家和万事成

 ザワ、とその場の空気が揺れた。親父や俺に対してではない。当然、真依に対してでもない。真希を見て、禪院家の人間は動揺を隠し切れずにざわめいた。

「ブッハッハァッ!!やるじゃねえか、甚爾」
「ハン……ジジイもこれを期待してたんだろ?」

 禪院家の新年会。真希や真依は兎も角として、家を出た親父と俺が出席する義理はねえと思っていたが、何やら当主との取引だとかで親父と俺も出席する羽目になった。
 ……新年は家族だけで過ごしたかったのに、と思わなくもない。が、ここを耐えておけば、この先津美紀や美々子と菜々子に対して良からぬ事を企む輩を牽制できる。
 俺が出向く代わりに、禪院家やその関係者は親父が許可しない限り家族に近付けない。そういう縛りだ。
 だから俺は渋々京都までやってきたし、真依は真依で良い思い出のない禪院家に帰るのに乗り気ではなかった。ノリノリだったのは親父と真希だけ。むしろこの二人は何で乗り気なんだろうか、と真依と二人で言い合ってたんだが……。

「……調子はどうだ、真希」
「見ての通り絶好調だよ、ジジィ」

 成る程、こいつは爽快だ。
 親父を居ない者として扱い、真希と真依を見下していたらしい禪院家の奴らが、真希を恐れている。一回りも二回りも年下の真希を見て顔色を変え、本気で怯えていた。

「どうやってそこまで押し上げた?」
「ある特級術師がどうにも俺に興味があるって言うからよ。そいつに手伝わせた」
「成る程、九十九由基か」

 親父の言葉に、禪院の当主が会得がいったとでも言いたげに頷く。反面、周囲の幹部らしき人間は顔を顰めていたが。親父から聞き齧っている禪院の奴らの性格なら、どうせ禪院でない特級術師がでかい顔をしてるのが気に食わない、とかそういう理由なんだろう。
 人間から呪力を無くす、という研究をしているらしい九十九由基という特級術師にとって、親父と真希は絶好の研究対象だ。真希の場合、親父のように呪力を完全なるゼロにされる天与呪縛じゃなく、非術師程度の呪力量に抑えられるというものだが、それでも天与呪縛の方向性は親父と同じと言えよう。術式と呪力を犠牲に身体能力を向上させているのだし。
 だからこそ、ほぼ無条件で九十九さんの協力を取り付けることができたそうだ。……代わりに根掘り葉掘り意味の分からねえ事を聞かれたそうだが。好きな男のタイプだ女のタイプだの。

「言いたい事があるんだ。力が無え時に言っても馬鹿にしかされねえから言ってなかったけど、今ならこいつら全員の前言っても虚仮威しとは思われねえだろ?」
「ほう?何だ、言ってみろ」
「私が、伏黒甚爾の後を継いだ上で禪院家の当主になる」

 真希の言葉に周囲は絶句しているらしく、一切の音が消える。
 今現在、真希の腕には、親父がどっかから持ってきた呪具が取り付けられていた。本来、呪詛師の捕縛などに使われているその呪具は、装着した人物の呪力を際限なく吸い上げる。呪力が無ければ術式が使えねえし肉体の強化もできねえから、術師にとっては天敵の呪具らしい。
 まあ取り付ける際に色々と制限があるので、そんなに便利な呪具ではないらしいがそれはそれ。なんにせよ、その呪具を装着している間、真希の呪力はゼロになる。身体能力が破格になれど、その身に宿った術式と呪力の大半を奪われるという縛りの真希から、呪力が一切消え去るのだ。
 つまりは、それは縛りの強化になり得る。
 親父と九十九さんはそこに目をつけた。普通の術師にはそんなもの縛りになりさえしないが、真希はそもそも生まれ持った縛りで呪力の大半を奪われている。だから奪われなかった残滓を強制的に奪う事で、真希だけは縛りを強化出来た。……出来てしまったのだ。
 だからこその、親父の後継発言だ。今の真希は呪力を一切持たない代わりに、破格の身体能力を手にしていた。
 ……本当は認めるのが悔しい。だって禪院の相伝を継いでいると言ったって、俺は親父の息子だ。あの背中を見て育ってるんだから、あの人に憧れるに決まっている。だけど俺には呪力がある、術式がある。
 俺は天に縛られなかった。
 真希の言葉に騒つく周囲を、酒瓶を畳に叩きつける事で当主が黙らせる。その顔に恐怖や嘲りは無く、寧ろ面白いとでも言いたげな表情だった。

