ビュウビュウと寒風が髪をなぶり、今俺の目の前に広がっているのは日本海。砂浜などない、眼下の岩に荒波が弾ける。
これはいい断崖絶壁。うん、俺の秘書に間違いはない。
こんな海を目の前にしてやることなどひとつだろう。俺はスゥーと息を吸い込み思いっきり叫んだ。
「シズちゃんのバッカ野郎ー!!!!」
俺の叫びが海と空に吸い込まれていく。
「馬鹿って言う方が馬鹿だー!!!!」
一拍おいてもうひとつの雄叫びは俺の股の間から響いた。
単刀直入に説明しよう。
俺は今シズちゃんに肩車されている。
崖の上のイザヤ、は平和島静雄に肩車されて立っているのだ。
なんてシュールな…。
肌寒い風にブルッと身震いする。
本当に馬鹿みたいに視界が高い。
高いところは好きだかこれはない。あんまりだ。
見下ろすと痛んだ金髪とその肩に担がれた両足ギプスという痛々しい己の有様が目に映る。
どうしてこうなった。
俺はうつろな目で怒涛の数日間を思い出していた。


失恋パーティにて大暴れした俺とシズちゃんは、店舗崩壊によりその戦いに一旦幕を下ろした。
その時俺はもう体力も気力も限界まできて朦朧としていた。
そして、シズちゃんが柱をぶっこ抜いたせいで天井が崩れ、あわや生き埋めになるところだったシズちゃんを気がついたら突き飛ばしていた。
いや、生き埋めにしようと突き飛ばした。
どっちだっけ。自分でもどっちか分からない。
あの時は頭に血が昇っていて、俺らしくもなくめちゃくちゃに暴れて、感情が剥き出しになっていた。
本気でシズちゃんが好きだったし、本気でシズちゃんを殺そうと思っていた。
だからどっちにしろ、俺のその行動はとっさの無意識で、意味なんてなかったんだろうと思う。
ただ、シズちゃんを突き飛ばした結果、シズちゃんは瓦礫の隙間に転がり出て助かり、俺の両足は瓦礫の下敷きになった。
自分の足のつぶれる痛みに我に返った時は、あまりのかっこ悪さに笑いがこぼれた。
なにこれダサッ!
瓦礫から抜け出そうともがくが動けない。
笑うしかなかった。
「アハッ君の大っ嫌いな折原臨也は今大っピンチだ!シズちゃんチャンスだよ!殺るなら今だよ!」
笑う俺とは逆に、シズちゃんの顔からは笑みが消えていた。
目を丸くして動けなくなったまぬけな俺を見ている。
「臨也、テメェ…」
シズちゃんの目から闘争心が消えていく。そんなシズちゃんを見てカッと顔が赤くなった。
「ちょっと!勘違いすんなよ別に助けようとしたわけじゃないから!ムカつくんだよ!何様だよ!ちょっとかっこいいと思って調子にのんな!」
って何を言ってんだ俺は!
もうグダグダだよ!とその場に倒れこむ。
笑うなら笑え!もうほんと何もかも今更だ!

好きだと知られてから、これから俺はどうシズちゃんと接すればいいだろうかとずっと考えていた。
俺がどう思っていようがシズちゃんは俺を嫌い。
だったらどうするかは結局俺次第で。
俺がもうシズちゃんを好きでいるのはやめようと思ったら、シズちゃんを避けるのなんて簡単だ。
元から嫌われてるし、繋がりなんて俺からちょっかいかけなければプツリと切れてしまうような、ないに等しい関係だった。
これで終わり。おしまい。
俺のシズちゃんフォルダは全消去。グッズも燃やしちゃおう。
仕事は池袋なんて来なくてもこなせるし、どこに行こうが俺は俺。きっと人生を楽しめる。
忘れるなんて簡単だ。
簡単なんだ。
そう思ったら笑えてきた。
失恋したら俺でも泣くかなと思うくらいに好きだった。
でも実際涙は出ないしむしろ笑えた。

