臨也が切って綺麗に盛り付けた具材と酢飯は屋外のテーブルに運ばれ、そこで僕たちは山の景色を見ながらの食事をした。
セルティが運んだマグロは臨也が手配しただけあって美味しかった。
「おいしいよ!セルティが巻いてくれたお寿司おいしいよ!」
『黙って食べろ!』
騒ぐ僕とは逆に静雄も臨也も黙々と食べていた。
静雄が黙って食べるのはいつも通りだが、臨也まで静かなのは珍しい。
セルティはまだ臨也を気にしているのか、たまにチラチラ見ている。
妙な緊張感を孕んだ食事は僕以外がだんまりという状態のまま終った。
食後のお茶を飲んだ静雄は、そのまま牧草地に放していた家畜を下ろしてくると言って席を外した。
3人になって、セルティはまた臨也にPDAを突きつけた。
『何故ここにいる?』
「いたら悪い?」
「悪いっていうか、変だよ。遊びに来た、わけじゃないだろ?」
「遊びに来たんだけど?」
しれっとした顔で臨也は言う。
しかし僕は眉をひそめた。
「僕らは久しぶりにきたんだけどさぁ、ここって数ヶ月前までは水道もガスも付けられてなかったし、何より部屋、増えてるよね」
「…だから?」
「あれってもしかして君?」
「さぁ、どうだろう」
「そんな、見ればすぐ分かることを誤魔化すなよ」
そう指摘すると、少し臨也の笑顔が変わった。苦い笑顔だった。
『え!?ま、まさか、おまえここに住み着いているのか!?』
セルティがガタンと立ち上がった。
「…運び屋に関係ないだろ」
『ある!静雄は私の大切な友人だ!』
なんとも妬けることを言うセルティに、臨也の目がすうと細められる。
「ちょっとセルティ」
『新羅は黙っていろ。もし何か企んでいるなら許さない』
「へえ、許さないって、どうやって?」
臨也の口元が笑みの形に歪む。
セルティがザワッと肩を怒らせたので、間に入るように僕が腰を浮かせた時、何かが飛来してきた。
そう、飛来してきた。
突然のことにセルティは肩を跳ねさせたし、僕はセルティを庇おうと手を広げた。
臨也の背後から飛んできたそれは臨也の頭に激突した。
いや着地した?臨也の頭に覆いかぶさる茶色いその毛皮を見て僕は、
「わ、わぁ〜ムササビだぁ〜」
ありえなさに棒読みでそう言うと、後ろに庇ったセルティが僕の肩をガッと掴んできた。
『か…』
ふるふるキラキラとセルティの首から立ち上る黒い霧が興奮を伝えてくる。
『かわいいいいいいいい』
セルティは瞬時にカメラ機能を起動させバシャバシャと目の前に現れたムササビを撮りまくった。
「ちょっと、臨也?大丈夫?」
「………」
ムササビの土台となった臨也は無言である。
「なにこれ、臨也のペット?」
「………なわけあるか」
だよね。君昔から動物のたぐいにはまるで興味なかったものね。
だったらこれはどういうことだろう。静雄のペット?
そうこうしているうちに、臨也の肩の上にちょろっとリスが顔を出してきた。
それも一匹や二匹じゃない。
そいつらは臨也の肩の上をうろうろしたかと思ったらポケットにもぐりこもうとしていた。
どこからきたのか、ふと足元を見ると、さらにシマシマ尻尾のあらいぐまが臨也の足を掴んでいる。
突然現れたかわいい森の動物たちに、先ほどまでの緊迫した空気を忘れてセルティの興奮がうなぎ登りとなった。
『ちょ、ムービー!ムービーで撮って杏里ちゃんたちにも見せてあげたい!』
わたわたとするセルティは可愛いかったが、対して臨也のテンションは下降の一途を辿っている。
そのうちセルティはムービーを撮るのに臨也が邪魔だと言いはじめた。
声は出ていないが、僕には分かる。そして臨也にもそう言っているのがセルティのしぐさで分かったのだろう。
ハハ、と乾いた笑いをこぼし、腰を上げて動物を振り落とした。
そしてテーブルの上のものを片づけを始めたが、動物たちはそんな臨也を気にするでもなく、またもその体にしがみつき、登ろうとわらわら群がっていた。
さすがにその異様な光景に、僕もセルティも呆然とした。
「臨也、これは一体…」
「俺だって知らないよ。でも何故か、懐かれてるんだ」
うんざりした顔で臨也が溜息を吐く。頭にムササビを乗せて。
…懐かれている。あの折原臨也が動物に…。
じわじわとこみ上げてくるものに僕は肩を震わせた。
いつも臨也がナイフを入れているコートのポケットから、今は尻尾がはみ出しているのを見たら、堪えきれずに吹いてしまった。
「抱腹絶倒!ムササビなう!」
つい、この光景をピロリンと携帯で撮ってしまい、臨也にギッと睨まれた。
「新羅まで何撮ってんだ」
「ご、ごめ、うっかりツイッターに…」
「な!?おいやめろ!!」
「あははははははっ」
掴みかかられてガクガク頭を揺さぶられるが、笑いが止められなかった。
だってムササビ帽子かぶってるんだもん。
セルティも臨也の有様に笑い始めた。
セルティが笑っていると僕も楽しい。
なにより君にこんなに可愛いところがあるなんてね。だから人生はおもしろい!
