫だろう。
って別に心配なんてしてねーけどな!

次の日、午後になってから俺はふもとの村まで買出しに出かけた。
村では地域ごとに主婦が集まり日用品などをまとめて生協で注文して、決まった日に受け取り役の家に配達された物をみんなが引き取りに集まる。
商店で買い物をする他に、俺はそれを月1回の頻度で利用しており、トイレットペーパーなど日用品を受け取っている。
今日はその受け取り日だった。
村まで降りてしまうと道に積もるほど雪は降っていないが、冬入りの冷え込み方は池袋とは比べ物にならない。
冷えた手をポケットに突っ込んで歩いていると、後ろからクラクションが鳴った。
振り返ると狭い田舎道を軽自動車がトロトロと走ってきて、その中では臨也が手を振っていた。
畑に片足を入れて避け、真横で止まった車に乗り込むと、臨也はすぐに車を発進させた。
「どうした、今回は戻んの早いな」
「ん、早めに用事も済んだからさ、一緒に買い物しようと思って急いで帰って来た」
ハンドルを握る臨也の頭は昨日より少しだけさっぱりしている。
「あんま変わってねーな」
助手席から手を伸ばし、指先で臨也の髪を撫でると、臨也は頭を振って俺の手から逃げた。
「冬なのにあんまり切ると寒いだろ。てかシズちゃんの手ぇ冷た!」
いつも帰るついでに向こうで髪を切ってくる臨也だが、一方俺の髪は今は臨也が切っている。
最初は伸びたら結んだり、自分で適当に切っていたが、いつだったか臨也が見てられないと言って俺の床屋をやり始めた。
手先が器用だというのもあるが、いつの間にか散髪用のハサミや櫛を揃えているこいつはきっと凝り性なのだろう。
俺は自分の髪型などどうでもいい。でも臨也に散髪されている間、髪に触れるこいつの指の感触は悪くないと思う。
そういえば夜ベッドの中でもこいつは俺の髪に指を通すのが好きみたいだ。
「ハイついたよー」
キッとブレーキがかかって、車のエンジンを切る臨也に俺はハッとして顔をあげた。
昼間っから何を思い出しているんだ俺は。
チャリチャリとキーを指で回しながら出て行く臨也の後を俺は慌てて追った。
「こんにちはー!お邪魔しまーす吉田さぁーん!」
生協の商品をまとめて受け取ってくれている吉田さん家の庭に、臨也はずんずん入っていった。
最初はこの無用心さに慣れなかったが、ここではこれが普通だった。
縁側ではご近所のおばさんが数人すでに集まっていて、詰まれたケースを囲んでいた。
「あらー平和島さん、今日はお二人?」
「山田さん、中山さん、お久しぶりですー。先日はおいしいお漬物ありがとうございましたぁ」
「やだわぁ、若い子の口に合った?都会じゃあんなの食べないでしょお?」
「いえいえすっごく美味しかったですよ。シズちゃんなんかあれでご飯おかわり何杯もしてましたもん」
「あらまあ、じゃあまた持って帰りなさい!今持ってくるから!」
「そんな悪いですよー。僕たち何もお返しできませんし」
「何言ってるの、若いのが遠慮してんじゃないの!それに先月は静雄ちゃんから美味しいきのこやあけび、たくさん頂いたもの!」
「やだなぁこれじゃ催促したみたいじゃないですかぁ、ホントおかまいなくー!」
おばさんに混ざって同じテンションで笑っている臨也を横目に、俺は黙って頼んだ品を探して袋に入れる作業に徹した。
こういう時臨也のすごさを思い知る。人の名前を覚えるのも早いし、馴染むのも早い。
俺など最初一人で対応してたじたじだったというのに。いや今でもだが。
頼んだ物を抱えて目立たぬよう「お邪魔しました」と頭を下げてそそくさと臨也の車に向かっていると、おばさんたちの持ってけ攻撃を軽くかわした臨也は手ブラのまま小走りで駆けてきた。
「じゃあまた今度よろしくお願いしますねー!」
にこやかに手を振り車に滑り込んだ臨也に、俺も荷物を後部座席に詰め込みつつ乗ろうとすると、後を追ってきたおばさんにお菓子の袋やタッパーに入った何かを押し付けられた。
「これ奥さんと二人で食べな静雄ちゃん!」
「え、あ、あの…」
「いいから!ね?」
「うわあ、ありがとうございますー!ほんといつもすいませんー!」
笑顔で臨也が答えたので、俺もなんとか頷いてそれらを膝にかかえると、おばさんたちは満足したのか車のドアを閉めてくれた。
「では失礼しまーす!」
車を発信させた臨也はおばさんたちが見えなくなるまでにこにこしていたが、バックミラーを確認した後低い声で言った。
「奥さんって誰かなぁ?ねえシズちゃん」
俺はビクと肩を震わせる。
「おまえ…のことじゃね?」
「……はぁ」
溜息を吐く臨也から目をそらし、俺は窓の外の景色を眺めた。




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