下載清風

 珍しく丁寧な言葉を使っていた先生は、絶句する私を放置して、中居さんの後に続いて別の部屋へと消えていってしまった。あとに残ったのは私と、そして、両親のみ。予想だにしていなかった再会に、何も言えずに私はただただ立ち尽くしていた。

「傑」

 聞き慣れた父の声が私の名前を呼ぶ。けれど、その声に答える事が出来ずに、私は俯いた。……だって。だって、私には彼らに合わせる顔が無い。
 “特別な力を持ち、強く生まれたならば、お前が弱い人たちを助けてあげなさい”と、そう教えを受けた。高専に通う事となった時も、力の無い人たちをたくさん助けてあげてねと、そう言って送り出されたのだ。……だと言うのに、今の私はブレている。力のない者たちを、非術師たちを本当に守るべきなのか、分からなくなっていた。
 そんな状態で、私を信じて送り出してくれた両親に顔向けできる筈がない。彼らの信頼を裏切りかけている癖に普段通りでいられる程、私の面の皮は厚くなかった。
 だから、頼むから私を見ないで欲しい。貴方達の期待に応えられない自分が惨めで仕方なくなる。

「傑、こっちを向きなさい」

 今度は父でなく母の声が聞こえて、理由もなく叫びたくなった。貴女の息子は、そんな優しく呼びかけるに値しないのだ。だからそんな風に、いつもの様に私の名前を呼ばないで欲しい。
 そんな身勝手な事を思っていても、母に伝わる訳もなく。呼び掛けを無視して俯く私の頬を、母の小さな手がそっと包み込んだ。すごく小さくて、ほっそりとしていて、少し荒れている母の手。優しいその手にこうして触れてもらえるのが、随分と久しぶりに思えて、懐かしさに肩の力が抜ける。いや、抜けてしまった。
 その瞬間に、自分でも知らず知らずのうちに抑え付けていた何かが緩んでしまったらしい。目の奥がカッと熱くなり、喉の奥がギュウと締め付けられる。歯を食いしばって涙を堪えようにも、じわりじわりと視界が滲んでいく。

「よく頑張ったねぇ」

 私を見つめる母から発された慈愛に満ちた声に、堰を切った様に涙が零れ落ちた。


 ■■■


 子供たちと、その二人を預けてる黒井と天内用の土産を買って。あとは夜蛾とか他の生徒用にも饅頭とか適当に買った俺は、小田原駅の喫煙所で煙草を吹かしていた。
 もーすぐ一七時だし、そろそろ夏油も外に出てくると思うんだが。そう思って三本目のピースを消費しながらボケーッと突っ立っていると、遠くに夏油が歩いている姿が見えた。その両手には大量の紙袋。土産でも渡されたんかね。

「おーい、こっち」

 喫煙所から出て、若干とぼとぼしながら歩いている夏油に声を掛ければ、眉間に皺を寄せながらこっちに向かって歩いてきた。……ははーん、もしや夏油の奴泣いたな?目尻がちょっとばかり赤くなってる。
 まあ流石にそれで男子高校生を揶揄ってやるのは可哀想だし、何も気付かなかったフリをして夏油と合流して駐車場へと向かう。

「先生、父と母からです」
「お。今度礼言っといてくれ」
「はい」
「じゃあ高専戻るぞ」

 夏油が何個か持っていた紙袋の一つを差し出されたので素直に受け取る。律儀な人たちだな、土産とかいらねえのに。

「…………何も聞かないんですね」
「聞いてほしいのか?」
「いえ、むしろ私の方が先生にお聞きしたいです。どうして両親を呼んだんですか」

 この歳で泣いたのが恥ずかしいのか、俺にしてやられたと思っているのか。車に乗るなり不貞腐れた面になった夏油が八つ当たりの様に言葉を吐く。
 雰囲気的に悩みの種はどうにかなったみてえだが、それはそれとしてプライド的に気に食わねえのかな。よく分かんねえけども。

「おまえに届く言葉を掛けられるのが、おまえの両親しか居ねえって判断したまでだ。呪術師の家系に生まれた人間にとって、おまえの葛藤は理解できねえ類のモンだしな」
「……私が非術師の言葉に耳を貸さないとは思わなかったんですか?」
「おまえに誰かを守る、って生き方を教えたのは誰かっつー話だよ。おまえが最初に守りたかったのは?何故非術師を守るものだと認識した?おまえがわざわざクソ不味い呪霊を飲み下してまで守ろうとしたのは誰だよ」

 憑き物が落ちた様な雰囲気なのに、顔はまだ不機嫌だ。意味が分かんねえぞ。

「……はじめは両親を。今じゃもっと増えましたけど」
「そーかよ。……これからも頑張れそうか?」
「初心を思い出せたので大丈夫です。もうブレませんよ」

 本当かねえ。あの脳みそあたりが全力でおまえの心を折りにきそうなんだが。そう思ってチラリとバックミラー越しに夏油を見ると、未だ不機嫌……っつうか、なんか恥ずかしがってねえか。耳赤くなってるし。
 何か言いたいことでもあんのかな、と思って特に何も言わずに運転に集中してみるが、夏油は全然口を開かない。ただ、俺の後頭部に突き刺さってる視線が鬱陶しかった。言いたいことあるなら早よ言え。

「…………。…………あの、先生」
「ん?」
「……あ、ありがとう、ございました」

 ちら、と後ろを伺うと窓の外を見て平然を装っている夏油の姿。顔が真っ赤になってるので全く誤魔化せてねえんだけども。

「どういたしまして」
「ちょっと、何でそんなにニヤニヤしてるんですか」
「いやァ?素直でかわいいなァと思って」
「……っ、さっきの言葉は無かったことにして下さい」
「やだね」



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