早朝、鶏の鳴き声で目が覚めて、うとうととしていると足音と動物の気配が通り過ぎていくのを感じた。
静雄が牛たちを山の上に連れて行ってるんだろうなと、そっとテントの隙間から窺うと、牛とヤギが列をなして静雄に着いて行っているのが見えた。
先頭の静雄が何かを担いでいる。
あれはなんだろう。
朝もやの中、目をこらしてそれをとらえ、俺は寝袋の中から這い出した。
時間は4時を過ぎた頃だった。臨也はまだ寝てるだろう。
肌寒い中上着を羽織り、眠い目を擦りながら俺は少し遅れて静雄を追った。
静雄は昨日臨也が休憩所が欲しいと騒いだところにいた。
そこでかついでいた木材を下ろして、牛たちに先に行けと送り出していた。
驚いたことに牛たちは静雄の命令どおり山を登って行った。
一方静雄はスコップを手に取り、地面に刺した。
「静雄」
「うお、か、門田」
穴を掘り始めた静雄に声をかけると、見つかったとでも言うようにビクリと肩を震わせた。
「おまえ、それ…」
「べ、別にノミ蟲が欲しいと言ったから作ってるんじゃねーぞ!俺は雨宿り場所があれば便利だと思ったから…!」
俺が聞く前に静雄は何をしようとしていたか暴露し、顔を赤くしていた。
俺は吹き出しそうになるのをこらえて材木を束ねていた縄を解こうと手を伸ばした。
「手伝うよ」
「お、おう、悪い」
静雄は赤い顔を隠すようにそっぽを向き、スコップでまた穴を掘り始める。
俺はそれを止めて、どうせならと、テーブルにできそうな切り株の周りに柱を立てようと提案した。
静雄は案外素直にそれに従ってくれて、作業を開始した。
あっという間に深い穴ができるのを見て、俺は屋根部分となる木をのこぎりで揃えながら、この調子なら今日中にできるのではないかと考えていた。
「なあ門田」
「なんだ?」
「あいつなんか言ってたか?」
屋根に釘を打ちながら静雄がぼそぼそと聞いてきた。
「なんかってなんだ?」
「だから、その…。いや、俺にもよく分かんねーけど」
赤い顔で照れたようにポリポリと鼻の頭を掻く姿は、まるで恋愛漫画の主人公のようだ。
臨也だけでなく、静雄のこんな顔を見て、俺はあらためてこの二人はできてしまったのかと遠い目をしてしまった。
「…俺は、別に男同士でも気にしないから」
「なっ!テ、テメェもあいつのこと好きなのか!?」
「なんでそうなる!!おまえらのことだよ!!」
二人のことを言いたかったのだが、何故か俺と臨也のことを勘違いされて焦った。
それと同時に静雄もしっかり臨也のことを好きなのだと知ってしまった。
驚いた俺の顔を見て、静雄の顔がさらに赤くなった。
「あ、う、その、門田」
「いい、いいから、気にするな。おまえらがどうだろうと、俺も気にしないから」
「…悪い」
それからはしばらく黙って作業に勤しんだ。
しかし意外だ。静雄も臨也のことを好きだなんて。
今まで散々な目にあっていたのを俺も見ている。
あれを許す気になれたんなら、すごいことだ。
「変わっただろ」
「え?」
ふいに投げかけられた静雄の言葉に俺は顔を上げた。
「あのノミ蟲」
「あ、ああ、臨也のことか」
それ以上に変わったのはおまえだと思ったが、俺は黙った。
「昔はよぉ、あいつの顔を見るとすんげー腹たってたけど、今はそうでもないだろ?」
「そ、そうか?」
だからそれは臨也が変わったからではなく、おまえが変わったからだろう。
ここに来て静雄は変わった。昔のように激しい感情の起伏がなくなったように思う。
静雄にはその自覚がないのだろうか、そのまま続けた。
「俺と普通に話したり、俺の作った飯をうまいって食ったりよぉ。昔じゃ考えられなかっただろ」
「そう、だな」
「あいつ、最初にここに来た時、俺に殺されたいって言ってきたんだ」
「は!?」
「それ聞いて、俺ももういいかなって、思っちまってよぉ」
「………そうか」
「そしたらなんか吹っ切れたっつーか、あのノミ蟲がかわ…いや、うん」
またも顔を赤くしてもじもじする静雄から目を逸らし、俺は遠くを見つめた。
そういえばキスされたって言ってたな。
いや、知りたくない。知りたくなかった。
「だからよぉ、あいつが変わったから、俺もついあいつを…分かるだろ?」
いや分かんねーよ。
俺は口から出そうになった言葉を堪えて曖昧に笑って誤魔化した。
「おまえがそれでいいんなら、構わないんじゃないか?」
「…そうか?」
「おまえがここで何をどうしようと、誰も文句なんて言わねーだろ」
「…そうだよな」
静雄はうんと頷くと柱となる太目の木を片手でひょいと持ち上げ、ズンと地面の穴に突っ込んだ。
こいつの力ってこういう時便利だな。
立てた柱を固定するよう、さらに添え木を付けたり屋根を設置する。
切り株も水平になるようカンナで整えて、本当に簡単な小屋だが朝飯前に作ることができた。
椅子は食後に作って持ってくればいいか。
「お疲れさん。おまえのおかげでもう完成間近だな。臨也が喜ぶ」
「…あいつには俺のこと言うなよ」
静雄はそう言って、牛たちの様子を見に行くと上に登って行った。いまさら照れているらしい静雄を見送り俺は坂道を降りる。
戻ってテントを片付けていると、家から臨也がひょこりと顔を出した。
「ドタチン、もうすぐ朝ごはんできるよ」
「おう、サンキュ」
「シズちゃんも早くねー」
臨也がブンブンと手を振るので後ろを振り返ると、静雄が丁度戻ってきたところだった。
中に引っ込んだ臨也を見て静雄が「言うなよ。言ってないよな?」と念を押してくるのがおかしかった。
俺は笑いを堪えて頷き、二人で朝食が待っている家の中に戻った。


