そこはまごう事なき森、そして山だった。
「登山靴履いてくりゃ良かった…」
斜面を上りながら独りごちる。
「そもそも登山靴なんて持ってないけどさ、いやマジハンパなく山じゃないか。なんなのシズちゃん。なんで平地で田園じゃ駄目だったの」
ザクザクと音を立てながら落ち葉の上を歩くが、傾斜なので滑らないように慎重に。
気を抜くと木の根っこにも足を取られそうになる。
「道これで合ってるよね?てか道?獣道だろこれ。なんかさっきから気配がすんだけど。なんだろ。たぬきぐらいならまだしも熊とかマジ勘弁だよ」
情報ではこの辺に熊はいない、はず。でも蛇とか出ても地味に嫌だ。
「看板くらい立てといて欲しいなぁ。シズちゃん家はこちら、あと500メートル、みたいなさぁ。ああもう日が暮れそうじゃない。どうしてくれんの」
ボストンバッグを抱えなおし、ひたすら道のような道でないようなところを歩いていると、ガサリと草を掻き分けて目の前になにか毛玉が現れた。
思わず固まると、それも立ち止まって俺を見上げてきた。
「本当にたぬき出たよ…」
思わず乾いた笑いがもれる。
「野生のたぬき?初めて見た。えっと、たぶんたぬき、だよね?」
野生にしては俺を警戒した様子もなく、俺が足を踏み出しても逃げるそぶりを見せない。
「俺、人間は愛してるけど、動物には興味ないんだよねえ」
噛み付いてきそうな雰囲気でもないので、さっさと隣を通り越して先へ進もうとすると、何故かたぬきは俺の後をついてきた。
「なに?餌なんて持ってないよ?」
振り返ると2匹に増えていてぎょっとする。
「ちょっとちょっと、なに仲間つれてきてんの?餌なんてないってば。やだな、逃げてきたペットとかかな。シッシッ」
追い払おうとしても俺の足元に近寄ってくる。
少し早歩きになったところでまたも前方に現れたのは、
「きつね…かな?」
ひくりと頬が引き攣った。
キツネとたぬきは果たして仲がいいのか悪いのか。
俺は待ち構えているキツネを避けるように端によってそれを回避しようと試みた。
あわよくばキツネとたぬきが交戦でもしてくれたらその隙に先へ進もうと思ったのだが。
「何故ついて来るかなあ。あれか、もしかして縄張りに人間が入ったから出て行くまで監視してるつもり、とか?」
チラリを後ろを見ると、キツネとたぬきがつぶらな瞳でこちらを見上げている。
「うーん。見張ってるっていうより、期待に満ちた目だなーこれ。でもそんな目で見られても餌はないよ」
俺はさらに足を速めたが、カサカサカサカサ後をついてくる足音はやまない。むしろ増えてるような気がして怖い。
ふと頭上を見上げると、木の枝にキラリと光る目がいくつか見えた。
「なにあれ。リス?いたち?動物天国かここは。そんなに人間が珍しいわけ?」
上を見上げながら歩いていたせいか、足元の注意がおろそかになった時、しゅるっと足に何かがまとわりついてきて、バランスを崩した。
「う、わぁっ」
滑りやすい落ち葉に足を取られてベシャと膝が地面につくと、今だとばかりにたぬきたちが足に擦り寄ってきた。
額や横腹をこすり付けてくる動物たちに驚いて、思わず手で振り払おうとすると、指先を舐められた。
噛まれるかとも思ったのに、そいつらはただ甘えたように擦り寄ってくるだけで、ただ、正直、
「臭いんだよこのケダモノどもが!あーもーどいてったら!擦りつくな汚れる!毛がつく!」
体をよじって逃れようとしたが、キツネが膝の上に乗りあがってきて、フンフンと俺のコートの隙間に鼻を突っ込もうとする。
そいつを押し返していると、何かが首筋を撫でてきた。
「ひょわあああっ!?」
ゾワッとして首をすくめるが、自分のコートのファーではないファーが首に巻きついてくる。
さすがに焦って両手で無理矢理引き剥がすと、それはどうやらフェレットみたいだった。
「え、なにこれ。野フェレット?」
フェレットと顔を突き合わせてポカンとした隙に手がゆるみ、そいつはまた俺の首筋に擦り寄ってきた。
「ちょ、やめ、くすぐったい!って、うわ!」
もぞもぞとした感触に何事かと思うと、コートのポケットから何かがはみ出している。
縞模様の尻尾だった。
ポケットの中でもぞもぞしてるそいつはもしかしなくてもリス、か?
「やめてよ!ポケットでおしっことかしたら怒るよ!?」
俺は指をかじられないよう気をつけつつ、さっとポケットから携帯を救出した。
その時、頭上に結構な衝撃を感じて俺は前につんのめった。
何かが落ちてきた。反射的に頭に手をやると、手のひらにもふっとした温かい感触。
「………っ!!??」
声にならない悲鳴を上げながら思わず掴んで引っ張ると、その毛皮はやたら伸びた。
なんだこれ、見たことある。テレビとかで。
「わ、わぁ〜ムササビだぁ〜」
ありえなさに棒読みでそう言うと、またも頭に衝撃。
「おい、そこはおまえらの巣じゃない。巣じゃないぞ」
新たに降り立ったムササビと俺の手から逃れたムササビは押し合い圧し合いし始めた。
ムササビが俺の頭上を取り合っている。どういう状況だ。
俺のコートがなにか動物の好きな匂いを出しているのだろうか。
ためしに群がる動物を押しのけながらコートを脱いで地面に置いてみると、コート2:俺8の割合で動物が分かれた。
うん、つまり標的は俺か。
脱いだコートをまた羽織り直しながら、動物を振り落とす。
しかし振り落とす端からすばしっこいのが俺の体に登ってくる。
振り払いながら、半分あきらめながら、俺は登山を再開した。
「シズちゃんだ。きっとシズちゃんの仕業だ。動物を餌付けして、いつもこうしてモフってるんだ」
俺は頭にムササビを乗せたままシズちゃんハウスを目指した。
「獣臭いし、なんかかゆい気がするし、本当にノミ蟲がついたらどうしてくれるんだよ」
日が暮れてきて、暗くなってきた獣道を手にした携帯の明かりで照らしつつ、俺は天然ファーどもにまとわりつかれながら山を登った。
「疲れたし、さっきこけた時足捻った気がするし、こいつらはうっとおしいし、イライラするなあ。シズちゃん見たらまず刺そう。そうしよう」
俺はそう決意した。が、久しぶりに会うシズちゃんが、俺の贈ったツナギを着て突っ立っているのを見たら、ナイフを出すことなど頭から吹っ飛んでいた。




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