遠くなりかけてた意識が痛みで引き戻されると、目の前にいたかと思ったシズちゃんが俺の上の瓦礫をどかしていた。
黙って見てるとひょいと小脇に抱えられて、店外に運び出された。
店外では路上でマグロ寿司パーティがそのまま続行されていたようで、見知った顔の他に通行人だろうか、なんだか人数が増えている。
その中から白衣の男がひらひらと手を振った。
「あ、ようやく終わった?」
「おうセルティ」
シズちゃんは新羅を無視してその隣の首無しに声をかける。
自分を指差すセルティにうなずくと、シズちゃんは俺をポイと放り投げた。
「依頼だ。ソレ、病院まで運んでくれ」
慌てて影のネットで俺を受け止めるセルティに、シズちゃんはもう背をむけてスタスタと去って行った。
「クッソ…!」
俺はかすむ目でその背中を見て歯を食いしばる。
もうかっこいいなんて思ってやるもんか!
俺の恋は今日で終わりを告げたんだ!!
声にならない決心を胸にその日の記憶はそこで途切れた。

病院で目が覚めると俺の両足にはギプスがガッチリはまっていた。
俺は速攻で波江に連絡を取り、とりあえず仕事の引継ぎと隠れ家の手配をした。
両足はヤバイ。俺から機動力を取ったら、それはすなわち生命の危機だ。
俺の敵はなにもシズちゃんだけではないのだから。
医者に強引に話をつけ、セルティに迎えに来てもらい、隠れ家に向かう。
これでも俺を心酔してる信者がいるので世話係と護衛に何人か呼び出してほっと一息ついた。
「悪いね運び屋。何度も俺なんて運ばせちゃって」
『気にするな。怪我は大丈夫か』
運転しながら器用にPDAを操るセルティに苦笑がもれる。
「なに?心配してくれてんの?俺のこと君嫌いじゃなかったっけ」
『静雄も心配してた』
「は!?」
俺はびっくりしてサイドカー内で体を起こし、ギプスに走った衝撃に顔をしかめた。
「…冗談きつい」
『口に出してはいなかったが顔にそう書いていた。案外おまえ、あきらめなくてもいいかもな』
「いよいよ冗談が過ぎるんじゃないか運び屋さん。無駄な期待はしたって無駄なの。アレ見てたら分かるでしょ。つか俺もうなんとも思ってないから」
俺はギプスを撫でながらも笑顔を取り戻す。
「フフ、この怪我さえなけりゃ今頃失恋旅行で羽伸ばしてたはずなのに。ホント忌々しいねえシズちゃん」
『断崖絶壁ツアーか』
「そう、あーあ行きたかったなあ」
そこでしばらく黙って走ってたセルティは、ふいにPDAを操作し始めた。
何度かメールのやり取りをしたらしく、それから急に進路を変えた。
「え?ちょっと、なに?」
『旅行、行きたいんだろ』
「は?うん、そりゃそうだけど…いや待ってよ」
この足でどうしろと?
頼んでないのに何故か東京駅まで連れて来られた。
おいまさかこんなところで放り出す気か。一体俺にどんな恨みが…と思ったが心当たりがありすぎて分からない。
「いや、本当に笑えないんだけど。ねえ、俺の依頼したとこ此処じゃないよ」
『いいからちょっと待ってろ』
座り込んでる俺に見えないところで延々とPDAを操作するセルティにイラッとくるが、両足不自由で下手に抵抗できない俺はただ舌打ちするしかない。
別の運び屋呼ぶかと携帯を出したところでメールが入った。波江だ。
メールを読んで俺は目を見張った。
それは失恋旅行決行のお知らせだった。
ツアー添乗員を向かわせたので行って来いというのだ。
なんだそれ。
いやまあ身を隠す意味ではありかもしんないけど、俺一応怪我人よ?
平気なフリはしてるけど、ほんとなら入院してるはずだし、安静にしてたいんだけど。
「ねえ運び屋」
『なんだ?』
「君うちの秘書と知り合い?」
『いや、新羅経由で連絡を取った』
「あ、そう…」
どういう魂胆だろうか。考えていると、セルティが手を振り出した。
俺も顔を上げて、ぎょっとした。
なんで、シズちゃんが、ここに、いるんだ。殺す気か!!




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