家和万事成

 呪霊が続々と姿を現していく。図体の大きい物、やけに小さな群体の物。昆虫の形を取っている物や、女体を模した物……どれもが一級や準一級の呪霊だ。それらが、整然と秩序だって蠢いていた。
 そしてその呪霊達の中心部。鋭い目付きで前方を睨みつけているのは、特級術師の夏油傑。
 ……そんな夏油さんの視線の先に、呑気な顔をして親父が……伏黒甚爾が立っていた。あくびしてんじゃねえよ。

「はー……流石特級術師様って感じだな」
「一度に展開できる数に限りはあると思うか?」
「無制限だろ。だからこその特級だ」
「…………」

 対峙している二人から少し離れた場所で、俺と真希は地面に座り込んでいる。目を肥やした方がいいだろう、という親父の提案により、夏油さんと親父の模擬戦を観戦することになったのだ。
 ……それにしても、純粋に凄いとしか思えない。俺の十種影法術は、一度に式神を二種類しか呼び出す事が出来ないというのに、夏油さんはあんなに大量の呪霊を呼び出しているし、操っているし。
 尚且つ、夏油さん本人も強い。親父が体術じゃ俺の次、って言うぐらいだから相当強いのだろう。
 真希と率直な感想を言い合っていると、睨み合っていた二人に動きがあった。夏油さんの指先がピクリと動き、呪霊達が親父に殺到したのだ。
 呪霊達を親父へと襲わせつつも、さらに畳み掛けるように次々と呪霊が姿を現して。
 次の瞬間、親父の姿が掻き消える。そして、いつの間にやら呪霊と共に夏油さんは蹴っ飛ばされていた。

「意味わかんねえ」
「なんなんだあの初動……」
「どうやって夏油さんを吹き飛ばしたか見えたのか?」
「呪霊がどうやって吹き飛んだのかはわかんねえけど、甚爾さんが傑を蹴っ飛ばしたのは見えた」

 真希曰く。瞬きの間に進行方向にいた呪霊を蹴散らした親父は、夏油さんに肉薄して拳を振るったそうだ。しかし、夏油さんはそれに反応して呪霊で防御したのだが、親父はその上から力任せで夏油さんを蹴っ飛ばした。……様に見えたらしい。
 目を肥す云々の前に、そもそもの動きが見れねえんだが。天与呪縛で五感や身体能力諸々が強化されてる真希ですら見えてねえ部分があるのに、俺に見えるはずがないだろ。

「自分より速い相手に対して、自分の視界を遮る様に呪霊を展開してどうすんだ。愚策すぎるわ」
「呪霊の群れに穴を作ってたじゃないですか。そこから来てくださいよ」
「やーなこった。わざわざ罠に引っかかってやる義理はねえよ」
「模擬戦なんだし引っかかってください」

 呪霊をクッション代わりにしてダメージを減らしたものの、それでも親父の馬鹿力のせいで痛みはあるらしい。顔を顰めて横腹を手で撫でながら、夏油さんは立ち上がる。
 しかし、ぐちぐちと文句を言っているので余裕そうではある。……あんなに蹴飛ばされてたのに凄いな。一〇mは吹っ飛んでそうだったのに。
 先ほど親父に吹き飛ばされた呪霊を回収した夏油さんは、新しい呪霊を何匹か呼び出す。見たところ、全部一級呪霊だ。
 今回の模擬戦は、一応模擬戦だから二人共に制限が掛けられている。夏油さんの方は、領域展開等を使える特級呪霊の使用禁止。……初めて聞いた時、そんな強い呪霊を調伏しているのかと驚いた。
 なんなんだ、領域展開が出来る特級呪霊って。しかもそんな呪霊を夏油さんは数匹抱えてるだとか。流石特級術師。恐ろしすぎやしないか。
 ……そして、対する親父は呪具の使用禁止だ。夏油さんの呪霊操術で使役している呪霊は、祓われてしまえば消滅してしまう。だから模擬戦如きで夏油さんの呪霊を祓い、彼の戦力を減らすのはいかがなものかという話になった。親父とやりあうには最低でも準一級以上の呪霊じゃないと話にならないし、それらを消滅させるのは勿体ない。
 けれども、呪力を持たない親父は呪具が無けりゃ呪霊を祓えないのだから、呪具さえ使わなければ呪霊を祓ってしまう危険性はない。ならば呪具を使わずに模擬戦をすれば丁度いい、という訳だ。
 更に、双方共に戦闘の展開を遅くする、という制限もある。本来の模擬戦ならば、軽口をたたき合わずに延々と攻防を続ける筈だが、今回の模擬戦の主目的は俺と真希の目を慣らす事だ。
 緩急を付けでもしなければ、何が起こっているか分からないだろう、という事らしい。……動きが速すぎてそもそも見えねえから、あんまり意味なさそうだが。