朝食を終え、俺は静雄の家の裏で簡単な椅子を二つ作った。
それを持ってまた坂を登って行く。
静雄と作った休憩所にそれを置いて、その一つに腰をかけた。
臨也は静雄がどういうつもりか分からないなんて言っていたが、なかなかどうして、愛されてるじゃないか。
静雄の顔を思い出しては苦笑して、眼下に広がる景色を眺めた。
ああ、いいところだ。やはり自然はいい。心が洗われる。
あの二人もだから一緒に暮らしているんだろうか。
俺はしばらくそこで自然を堪能した後で戻った。
昼飯もご馳走になって、もう一度釣りをしてから俺は下山することを二人に告げた。
「じゃあまた来るな」
「うん、ドタチン休憩所ありがとね」
手を振る臨也に手を振り返し、複雑そうな顔をした静雄に少し苦笑を返して俺は山を降りた。
他で使う用がないなら置いておきなよという臨也の有難い進言によって、テントや寝袋などは静雄の家に置いてきたので、代わりとばかりに静雄が包んでくれた畑の野菜と、帰りに摘んでくれと臨也お手製の弁当を持たされての下山だった。
衝撃的な出会いと事実を突きつけられた旅だったが、いいリフレッシュにもなった。
次は秋にでも来ようかなどと思っていた俺だったが、できた休憩所に味を占めた臨也が次々と大工仕事を要求してきたり、二人が山で暮らしていることを知った狩沢に嘆願されたりで、頻繁にこの山を訪れることになってしまうとは、この時の俺には知る由もなかった。










(おまけ)

「門田に弁当って、おまえいつの間に作ってたんだよ」
「サンドイッチだから簡単だよ。シズちゃんの分もあるし」
「…そうか」
「これ持って今から出来立てほやほや休憩所でお茶でもしようか」
「…おう」
「せっかくシズちゃんが作ってくれたんだもん。活用しないとね」
「は!?な、なんでそれを…門田か!」
「ドタチンは何も言ってないですー。シズちゃん、俺ってば情報屋だよ?」
「クソ…ッ」
「行かないの?シズちゃん」
「…行く」
「休憩ありならさ、俺もシズちゃんの散歩に付き合えるからさ…デートしてもいいよ。たまにだけどね!」
「…おう」



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