「これ見て、どう思った?」
臨也はアイパッドを振りながら聞いた。
「…腹立った。浮気だと思った」
正直な感想がぽろりと口から出る。
確かに、おまえが言うな。そう言われてもおかしくない言葉だ。
しかし臨也は、
「そう、良かった」
と言って笑った。
「これ見てシズちゃんがなんとも思わないようなら、昨日のこと謝ろうと思ってた。俺が悪かったって謝って、これからはどんなに腹が立っても悲しくても苦しくても、もう何も言わないようにしようって思ってた。言っても意味ないだろうからね」
くっと笑って、そして顔を上げた臨也の目は笑っていない。
「腹立った、ね。でもシズちゃんが腹立ったその何万倍も俺は腹が立ったし、悲しかったよ。俺はシズちゃんにあてつけるつもりでこんなことをしたけど、シズちゃんは違うじゃん。どうしてシズちゃんはできるの?俺にはちょっと理解できない。フリだけでもシズちゃん以外の男とああいうことするの、俺はすごい辛かったもん」
「臨也…」
ちょっときゅんとしちまったじゃねーか。
しかし臨也の攻撃はやまなかった。
「ねえなんで?どういうこと?なんでシズちゃんはあんなことできるの?ちょっと俺に教えてよ、ねえ」
「………」
何故、と言われても、意識してやったわけじゃないから答えられる理由なんてなかった。
ケーキを差し出されたから食った。ただそれだけだ。無意識だ。
浮気などする気もさらさらないし、俺が好きなのは臨也であってヴァローナではない。
「答えられないの?答えたくないの?どっちでもいいけどさ、答えないってことはやっぱり浮気だったんだ」
「ち、違う!」
「どう違うの?違うなら理由を言いなよ。簡単でしょ」
簡単じゃないから困っている。
理由なんてない。だから答えられない。
「この浮気者。裏切り者」
「違うって言ってんだろ!!」
ビシィとテーブルにヒビが入り、キレる一歩手前で先に臨也がキレた。
「てことは向こうが本命で俺が浮気かこの野郎っっっ!!!」
「もっと違う!!!」
店中が俺たちのやり取りをうかがって静かになっていることなど、もはやどうでも良かった。
思わず臨也に手を伸ばすが、風を切る音がしたかと思うとスパッと指の股が裂けて窓に血が飛び散った。
臨也はすでにパチンとナイフを折りたたんでいて、勢いを失った俺の手を押し戻す。
「いつもみたいに喧嘩に持ち込んで気がついたらニャンニャン…みたいに誤魔化されないからね」
先にキレておいて、なのにかわいくプイっと顔を背ける臨也に、俺はもうどうすればいいのか分からない。
俺にとってはどうってことない後輩との触れあいが、よもやここまで臨也の逆鱗に触れようとは。
そしてそのどうってことない触れあいを、臨也が他の男とするのは俺が嫌だ。
これって結局、お互いがお互いを信用してないってことじゃないか?
トムさんはとりあえず謝れと言っていたが、本当にそれは正しいのだろうか。
「おい、俺はおまえと喧嘩するつもりはない。なにも殴ろうとしたわけでもないのにこれはねーじゃねーか?そんなに俺が信用できねーのか」
斬られた手を突き出すと、臨也はさらに不機嫌そうな顔になり、それからゴソゴソとポケットをさぐって小さな絆創膏を差し出してきた。
普通の人間なら数針縫っている傷にそれはねーだろ。と思うが俺ならば事足りてしまうので苦虫を噛み潰しながらも受け取った。
「シズちゃんは自分に信用があると思うの?現にこうして浮気したじゃない」
「だからしてねー。そもそもなんだテメーは、常に俺を監視してんのか」
「してますが何か?俺を責める前に自分の行いを振り返りなよ。あっちでフラグ、こっちでフラグと危なっかしいったらありゃしない」
「おい待て何言ってんのか全然分かんねぇ。つうか俺よりおまえはどうなんだよ。女の秘書はいるわ、仕事相手はうさんくさいわ」
「はあ?俺?」
臨也はぽかんとした顔をした後吹き出した。
「俺が浮気とかありえない!あのねシズちゃん、俺ってば見た目通りモテるんだよ?シズちゃんの前に俺が何人と付き合ってたと思ってんのさ。女とも男とも年上年下はては幼女とだってお付き合い経験があるんですぅー。シズちゃんなんかよりイケメンともブサイクとも付き合ったことあるし、セレブとも貧乏学生とも付き合ったことがあるんだよ。いろんな人種と付き合って、でも最終的にシズちゃんと付き合ってるとか俺相当趣味が悪いわけですよ。今更どんな奴が俺を浮気させられるっていうのさ。シズちゃん以上の化物でも持ってこない限り俺の気は浮いたりしませんー」
いまいち怒っていいのか喜んでいいのか判断しかねることを言って、臨也は俺を指差した。