僕が腹を抱えて笑い、臨也がプンスカ怒っていると、山から静雄が下りてきた。
騒いでいる僕たちを見て、「どうした」と近づいてくる。
どうしたもこうしたもないよと顔を上げたら、臨也に群がっていた動物たちが一斉に散っていった。
本当にきれいさっぱり、いなくなった。
「は?え、あれ?」
キョロキョロと僕らがあたりを見回していると、どこかシュンとした顔になった静雄に臨也が声を上げた。
「あーあ!シズちゃんがいきなりやってくるから逃げちゃったよ!もっとゆっくり歩いてこないとさぁ!」
「ああ、そっか、そうだな」
頭をかく静雄にくるりと背をむけて、臨也がこちらを睨む。
その無言の圧力に僕は頷いた。
「ざ、残念だったね静雄。次はそっとくれば大丈夫、だよ?」
臨也の顔を窺いながらそう言うと、うむ、と臨也が頷いたのでほっと胸をなでおろす。
「さーて、じゃあ片付けするか。新羅洗物手伝えよ」
「う、うん」
セルティはまだ首を傾げていたが、やってきた静雄に動物がかわいかったと熱く語り始めた。
僕らは食器を台所に運びながら、声を潜めた。
「もしかしてあれが逃げたの静雄のせい?」
こくりと臨也が頷く。
「本人に言うなよ。落ち込むと面倒だから」
「はー、動物が寄って来る君も、追い払う静雄も、どうなってるんだろうね。調べてみたいな。とりあえず採血してもいい?」
「別にいいけど、採るからにはきっちり結果を出さないとタダじゃおかない」
「それはプレッシャーだなぁ」
二人並んで食器を洗いながら、僕はふふっと笑った。
「何事かと思ったけど、いいんじゃないかな」
「なにが」
「君がここにいること」
「…別に新羅の許可なんて欲しくない」
「何があったかは、僕は聞かなくてもいいけど、セルティが心配しちゃうからなぁ」
「教える必要なんてない」
「照れてんの?」
「は?何言ってんの?」
ガツと肘をぶつけられて、押し返すとさらに押された。
そのまま押し合いながら皿を拭いていると、
「なにイチャイチャしてんだテメェら」
後ろから低くうなるような声を静雄がかけてきた。
イチャイチャって…。
その言い様にあっけに取られていると、僕の顔を見てハッとした臨也が慌てて静雄に言った。
「変なこと言ってないで片付け手伝ってよ!」
「こっちはもう終わった」
「だったら畑行ってお土産でも採ってきなよ!もう新羅たち帰るから!」
外を指差されて不機嫌そうな顔になる静雄だったが、セルティが後ろから顔を出すと、しぶしぶといった風に「ちょっと待ってろ」と歩いて行った。
その背中を指差して臨也を振り返ると、パシッと口を手で塞がれた。
「黙ってろ。言いたいことは分かるから」
僕がうなずくと臨也はすぐに手を離した。
『どうした?何やってる』
セルティが臨也に食って掛かるようにズカズカ歩いてくるので、それをまあまあと押しとどめた。
「なんでもないよセルティ。臨也は照れてるだけだから」
「おい新羅てめぇ」
『照れる?臨也が?なにを?』
「セルティが心配することは何もないってことさ。二人は仲良しになったんだよ。僕らは友人としてあたたかく見守ってあげようじゃないか」
「新羅!!!」
『ええぇええぇぇぇえ』
気持ちの悪いことを言うな!と何故か二人に怒られながら、僕はセルティの手を引いて外に出た。
馬に蹴られる前に帰ろうと言う僕に、セルティは頭の上に?を浮かべている。
「帰るのか」
静雄がかごに野菜をたくさん盛ってやってきた。
ありがたく頂き、礼を言ってセルティの背を押す。
「また来いよ」
「うん、またね、静雄、臨也」
牛小屋の近くで待っていてくれたセルティの愛馬に一緒にまたがって僕は手を振った。
静雄の落ち着いた顔と、臨也の渋い顔を見て僕はまた笑みを浮かべる。
池袋では殺しあっていた二人が並んで見送ってくれている。
合縁奇縁。人と人との縁とは不思議なものだ。
臨也がまだなにか企んでいる線は消えはしないけど、なんとなく大丈夫ではないかと僕は思った。
セルティは心配そうに何度も振り返っていた。
事故っては困るから、帰ってから教えて上げよう。
二人が昔からいかにお互いを意識しあっていたかを。
そして男の中には幼い頃好きな子をいじめてしまうなどという性質を持った奴がいるんだと、教えてあげようと思うのだ。




戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -