そんなわけで、俺は失恋旅行のお供に何故か俺を振ったシズちゃんを連れてやってきたわけで。
というか有無を言わさず連れて来られたわけで。
セルティから俺を受け取りおんぶしたシズちゃんは、波江作であろうか旅のしおりを手に新幹線に乗り、隣に座って駅弁を食べはじめた。
ガツガツ駅弁を頬張るシズちゃんをかわいいなんて、もう思わないんだからね!
俺は携帯のカメラを起動させたい衝動を耐えきり、シズちゃんのポケットから旅のしおりを引っ張り出した。
見ると旅の日程は驚くほど俺の怪我を考慮してない観光ツアーだ。
さすが波江ドSだね!
俺は自分の動かない足を見下ろし絶望に浸る。逃げたいのに逃げられない。
「ねえシズちゃん」
「なんだ、テメェも食えよ」
「食欲ないからいらない。じゃなくてさ、なんでシズちゃんここにいんの?」
思えば失恋パーティでもね、なんでいるかなあ。
俺のこと嫌いでしょ。
そう聞くとシズちゃんは無言でまた弁当を食べ始めた。
あ、シカト。へえ、そう、そういう態度。
俺も黙って考える。
なんだこの状況。
なんで普通に俺の隣に座ってられるんだろう。
なんでシズちゃんは俺を殺さないのだろう。
俺のこと嫌いでしょ。
俺のこと殺したいほど嫌いなんでしょ。
もしかして俺が好きだって言ったせい?
もしかしてこの足のせい?
もしかしなくてもそうなんだろうな。
暴れん坊だけど、根っこは優しいんだって知っている。
責任を感じちゃったか、同情か、誰かにそそのかされたんだろう。
シズちゃんをふっ切ろうとしてる俺にしてみれば、ものすっごく迷惑なんだけど!
シズちゃんは弁当を空にし、お茶を飲んでフーと息をつくと、もうひとつの弁当をガサガサ開けた。
そして俺の前にテーブルを設置し、置く。
「食え。それはノルマだ」
「なんの!?」
シズちゃんはタバコを取り出そうとして、禁煙車両だと思い出したのかチッと舌打ちする。
イライラしながら旅のしおりを掴み、俺に突きつけた。
「え?なに?」
「ここに書いてあんだろ」
シズちゃんが指差したところには、新幹線で名物駅弁を食べるという項目がある。
え?なにまさか真面目にこれ全部実行する気?馬鹿じゃない?
「…シズちゃん、これ誰に言われたの」
「おまえの秘書」
「なに真面目に聞いちゃってんだよ」
「あー、あれだ。露西亜寿司の修理費用、請求しない代わりに面倒見ろって」
「んなもん踏み倒せばいいのに」
どうせ俺が払うんだしと思って言うと、ギロッと睨まれた。
「俺は借りを作るのは嫌いなんだよ!」
あーはいはい真面目ちゃん乙!
取立てなんてやってるから、逆の立場は嫌なんだろう。
しかし波江の奴も、よりにもよってシズちゃんに何をさせるんだ。
確かにボディガードとしてこれ以上はないけど、そのボディガードに俺が殺される可能性は考えなかったのか。
いや考えてこその采配か。
ほんと俺の周りは敵ばっかりだ!
俺はハハと乾いた笑いを漏らした。
「で、シズちゃんはこれ本気で引き受けたの?」
聞くとグッと耐えるように眉間に皺を刻むシズちゃん。
「しょうがねーだろ。トムさんにも溜まった有給消化しろって言われるし」
「あっそ。シズちゃんもかわいそうに」
フウと息をつくと、
「俺は別に、かわいそうじゃねえ!」
とシズちゃんは怒鳴って席を立った。
車内の視線を浴びながらまた盛大に舌打ちをして、
「タバコ吸ってくる間に食ってないと殺す。あと逃げても殺す」
そう告げてドスドスと歩いて喫煙ルームへと言ってしまった。
「どうやって逃げろと」
俺は黒い服に目立つギプスを見下ろし溜息しか出なかった。