「一方のシズちゃん!シズちゃんは数ある選択肢の中から俺を選んだわけじゃなく、シズちゃんと付き合えるだけのスペック持ちが当時俺しかいなかったから、必然的に俺を選ぶしかなかったでしょ。でも周りの認知度の変化、そして俺と付き合うことで各段に経験値をつんだシズちゃんは、今現在俺以外の選択肢も目の前に広がっている非常に危険な状態にあるわけですよ。しかも今度は女代わりの俺じゃなく、本物の女の誘惑がシズちゃんの周りに溢れてる。当然俺はこれを放置できないから監視してるよ。別にシズちゃんが心変わりして俺に別れを告げるのは構わないけど、隠れてこそこそ浮気されるのは我慢できないからね!」
フンッと踏ん反り返る臨也に、俺は待て待てと手を上げた。
「ちょっと待て、色々聞き逃せないことをペラペラ言われた気がするが、まずはテメェ、俺と別れてもいいのか?」
「構わないよ。シズちゃんが俺のこと好きじゃなくなった時には別れるしかないじゃん。ただしその後のシズちゃんの幸せは保証しないから。俺と別れるからにはその後の人生ズタズタにされる覚悟はしてて。俺を差し置いてシズちゃん一人を幸せにさせるつもりはこれっぽっちもないから。全力で邪魔するから」
「…俺は今、想像以上にお前のタチが悪ぃのを知って驚いてる。が、別れる気もないし、おまえ置いて一人で幸せになる気もないから問題ない。幸せには二人でなりてーし」
「それは良かった」
「………」
「………」
「………」
「ちょっといいこと言ったからって誤魔化されないからね」
「チッ」
俺は舌打ちしつつも、少し赤くなった顔を片手で隠した。
「浮気の件もだが、もうひとつ訂正させろ。俺は別に女がよくておまえを女扱いしたわけじゃねーから。つうか女とか男とか関係なくて、臨也がいいだけだから」
「ふうん、まあ俺もシズちゃんがいいとか悪趣味を持ってるわけだから?人の趣味はどうこう言わないよ」
「おう…」
思えば付き合い始めてイチャイチャするのに必死で、こんな風に自分の考えを話し合ったことはなかったように思う。こいつがこんなことを考えていたなんて知らなかった。
慣れてるんだろうなあとは思っていたが、これほど自分が好かれていたとは思ってもなかった。
ちょっと照れくさい気持ちになってしまい、落ち着こうとややぬるくなったコーヒーに口をつける。
そして短い沈黙の後、臨也は細く溜息を吐いて言った。
「もういい、分かった。シズちゃんは浮気してないってことでいいよ」
両手を軽く上げる臨也に、そわそわと窓の血しぶきをおしぼりで拭いていた俺は、へ?と気の抜けた顔をしてしまった。
そんな俺に臨也はにこっと笑う。
「あーあ、喧嘩しても折れるのはいつも俺。どちらかが割り食う時我慢するのもいつも俺。シズちゃんのこと好きだから耐えられるんだよ」
ようやく分かってくれたかと、俺はほっと肩を落とした。
それにしても、今まで臨也にそんなに我慢をさせていたとは、さすがに俺も反省せざるを得ないだろう。
これからは臨也にもっと優しくしようと心に決めて顔を上げると、視線の合った目をすーっと細めて臨也は言った。
「俺も悪かったよ。俺にはシズちゃんしかいないのに、シズちゃんには俺以外にも大切なものがたくさんあると思うと嫉妬しちゃってね。視野が狭かったよね。反省して、これからは俺もシズちゃん以外ともっと仲良くするよ」
臨也は半月に細めた目でニタリと笑った。
「俺ももっと部下と交流するね。仕事以外の付き合いはいらないと思ってたけどさ、今度二人で食事にでも出かけようかな。取引先の人からの誘いも今まで全部断ってたけど、これからは積極的について行くようにするよ。親睦を深めるためだもん、しょうがないよね。そうだ、母校の後輩にももっともっと構ってやらなくちゃ」
「ちょ、ちょっと待て臨也」
「新羅やドタチンとも最近遊んでなかったなぁ。今度誘おうっと。えーと、唾液交換も媒体があれば浮気じゃないんだよね?」
「臨也ぁ!!!」
ガタンと俺が立ち上がると、臨也は笑いを引かせて細めたままの目で俺を見上げた。
「なに?」
「い、いざ…、テメ…」
「ねえ、そろそろ結着つけようよ。俺に何度も繰り返させないで。まだ仕事も残ってるしもう時間ないんだ。今から言いたいことは5文字でまとめて。聞いてあげるから」
シーンと静まり返る店内で、俺はタラリタラリと汗をかいていた。
ふざけるな、それは浮気だ!
そう叫びたかったが声にならない。
臨也はやると言ったらやるだろう。
どこまでが浮気か浮気じゃないか、世間一般のボーダーラインなどどうでもいい。俺にとっての浮気を、あてつけにするに違いない。
見せられた動画のようなことを、まだやる気なのだ。
結局トムさんは正しかった。
俺はスウと息を吸い、そしてテーブルに手をついた。

「ごめんなさい!!!」

制限5文字をオーバーした上、頭を下げた衝撃でテーブルは粉砕されたが、それで臨也の本当の笑顔がようやく見れたのだからよしとしたい。




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