「術師でも無えのに禪院の当主になると?」
「術師じゃねえけど、ジジイの側にいる雑魚どもよりかはよっぽど優秀だ。私以外に当主になれる程度の人間がいるか?」

 俺の隣で真希の事を見守っている真依が、小声でノリノリねと耳打ちしてきたので、そうだなと頷き返す。
 今回の新年会までにどうしても真希の天与呪縛を強化するぞ、と親父達がやる気を出していた意味が漸く分かった。真希が禪院家に対して宣戦布告したがったってのもあるだろうが、恐らく俺に対する興味関心を真希への恐怖等にすり替えるって目的もあったのだろう。
 禪院の相伝術式を継いだ俺がいるってのに、この場にいる奴らは全員呪力を持たない真希と親父を警戒していた。……禪院相手に大暴れしたっつってたけど、一体親父はどんだけ暴れたんだか。真希まで怖がられるなんて相当だろ。

「伏黒恵が禪院を継ぐと言えばどうする」
「甚爾さんには悪いが、恵を叩き潰す。勝ってみせるぜ?」

 おい。おいコラ、真希。

「ならばこちらも相応の試練を与えようぞ」
「私にとっちゃ生まれた時から試練の連続なんだよ。今更んなもん関係ねえ。その上で当主になってやる」

 俺をボコるって当たり前に言うんじゃねえよ、という突っ込みは野暮だろうから口には出さない。それに今それを言えば、俺に禪院を継ぐ意思があるって判断されかねねえし……。
 そんな真希の宣言に、誰もが押し黙った。まあ、強くなるって名目で禪院家から親父の下へ行き、その宣言通りに強くなって……親父と同じ呪力を持たないという縛りを得たのだから、黙る他ねえか。

「なあジジイ、顔合わせは終わったし帰っていいか?」
「何言ってんだ。オマエの息子の顔見せをしろ」
「チッ……。へーへー、これが息子の恵」
「……ムカつくぐらいお前にそっくりだな」

 さっさと帰りたいらしい親父に手を引かれ、当主の目の前に立たされる。ついでとばかりに頭を撫でてくんのはやめて欲しい。
 それに、先程まで真希に向けられていた禪院の人間たちの視線が俺に向けられるのも居心地が悪かった。……まあ、真希と親父への畏怖で多少はマシな目線になっているのだろうが。

「どこまで調伏した?」
「手の内を晒す筈がねえだろ」
「…………四つ、か?」
「いやァ、どうだかねぇ?」

 俺の反応から色々と探ろうとしているのだろう、当主はニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。どうすれば誤魔化せるだろうか、と少しだけ身体を硬直させていると、その視線を遮る様に親父の手が眼前に翳された。
 ……正直、大人相手に腹芸を出来る気がしないのでありがたい。無視し続ければいいのだろうが、この当主ならば俺の一挙一動から情報を毟り取りそうだ。そういう狸ジジイの雰囲気がする。

「随分と過保護に育ててるな」
「放任主義のデメリットは身をもって知ってんだよ」
「ブッハッハッ!そりゃそうだ」

 もういいだろ、と親父に言われた当主は俺から目線を外し、周囲の人間……恐らく禪院の分家の当主だろう奴らに声をかけた。

「こいつは伏黒甚爾の子供だ。今後禪院からの勧誘は一切しない」
「なっ、ですが直毘人様……!」
「甚爾に殺されたいなら好きにしろ。次からは半殺しじゃなく、普通に殺せと伝えてある」