「というか、夏油さんどれくらい呪霊を抱えてんだろうな」
「甚爾さんと悟が目ぼしい呪霊を片っ端から捕まえて、高専に持って帰ってるみてえだし……」
「四桁いってそうだな」
「ワンマンアーミーじゃねぇか」

 今度は一匹だけ前方に浮かせ、残る三匹で夏油さんは自分の周りの防御を固めた。一級呪霊だから、なんらかの術式を使えるんだろうが……。
 夏油さんを蹴っ飛ばした場所から動かず様子見していた親父は、夏油さんの準備が整ったのを確認すると、大きく伸びをしてからしゃがみ込む。そして、遠く離れたここから見ても分かるほどに筋肉が隆起し、またもや親父の姿が掻き消えた。ものの。
 夏油さんの二m程背後で、不自然な体勢の親父の姿が現れた。……停止している……のか?
 動きの止まっている親父に対し、好機と言わんばかりに夏油さんの足元から現れた呪霊が襲いかかる。が、親父が停止していたのはほんの一瞬で、即座に呪霊を蹴っ飛ばして夏油さんから距離をとっていた。
 なんだ今の攻防。何があった。

「左脚、右腕、左腕、右腕、右脚……ってところか?」
「今のを一瞬で解くのやめてくれませんかね……」
「同時にその黒いのをけしかけりゃ、まだワンチャンあったよ」
「避けた癖に」

 親父と夏油さんの会話の意味が分からねえ。困惑して真希の方を見上げるが、真希も意味が分からねえらしい。夏油さんの策を親父が破った事だけは理解できるが。
 口をへの字に曲げた夏油さんは、また新たな呪霊を呼び出して、その背中に乗って宙に浮く。成る程、空中戦か。親父は空飛べねえもんな。
 高度を上げて、親父がジャンプしても届かねえだろう位置に陣取った夏油さんは、その場所からどんどん呪霊を呼び出していった。そして、雨霰の様に呪霊が地面に降り注ぐ。物量作戦だ。
 親父は手当たり次第に呪霊達を蹴散らしていくものの、また一瞬だけ動きが止まる。よくよく見てみると、夏油さんの近くにさっきも浮いていた呪霊が浮かんでいた。
 さっきの親父の言葉から推測するに、多分、動きの制限をする呪霊なんだろう。しかしほんの一瞬しか親父は止まらず、すぐに呪霊を上空に吹き飛ばし始める。
 呪霊達も呪霊達で、頑張って術式を使って親父の足を止めようと奮闘してるんだが、親父は鎧袖一触で呪霊を引き倒していく。戦車か何かなんだろうか、あの人。

「どんな感じで倒してるか見えてるか?俺には呪霊が吹き飛んでる様にしか見えねえ」
「ただ殴って吹き飛ばしてるだけみたいだぞ」

 真希とやばいな、とか言いながらお手玉の様に飛んでいく呪霊を見ていると、親父が吹き飛ばした呪霊を足場にして空中へと飛び上がった。そのやり方なら高い所にいる夏油さんにも接触できるな、とか考えていると、親父の進行方向を阻む様に夏油さんが呪霊を呼び出す。
 当然、そいつも術式を持っている様でなんらかの術式を使おうとしたのだが、急に親父が空中で方向転換したことにより、術式は不発に終わった。……どうやって空中で方向転換したんだ……?
 そのまま親父は一旦地面に降り立つと、何かを引っ張る動作をした。それと同時に、夏油さんの呪霊が体勢を崩して夏油さんの体が宙に放り出される。

