釣りから戻り、家畜を牧草地に迎えに行くという静雄について、臨也と俺も山道を登った。
静雄の家までもなかなかの山道だが、こちらもなかなか体力を使う傾斜だった。
案の定、自分が誘ったくせに少しすると臨也は疲れた疲れたと騒ぎ始めた。
「ドタチンドタチン、ここ、ここ!」
「なんだ?」
「俺ここに休憩所が欲しい!」
坂道の途中にある切り株の上に立ち、臨也が手を振る。
「ここがだいたい牧草地までの中間地点なんだけど、ここに椅子とか欲しくない?欲しいよね!」
「欲しくない?と言われても」
「俺もう疲れた。ここで休憩。ここに椅子とテーブルがあったら紅茶セットで一息つけるじゃないか。それにね、山の天気は変わりやすいんだよ!ここに屋根つきの休憩所があれば助かるんだよドタチン!」
「おまえは俺にどうしろと言うんだ」
「ドタチン作って?」
「だから俺は大工じゃねえっつうの!」
こいつもよく分かってなかったか。
俺が溜息を吐くと、先を行っていた静雄が言った。
「たまたまこの前ついて来た時、雨に降られてびしょ濡れになってからうるせぇんだよコイツ」
「そうだよ、シズちゃんに言っても作ってくれないから、お願いドタチン!」
こいつ、そのつもりで俺を散歩に誘ったな。
俺は何度目になるか分からない溜息を吐いた。
「…そのうちな」
「さすがドタチン!愛してる!」
ドーンと言いながらぶつかってくる臨也の向こうで、静雄の目が少しきつくなったことに、俺は気付きたくなかった。


牛たちを連れて帰って、外でしたバーベキューは美味かった。
その時に次は遊馬崎たちも連れて来ていいかと聞いたら、静雄は快く頷いてくれた。
良かったとは思いつつも、ここで二人が暮らしているのを知ったら狩沢が大騒ぎするに違いない。
そのことだけは心の中で詫びたいと思う。
風呂を借りた後、張ったテントの中で寝転び、開けた小窓から夜空を見上げていると足音が聞こえてきた。
「ドタチン、ちょっといい?」
「おう」
やってきた臨也はテントの中にもぐりこんで来ると俺の隣に寝転んだ。
「狭いね」
「一人用だからな」
「でも悪くない。星を見ながら寝るのもなかなか乙だね」
「ああ」
山の上だから空気が澄んでいて星がはっきり見える。
夜や朝は冷え込むが、寝袋があるから大丈夫だろう。
「あのさ」
「なんだ?」
「俺ここにいてもいいかな」
ビシリと俺が固まると、臨也は俺の顔を見て吹き出した。
「ああ、ごめんそういう意味じゃなくて。いくら俺がシズちゃんが好きなホモ野郎だからって、ドタチンにまで迫ったりしないから」
臨也は喉を鳴らして笑うと空を見上げた。
「俺、この山にいてもいいのかなぁ…」
「………」
「第三者から、客観的に見てどう思う?」
空を見上げる臨也を見て、俺もまた寝転び直し、同じ空を見上げた。
「俺がどう答えたって、おまえはここにいるんだろ」
「うーん、まあ、そうだけど…」
「おまえがここにいたいと思って、静雄が許してんなら、第三者がどうこう言うことじゃない」
「許してる、のかなぁ」
キスまでしといて何を言っているんだと思うが、俺はこいつらが普通じゃないと知っている。
俺はまた臨也の頭をバフバフと軽く叩いて、手を自分の頭の下に敷いた。
「つうか、そんなことを俺に聞くな。静雄に聞け」
「聞けないよ」
「だったら俺にも聞くな。人の恋路に首突っ込みたくない」
「恋路って」
ふはははっと気の抜けた笑いを臨也があげる。
俺も笑って肩をすくめた。
「いいんじゃないか、ここにいても。池袋は少し寂しくなるが平和になる」
「まるで俺が池袋の平和を壊してるみたいな言い草だねぇ」
「違うのか?」
「違うね。騒動の元はいつでもどこにでも転がってるもんさ」
いつもの調子に戻った臨也に俺はまた笑みを浮かべた。
やっかいな奴だとは思うが、俺はこいつが嫌いなわけじゃない。
幸せならそれでいいと思うほどには。
「ねえドタチン、上の方にも休憩所は欲しいけど、下りの途中にもあった方がいいと思わない?」
「おまえなあ…」
「仲間連れてキャンプに来るなら必要だって。この山シズちゃんが自分用に作った登山ロードしかないんだよ?俺やドタチンなら良くてもさ、一般人には難攻不落の坂道だよ?」
「そう言われるとそうだな」
「実はもう休憩所作りの材料は用意してあるんだ」
用意周到だなオイ、とあきれた顔で臨也を振り返ると、臨也は首をすくめてみせた。
「だってさ、シズちゃんに言っても必要ねぇの一点張りなんだよ。でも作っちゃえば文句は言わないからさ。俺の部屋も水道もガスもトイレも勝手に設置したけど普通に使ってるし。最初は業者入れようと思ったけどお気に入りのとこが予約詰まってて困ってたんだ〜」
「おまえな、だったら自分で作れよ」
「俺に日曜大工しろって?無理無理!」
ケタケタ笑って臨也は体を起こした。
「そろそろシズちゃんが風呂から上がる頃だから、戻るね」
「材料ってどこ置いてんだ?」
「え?」
「明日帰るまでに下準備くらいしといてやるよ」
さすがに数時間では作れないだろうが。
「ありがとドタチン!材料は牛小屋のとこの納屋に置いてあるから、朝ご飯食べた後にでも案内するね」
「ああ、おやすみ」
臨也は池袋では見ない柔らかな笑みでおやすみと挨拶してテントから出て行った。
明日の昼過ぎには下山するつもりだから、それまで数時間、骨組みだけでも立てて、来週にでももう一回来て…
段取りを考えながら、俺は眠りについた。




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