 泡を食った様に血相を変えた禪院の奴らは、しかし当主から発される怒気に押し黙る。……当主は何故か怒っているらしい。
 不思議に思ってチラ、と親父を見上げると黙って見ていろと耳打ちされた。

「本家の当主の通達を守らず、相手との力量差も理解できない。そんな使えない者は禪院に必要か?なあ、譲谷」

 当主に譲谷と呼びかけられた男は、顔を青くして額に脂汗を滲ませている。たぶん、当主の言葉に心当たりがあるんだろう。

「俺の通達を守らぬなら、勝手に伏黒恵に接触して甚爾に殺されておけ。輪を乱す無能は禪院に必要ない」


 ※※※


 禪院の当主が静かにブチ切れている間に、俺たち家族はさっさと禪院家から退散したのだが。

「あれ、五条さん?」
「みーっけ!やっと合流できた」
「随分時間掛かったな。やっぱ引き止められたか」
「そーそー、ジジイ共が結婚がどうこうってうざいのなんの。頑張って抜けてきたから奢ってよ、おっさん」

 折角京都に来たんだし湯豆腐食おうぜ、という親父の提案により俺たちは電車で南禅寺に向かってたんだが、途中で五条さんも合流してきた。この人も新年の挨拶やらなんやらで実家に顔を出していたらしい。

「おまえのが給料いいだろ」
「それはそれ、これはこれ。人の金で食べるご飯より美味しいものってないじゃん」
「それは言えてる」

 ぽんぽんと軽口をたたく親父と五条さんを見て、そのあとサッと周囲を見渡してため息を吐く。二人とも馬鹿みたいに目立ってるんだよな。
 長身の親父と五条さんは、電車の中じゃ周囲から頭一つかそれ以上抜けてるし。電車を降りて歩いていても、和服を着慣れてるからか立ち振る舞いが堂々として様になりすぎている。
 そのせいか、親父たち目当てで近寄ってきた女の人たちが、俺や双子の存在を見るなり至極残念そうに去っていくものだから居た堪れなさすぎる。普段も親父は逆ナンされがちだが、それにしたって今日は寄ってこようとする人間の量が多い。

「さっさと店入りてえ……」
「……悟もいるから、相乗効果で尚の事やべえな」
「あの人たち、もう少し自分の容姿の良さを自覚した方がいいわよね」

 真希と真依と身を寄せ合って、親父たちを見ながらこそこそと耳打ちする。こう……自分を少しダサく見せるようなファッションにする気はねえんだろうか。
 せめて紋付羽織袴はやめて欲しかった。略礼装ぐらいで良かったのに。

「んで、禪院の方はどうだった?」
「皆、真希にビビってたなァ。俺と同じになってる、って」
「アハハ、そりゃそうだ!相伝を継いでる恵を見にきたのに、怖がってるゴリラの二号が出てきたらビビるって」
「誰がゴリラだクソガキ」

 結局、湯豆腐の店に着くまで親父たちに向けられる目は減らなかったし、何なら南禅寺は人が多くて余計に二人は目立ちまくっていた。
 それにしても、相変わらず五条さんと親父は仲がいいな、と思う。二人にそれを言うと、ぎゃーぎゃー言われるから口には出さないが。

「なあ恵、どうだったよ禪院家」

 親父が頼んだコース料理に手を出していると、隣に座っていた真希がそんな事を尋ねてきた。その奥に座っている真依も気になる様で、少しそわそわしながら俺の方を見ている。
 どうだった、か。真希の言葉に、一度箸を置いて考え込む。
 正直な事を言うとすれば、思っていたよりもタチが悪くなさそうで拍子抜けだった。親父たちの話を聞いていた限りじゃ、人間でないと扱われてた親父と真希に対して恐怖心を抱く様な感性を持っていなさそうだったが、実際は呪力をゼロにした真希に怯えていたし。
 思いの外現実が見えて……と言うより、親父と真希は術師じゃねえけど強い、と理解出来ていた事に寧ろ驚いた。
 ……が、まあ言うとしたらこれだろうか。

