「明日幽が泊まりに来るから」
夜夕食を終えてからシズちゃんに言われ、俺は特に深く考えず「あ、そう」と頷いた。
そしたら次の日の朝、しかも早朝から問答無用で布団を引っぺがされベッドから追い出された。
寝起きでぽけーっとした俺に向かってシズちゃんは言った。
「この部屋は今日は幽が使うからおまえは出て行け」
そして布団を干すんだと、先ほどまで俺を暖かく包んでくれていた寝具一式を抱えて持っていってしまった。
俺はとりあえずコートを羽織りながらシズちゃんの後を追い、ついでにシズちゃんの布団も干しなよ、とアドバイスした。
俺の布団だけ干していたら、今夜シズちゃんの弟、幽君は獣臭のする布団で寝ることになってしまうだろう。こんな仕打ちを受けても気を遣ってあげる俺ってばなんて優しい。
バタバタと部屋の掃除を始めるシズちゃんを横目に、俺は自分の部屋へとそっと避難した。

静雄ハウスは2DKである。
ドアを開けてすぐのダイニングには大きなテーブルが中央に置かれ、正面には暖炉がある。シズちゃんは家にいる時、寝る時以外はほとんどそこにいる。
そして右側には4畳半ほどしかないシズちゃんの寝室。逆隣には同じ作りのゲストルームがあった。
俺はそのゲストルームを寝室に使っていた。
聞けばその部屋は元々幽君が遊びに来た時のために作ったという。
最初は誰かが来るということを考えておらず、1Kのログハウスを作ろうとしたシズちゃんだったが、そこを幽君がやんわり諭してこうなったらしい。
結局新羅やセルティが来たりしてベッドは足りてないのだが、そんな時は普段物置に使われているロフト(屋根裏とも言う)にマットレスを置いた簡易寝床を作って対応していた。
ということは、俺は今夜はその屋根裏か、さもなくばこのリクライニングチェアで寝るしかないわけだ。
静雄ハウスに隣接する形で増築した俺ルームで、座った椅子をくるくる回しながら俺は考えていた。
冬の積雪対策と外観的な関係で、この俺ルームも寝室同様4畳半ほどしかなく、デスクと椅子と本棚を置いたらいっぱいだ。
一番最初は簡易ベッドも持ち込んだが、すぐに他の機材が増えたから廃棄してしまっていた。
寝室は別にあるからいいかと思っていたが、これは失敗したな。
過ごすだけなら空調完備のこの部屋の方が静雄ハウス本体よりも居心地はいいが、寝るならやっぱりベッドの上がいい。
しかし屋根裏なんていかにも動物が寄って来そうじゃないか。
俺は寝る前にシズちゃんの布団から毛布を1枚失敬しようと心に決めた。

幽君は昼過ぎにやってきた。
俺はそのまま部屋でチャットに興じていたが、幽君はわざわざ挨拶をしに顔を出してくれた。
「どうも、いつも兄がお世話になっています」
「別になってねぇよ」
幽君の後ろで口をはさんでくるシズちゃんは置いといて、俺は営業用スマイルで幽君と握手した。
「こちらこそお世話になっています。兄弟水入らずを邪魔する気はないからどうぞごゆっくり」
これが大人の対応というものだ。
二人の背中を見送り、さてと、と俺は肩を鳴らす。
一人部屋に篭った俺は3台のパソコンを全部起動させ、久しぶりにお仕事に没頭することにした。