たっぷり30分かけて席に戻ってきたシズちゃんは、俺の前の弁当の蓋をペラとめくってピクリと青筋を立てた。
「半分も食ってねーな」
つまり半殺しか、と呟くシズちゃんに俺は肩をすくめる。
「本当に食欲ないんだって。それより水ちょうだい。薬飲みたい」
シズちゃんは不機嫌そうに自分の飲みかけのお茶を差し出した。
いや、まあいいけどね。
さすがに俺も間接チューとかで一喜一憂するほど痛くないはず。
いや間接チューなんて単語が浮かんだ時点で痛いか。はは。
ガサガサと病院で貰った薬をポケットから出してると、なんかシズちゃんがぎょっとしてる。
何?と目で聞くと、
「いや、おまえ、薬漬けじゃねーか」
「は?普通だよ。俺骨折れてんだよ?」
化膿止めやら痛み止めやら、一回に飲むせいぜい五種類の薬に驚かれてこっちが驚く。
ああ、自分は薬なんて必要ないから分からないか。俺は一応人間だからね。
そんなこと言うとキレるだろうから今は言わない。
俺は今本当に不利な立場だ。
どうやってこの難局を切り抜けようか。
食べ物を口にして幾分血糖値の上がった頭でグルグル考えてると、俺の前から弁当を取り上げたシズちゃんが、箸を持ち、残りを口に運び出したので、思わずお茶を噴き出した。
「うおっなんだよ」
「ちょ、食べかけ!なに食べてんの!俺のだよ!?」
「なんだ、まだ食うなら食うって言えよ」
「そうじゃなくて!え?平気なの?俺の食べかけ食べて平気なのシズちゃん!」
俺は叫んだ。だってシズちゃんはそういうキャラじゃない。
シズちゃんは俺の食べかけの弁当を片付けてくれるようなキャラじゃないのだ。
昔学生の頃、冗談でまだ口もつけてないパンを、はいア〜ンって差し出したらツバ吐かれたことを俺は忘れてない。
俺の訴えにシズちゃんは眉をひそめて弁当を見、しかしまた箸運びを再開した。
「食い物残すとお百姓さんに失礼だろーが」
立ち上がりかけた俺は足の痛みにまた席に腰を落とした。
クソックソッ!かわいくなんかないぞ!クソが!
あまりに腹が立ったので俺は窓の方向いて目的地まで不貞寝することにした。
俺はシズちゃんを好きであることをやめると誓ったのだ。
こんな攻撃に屈するわけにはいかない。
あ、そういえばこの拷問はいつまで続くんだっけ。
旅のしおりをもう一度確認したかったがシズちゃんの顔を見るのが嫌だったので我慢した。


目的地らしき駅に着いて、また俺はシズちゃんに背負われて観光地に降り立った。
バーテンダーに背負われる両足ギプスの俺。池袋じゃなくともハンパない目立ちっぷりである。
しかしシズちゃんは旅のしおりにある地図を見ながらよどみなく歩く。
「ねえ、どこ向かってるの」
「崖だ」
「…あのさ、そこはいいからホテル行こうよ。俺もう休みたい。で、そこで解散。どう?」
波江のプランである崖を素直に目指すシズちゃんに俺は提案する。
しかし、
「だめだ」
シズちゃんの足は止まらない。
「この通りするって契約だ。おまえおぶさってるだけだし別に疲れねーだろ」
「いやいやいやいや、もう疲れたよ。ズタボロだよ。つーかシズちゃんも嫌でしょ。無理しないでいいよ。波江には俺から言っとくから」
「別に無理してねー」
「うん、シズちゃんが丈夫なのは知ってるけどさ、ほんといいよ。もうホテルまでとか贅沢言わない。その辺でもいいから降ろしてくんない?シズちゃん帰っていいよ。俺別の人呼ぶから大丈夫だよ」
シズちゃんをキレさせないよう猫なで声で諭すように言う。
本当にこの状況が異常なのだと気付いて欲しい。
俺はシズちゃんに失恋し、シズちゃんは俺を嫌っているのだ。
この二人で旅行とか正気の沙汰じゃない。
いくら俺でも神経が持たない。
「ね、シズちゃん。100歩ゆずっておんぶやめて」
「うるせえっ」
ゴッと衝撃が額に走って俺の意識は一瞬でブラックアウトした。