「当主の……あー、禪院直毘人だったか。食えねえ奴だな」
「へえ、そう思うのか」
「だってあの人、勧誘はしないっつってただろ」

 言い換えれば、勧誘以外の接触はするって事だ。

「それに俺を今回呼んだのって、俺をダシに配下に諫めようって感じじゃねえか?」
「多分な。私としちゃ、宣戦布告出来て良かったけど」

 あとあいつらのビビった顔が最高だった、と続けて言いながら笑う真希に、つられて俺も少し笑ってしまった。まあ確かに、大の大人が揃いも揃ってガキを怖がるのは面白い。
 そんな風に二人で思い出し笑いをしていると、おずおずといった様子で真依が話しかけてきた。

「……ねえ真希、本気で当主になるの?」
「なる」

 何言ってんだよと言いた気に即答した真希に、真依はなんとも言えない顔をする。
 どういう感情なんだ。

「ふーん、そっか。じゃあいいわ」
「なんだよ」
「ヒミツ」

 教えてあげない、と言った真依は喋るつもりは無いという意思表示なのか、口一杯に少し冷ました湯豆腐を頬張った。真希が聞いても俺が聞いてみても一切口を割る様子がない。
 ……こういうちょっと頑固な所が似てるんだよな、真希と真依。
 なんて事を考えながら双子を見ていると、突然肩を持たれてグイッと引っ張られる。思いもよらない方向からの力に踏ん張ることすらできず、なすがままに倒れ込んだ。
 一体何が起きたっていうんだ、とパッと見上げれば、どこか据わった目をした五条さんの顔が見えた。

「……五条さん?」
「恵はいつ特級術師になるの?」
「……あの、俺まだ二級なんですけど……」
「禪院のそーでんじゃん!だったらすぐ特級なってよ!」

 若干どころかめちゃくちゃ赤くなってる顔。呂律が回っていないのか、発音も怪しい。そして極め付けは五条さんから漂ってくる酒臭さ。
 めちゃくちゃ酔ってるぞこの人。

「真希とかもつよくなってよー。俺と傑ばーっかり任務してんじゃん」
「俺も任務行ってるだろ」
「うるさい」
「なんだこの酔っ払い……」

 親父の言葉を理不尽に切り捨てて尚も五条さんは続ける。

「たまにね、とうきゅうが合ってない任務が下の階級のじゅつしに来ることがあんのね。そーしたら死ぬじゃん?」
「……そうですね」
「死んだら人減って、結局俺と傑に任務が増えてさあ。だったらみんな強くなればいいって思って教師してみてるけど、みんな弱いし。だから恵はすぐ特級になって」

 だから、でなんでそういう結論になるのか。俺に特級になれるポテンシャルがあると判断してくれているのは嬉しいが、すぐにってのは無茶が過ぎる。
 なってよー、と赤ら顔のまま俺の肩を揺する五条さんから逃げ出そうともがくが、力が強すぎて抜け出せない。それに五条さんの腕を引っ張ろうにも術式を使っているのか、無限に阻まれて腕が掴めなかった。
 厄介すぎるぞこの酔っ払い。

「落ち着け」
「おっさんもさー。頑張って一〇〇人に増えてよ。分身の術」
「俺は忍者じゃねえよ」
「おっさん二分割したら二人に増えない?」
「増えない」
「ポケットに入れて叩いたら割れる?」
「割れない」

 俺に絡みまくって満足したのか、五条さんは次は親父にくだを巻き始めた。
 家に遊びに来るときは酒に弱いから、と一切酒を飲まないけど、こういう風になるのか……。最強も形なしだな、なんて思わず口から飛び出した。

「ねえ真希」
「ん?どうした?」
「あの人五条の代表だし、真希が禪院の当主になったら、酔っ払ったあの人を相手にしなきゃならなくなるんじゃないの?」
「……あー……それは……」

 少し前まで、真依の質問に即答していた真希の言葉が濁る。

「大丈夫だ。真希ならやれる」
「恵、お前自分が嫌だからって押し付けてるな?」
「真希だって酔っ払いの相手嫌なんじゃねえか」
「あれ見たら誰だって嫌だろ!!」

 そりゃそうだ。



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