「真希」
「多分ワイヤー付きのクナイ……だと思う。いつ投げたかは見えなかった」
「ワイヤーか……成る程な」

 呪具じゃない普通の暗器だから、夏油さんも攻撃に気が付かなかったのだろう。空に投げ出されたのにも拘らず、冷静に空中で呪霊を取り出して着地に備える夏油さんだが、その前に親父が飛び上がって夏油さんを地面に叩きつけた。凄く痛そうな音が辺りに響く。
 土埃が舞い、墜落した夏油さんの様子が見えねえけど、硬質的な音が響いてるって事はまだ戦っているんだろう。……俺たちに見せる為って言ってたのに、全然見えてねえんだが。

「おーい!全然見えねえけど!」
「ん?あ、そうだった。夏油止まれ」

 真希の大声に反応した親父が、夏油さんに声を掛けると同時に鈍い音が響く。……いま、親父絶対夏油さんのこと殴ったぞ。そう思っていると案の定、腹を抱えて顰めっ面している夏油さんが土埃の向こうに見えた。

「急に本気で殴りかからないでくださいよ……!」
「悪い悪い」
「はぁ……クソッ、痛……」

 モロにぶん殴られたのか、先程とは違い腹を庇いながら立ち上がった夏油さんは、一度大きく深呼吸すると、そのまま構えて迎撃の体勢になった。今度は肉弾戦をするらしい。

「そもそも甚爾さんは特級でも殺せるって前言ってたんですし、特級無しとか無茶じゃないですか」
「んな事言ったっけなァ?」
「言ってましたけど」

 ちゃんと覚えてますからね!と不貞腐れた顔付きで言い放った夏油さんは、呪具を取り出して親父に向かっていく。
 俺の十種影法術は『影』に呪具をしまうことができるんだが、夏油さんはそれを見てインスピレーションが湧いたらしい。一度取り込んだ呪霊に呪具を突き刺し、呪具ごと仕舞い込むというやり方で呪具の出し入れを自由にしていた。
 そんなの有りかよと思ったが、呪霊に突き刺さってる呪具も呪霊の一部という判定らしい。術式の解釈を広げられたよ、と本人は言っていたが。
 ……毎度毎度、呪具を突き刺さしている呪霊から断末魔が聞こえてるから、側から見てると痛々しいことこの上ない。なんならこの前なんて五条さんと一緒に呪具をいっぱい刺してハリネズミ、とか言って遊んでたし。やっぱり呪術師ってイカれてるわね、とは真依の言だ。

「そうだ、久々に掛かり稽古するか?」
「嫌です」

 夏油さんがそう言いながら槍の形をした呪具を振り抜くと、親父はどこか余裕を感じさせる動きでしゃがみ込み、攻撃を回避する。そのまま流れる様に足払い、と見せかけて夏油さんの懐に飛び込んだ。
 しかし、夏油さんはいつの間にやら呪霊を取り出していた様で、親父は術式を警戒して後ろに飛び退く。
 さっきまでと比べると随分と親父の動きが遅いから、二人の攻防がよく見える。……最初からこの速度でやってくれ、と思わないでもない。

「その呪具折っていいか?」
「よくないですよ、これちゃんと買ったんですから」
「なら仕方ねえな」

 次は親父の方から向かっていくらしい。前傾姿勢になり、どこからか取り出した小型ナイフ片手に夏油さんへと接近し、先ずは呪霊を弾き飛ばす。
 そこからナイフを投擲し、夏油さんが呪具でそれを弾き飛ばしている間に、親父は死角へと潜り込んだ。だが夏油さんも親父のスピードについていけている様で、背後にいる親父と自分の間に呪具が突き刺さっている呪霊を呼び出す。
 そのまま夏油さんは呪霊を盾にしつつも、背面に刺さっていた呪具……ナイフ型のそれを引き抜き、血飛沫を目隠しにしながら親父の顔面に向けて振りかぶる。……が、当たらない。
 親父の方はナイフが顔面に当たる直前、呪具の柄を、それを握っている夏油さんの手ごと握りしめ、強制的に動きをキャンセルさせていた。そして動きの止まった夏油さんの首に腕を回して締め上げる。