うう、やっぱりキレられた。
シズちゃんに好きだとばれて以来、踏んだり蹴ったりすぎる。
頭突きで失っていた意識がゆっくり浮上し、シズちゃんのタバコの匂いと潮の香りに気付く。
「気ぃついたか」
顔を上げると低い位置に見渡せる濃い色をした海。
「おおー」
うっかり感嘆の声が出た。
高い。どう見ても崖。そしてとても俺好みのいい高さだった。波江の奴いい仕事するな。
ああ俺の足が動くなら、もっとギリギリまで行ってみたい。
が、依然俺はシズちゃんの背中の上で、そのことには掌に汗が滲んだ。
「シズちゃん降ろして」
頼むとあっさり降ろしてくれた。
俺はこれ幸いとずりずり崖の手前まで這って行く。
行こうとした。
しかしシズちゃんにグイッと襟首を掴まれて持ち上げられた。
「なにすんの」
「こっちのセリフだ」
シズちゃんに睨まれた。
いやいや、怒られる意味がわからない。
「せっかく来たんだから下見てみたいんだけど」
「そう言って落ちるつもりだろ」
「はあ!?」
びっくりしてシズちゃんを見上げる。
落とされるなら分かるけど、なんで自分から落ちなきゃならないんだ。
「何言ってんの?」
「おまえに自殺されると俺が疑われる」
「は?いや、しないよ自殺なんて。俺がするわけないじゃん」
「信用できねー」
俺はひょいっとつまみ上げられて、シズちゃんの背中に逆戻りした。
あ、もしかして、シズちゃんにばれた直後、衝動的に飛ぼうとしたことを言ってるのかな。
あれは本当につい、だった。
今思うと馬鹿らしい。
きっとドタチンがいなくても、結局は飛ばなかったと思うね。
俺は冗談で死を口にはするけど自殺はしないよ。たぶんね。
そう言った所で怒られそうな予感しかしなかったので俺は黙った。
「ここ来るまでによお、やたらとあったぞ。思い直せとか相談しましょうとかいう看板」
「ふーん」
気のない俺の返事にシズちゃんはチッと舌打ちする。
「それより降ろしてよ。落ちないから」
「だめだ」
「もうおんぶやだ」
「怪我人の分際で贅沢言うな」
「ほんと勘弁して。こういう密着度の高いの辛いでしょシズちゃんも」
「………」
シズちゃんはタバコを携帯灰皿に片付けると、おもむろに俺の肩と腰を掴んでぐっと持ち上げた。
あっと言う間に体が引き上げられ、足を掴み直される。
気がつくと肩車されていた。
俺は唖然としてぐんと高くなった視界に目をぱちくりとさせる。
「これで文句ないだろ」
「え?は?文句?あるよ!意味が分からん!」
「接着面が小さいのがいいんだろ」
確かにおんぶより肩に乗ってる方が密着度は低いといえよう。
でも、うん、この歳でまさか肩車されることになるとは夢にも思わなかったよ。
さすがシズちゃん。一体どういう思考回路してんだ。
シズちゃんはそのままスタスタ崖の淵まで歩いて下を覗き込んだ。
「わお」
遥か下で起こる波しぶき。ゾクゾクする。
高いところは大好きだ。
ビルの屋上も好きだけど、崖の上もいいなあ。
少し気分の浮上した俺。
シズちゃんは俺を乗せたまま崖の上で仁王立ちし、またタバコに火をつけた。
かくして崖の上のイザヤ、は平和島静雄に肩車されて立っているというシュールな構図は完成した。

……なんだこれ。

このありえない状況を振り返るにつけ、崖から海を眺める俺の目は虚ろになる一方である。
こうして始まった俺の失恋旅行はまだ初日を迎えたばかりだった。



続く
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