気がつけば窓の外はすっかり真っ暗になっていた。
コンコンとノックがして、顔を上げてそのことに気がつく。
なあに?と声をかけると、ドアが開いて幽君が立っていた。
「晩御飯ができたので…」
開いたドアの向こうからカレーの匂いがしてきて、そういえばお腹が減ったなと思った。
幽君は部屋には入って来ず、無表情で俺をじっと見ていた。
同じポーカーフェイスでも俺は笑顔で表情を読ませないようにする。
にっこり笑って俺はありがとうと応えた。
「でも俺さっきおやつ摘んじゃってお腹減ってないんだ。二人でお先にどうぞ」
幽君は少し首をかしげてこちらを見たが、分かりましたとドアを閉めた。
また一人になって、俺は細く長いため息を吐いた。
この俺が気を遣ってる?
いや違う。俺がただ見たくないだけだ。
「あのブラコンが…」
ボソッと呟いた時だった。
「いざやぁー!!」
バンッとドアが吹っ飛びそうな勢いで開いて、シズちゃんがズカズカ部屋に入り込んできた。
そのまま胸倉をつかまれて、デスクの上まで引っ張り上げられる。
「ちょっといきなり何!?俺何もしてないよ!?」
「テメェ俺のメシが食えねーたぁいい度胸じゃねーか!!」
そう言ったシズちゃんに引っ張られ、そのままデスクを乗り越えて俺は部屋から引きずり出された。
「後で食べるってば!もうなんなのシズちゃん!」
「うるせー!メシは決まった時間に食え!」
今までそんなことを言ったことないのに何それ?弟の前だからそんなこと言ってんの?
夕食はやはりカレーだったようで、皿に盛られたカレーとサラダが三人前テーブルに用意されていた。
2対1で並んでいるので、兄弟で隣り合うかと思えば、俺はシズちゃんの隣に座らされた。
引っ張られてダルンと伸びたVネックを擦っていると、幽君も正面に座り、二人がいただきます、と声を合わせた。
仕方ないので俺もボソボソと挨拶してスプーンを握った。
カレーはいい匂いがしていて、本当はお腹が減っていたのですぐに口に運んだ。
うーん、辛くない。おいしいけど。
やはりシズちゃんの子ども舌に合わせた味だ。
先日俺がカレーを作ってやった時は、途中から鍋を分けて甘口と、自分用の辛口を作ったが、シズちゃんにそんな気遣いはやはりなかったか。
隣では幽君とシズちゃんがこれがうちの味だなんだと語り合ってる。
おそらくルーなど材料を幽君が持ってきてたのだろう。本当に仲のいい兄弟だ。うちとは大違い。
俺は黙々とカレーを口に運んだ。
いつもは正面にいるシズちゃんが隣になったので、その顔は隣を振り向かない限り見えない。
でも振り向かなくてもどんな顔をしてるか想像つくよ。
俺そっちのけで和気あいあいとした団欒を楽しんでるシズちゃんが、今どんな顔をしているかぐらいは見なくとも。
俺は溜息を吐く代わりにカレーをかき込み、一番に食べ終わった。
いつもはシズちゃんが食べ終わるのが圧倒的に早いのだが、いつもよりゆっくり食べているシズちゃんに比べ、俺は今日頑張った。
うん、俺はやれば出来る子。手早く自分の食器を流しに運んで、ご馳走様と食卓に背を向ける。
「おい、デザートは」
後ろからシズちゃんが声を上げる。
そういえば、昨日シズちゃんに頼まれてプリン作ったっけ。
ここで採れた卵と牛乳を使ったプリンは、そうか、今夜のためだったのか。
「俺はいいから二人で食べて」
振り返ってニコリと笑って手を振る。
また自室に逆戻りし、俺は貼り付けていた笑みをふっと消した。
あれ?あれぇ?なんだコレ。
なんだこの気持ち、気持ち悪い。
これじゃあまるで…いやいやないない、嫉妬とかありえない。
だって俺、幽君が来てくれたおかげてチャットし放題だし仕事もはかどって助かったんだから。
シズちゃんを取られたような…って最初から別にシズちゃん俺のじゃないし、俺なんかより全然弟と仲いいのは昔からだし、今更すぎるだろ。
なにが大人の対応だよ笑っちゃう。
あはははと笑いを喉に乗せようとして、うまく笑えない自分に愕然とした。
これは重症だ。よしとりあえず現実逃避をしよう。
俺は中断された仕事を片付けるべくまたパソコンに向かった。




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