「あ」
「勝負ついたな」

 悪あがきのように夏油さんが呼び出した呪霊も、親父は適当なパンチで吹き飛ばす。それに、拘束から抜け出そうともがいても、抜け出せそうな雰囲気が全くない。
 なんなら、首に腕を回して夏油さんの頭を抱えたまま、親父は俺たちの方へと歩いてきた。

「甚爾さん!ちょっと甚爾さん、離してくださいよ、歩き辛いですってば」
「敗者に拒否権はねえ」
「ぐぇ」

 わーわー騒いでいる夏油さんを半ば引き摺るようにしてこちらへとやってきた親父は、彼の首を離すなりドカッと俺の隣に座り込む。
 若干得意気にしている顔がちょっとムカついた。親父が強い事なんて分かりきってんだよ。

「どうだった?」
「……最初の方が速すぎて見えなかった」

 本当に、感想はそれに尽きる。
 最後の方は比較的ゆっくり動いてくれていたけど、速すぎて意味が分からねえ。天与呪縛だからって限度があるだろ。
 俺の言葉に、親父から解放されてしゃがみ込んでいる夏油さんも、うんうんと頷く。

「あれで呪力で強化してないとかびっくりだよね」
「あ、そうだ傑。甚爾さんの動きを止めてた呪霊って何なんだよ」
「……体を動かす順番を強制させる簡易領域を使える呪霊だよ。正しい順番じゃないと体が動かなくなるんだけど……甚爾さんにはすぐ解かれちゃったから、ホント嫌になる」

 折角コンボとか考えてたのに無駄になっちゃった、といじけた様子で夏油さんは続ける。
 実際にあの呪霊の術式を受けた訳じゃねえからなんとも言えないが、普通だったら夏油さんの目論見通り体が動かなくなるんだろう。親父が規格外なだけだ。
 ……一体、いつになれば親父達に追いつける様になるのだろうか。今、俺が調伏している式神は五種。近々象の形をしている式神を調伏するつもりで、そいつを使える様になれば随分と戦略が広がるだろう。
 だがそれだけだ。夏油さんの様に多彩な手札があるでもなく、五条さんの様に絶対の防御もないし、親父の様に隔絶した身体能力を持ってもいない。親父は五条家に並ぶ御三家の禪院家の相伝なのだから、それだけな訳がないと言っていたが……。

「仮に制限無しならどうなってましたか?」
「私が一瞬で切られるか、その前に領域展開できる呪霊を出して、領域展開をして甚爾さんを閉じ込めるか……って感じだけど、単純に甚爾さんの方が速いからね……」

 術式が強かろうが、相手のスピードについていけないなら意味がない、って感じなんだろう。それに動体視力も追いついてなきゃ意味がない。……親父が言っている通り、地道に目を慣らしながら呪力での体の強化の効率を上げるしかないか。

「お。じゃあいつか私も特級術師サマを倒せるかも、って事だな」
「ハハハッ。いやだなあ。私が真希ちゃんに負ける訳ないだろう?」
「あ゛?」
「ん?本気で勝てると思ってるのかい?かわいいね」

 真希の言葉に対し、夏油さんが嘲りを含んだ声色で言い返す。真希はなんで煽るような事を言ったんだ……。プライドが高い夏油さんにそんな事を言えば、煽り返されるって分かってるだろ……。
 思わず呆れた目で夏油さんと真希を見つめた。しかし俺の目線など梅雨知らず、真希は苛立ちを隠さず夏油さんを睨んでいて、夏油さんの方は胡散臭い笑みを浮かべている。
 どうにかしろよ、と親父に目配せすると、仕方ねえなァと言いたげな顔をされた。アンタが一番の年長者なんだから、どうにかすんのは当たり前だろうに。

「メシ食うから喧嘩やめろ」
「中華ですか?」
「カレーだよな?」

 ほぼ同時に発された声に、空気がピリッとする。
 あーあ……。

「だから喧嘩すんなっつってんだろアホ共」

 睨み合いを始めた夏油さんと真希の頭の上に、親父の拳骨が炸裂した。



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