時事性皆無

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peak and pine―恋い焦がれる―


 ついさっきまで居た夢の世界は、涙が出るほど幸せな夢で、このままずっと覚めないでいる事を祈る程優しさに包まれていた。

 夢から覚めたその瞬間、自分を起こしてくれた彼女には気丈に振舞って見せたけれど、望みをそのままに映したあの世界に未練がない訳ではない。あのまま目覚めなければ、幸せに満ちた世界で朽ち果てていたのだろうか。それとも自力で夢を振り払って、現実に戻って来ただろうか。
 目覚めてしまった今となっては分からないが、きっとあのまま夢の世界に浸っていたことだろう。時の澱んだあの静かな世界に。

 あの世界では、死んでしまった集落の仲間たちや、時を視て命を削ったユール、そして姿を消したカイアスもいた。それだけで幸せだった。
 同い年のヤーニは相変わらず面倒事を押し付けてくるし、年上のリーゴは俺を子供扱いする。ユールはナタルに花柄を刺繍を教わっていた。ばあちゃんは、具合が悪くて作りかけのままだったタペストリーを最後まで織り、家に飾って自慢げにしていた。相変わらずカイアスは集落の外れに住んで居たが、頼み込み込んで集落で暮らすようになり俺は――。

 望みを映す虚ろな幽境。カイアスが作り出した幸せに満ちた幻。何故カイアスは時を変え(意図していたわけでなはないが)ユールの寿命を縮めてしまった俺を殺さずに、幸せに満ちた夢の世界へ送り込んだのだろうか?目論見通り幻の世界に浸っていたが、万が一にでも抜け出す可能性があるのにどうして……?
 抜け出すはずがない、という確信があったのだろうか。いや、カイアスに限ってそんな甘い考えはしないだろう。
 あいつが獲物を狩るときは、狙った獲物を見す見す逃す様な愚かな真似は絶対にしない。
 だが現にこうして俺は今また時を超える旅へ五体満足の状態で出ている。それが気持ちの悪い違和感として纏わりついていた。

「ねえ、ノエル」
「……何?」
「カイアスはなんで私たちを殺さなかったのかな」

 ヒストリアクロスの流れに身を任せ、まっすぐと先を見据えているセラが問いかけてくる。その腕にもは、う二度と別れ離れにならない様にモーグリをしっかりと抱いていた。

「……わからない」

 わからなかった。カイアスに敗れ、背から腹まで大剣で貫かれたとき、確かに自分は死んだと思っていたのだ。
 意識が暗い闇に包まれ薄れていくあの感覚を確かに覚えている。そして意識が途絶えるあの瞬間、自分は心のどこかで……ほっとしていた。これ以上苦しい思いをせずに済むと。約束は果たせなかったが仲間たちの待つ場所に自分も行けると。俺のユールの待つ場所へ――。
 死が救いであるとは考えていない。が、生きていくという事は、死よりも辛い現実と向き合っていかなければならない。死んでしまったらそれでおしまいだ。生きるということは、どんなに辛い事にも目を反らさず向き合っていかなければならないのだ。
 カイアスが俺たちを生かした理由は、俺たちが犯した罪を生きて償えということだったのだろうか。それとも世界が滅びる様を見せるためだろうか。
 ……いや、カイアスはそんな奴じゃない。理由はきっと他にある。
 俺たちを生かした理由は多分――

「――多分、俺たちを殺してしまうと、時が矛盾するからだ」
「時が矛盾するってことは……私やユールが時を視てしまうってこと?」
「正解。推測だけど、俺たちはこれから時の分岐点に大きく関わっているのかもしれない。」
「だから私たちを殺さず、夢の世界に閉じ込めたんだね。」
「ありえる話。」

 カイアスはユールが出来る限り時を見ないように細心の注意を払っていた。だから、時が矛盾して寿命を削ることにならない様に俺たちを生かしておいた。
 ……だとすれば夢の世界から抜け出す可能性も考慮し対策も考えているだろう。これ以上俺たちが時を変えて、ユールの命を削らないように。

「私たちが死ぬと時が矛盾するなら、私たちが未来を変える為に何かをすることが、歴史を正しい方向に導くのかな」
「……そうかもしれないな」
「そう信じようよ」

 セラは少し微笑みながら、俺を見た。その微笑みを俺は見ていられなくて、少し目線を反らして小さく頷いた。
 出来ることならそう信じたかった。歴史を正しい方向……世界が滅びることなく、平和な未来へ導けると。……でもその自信を持つことが出来なかった。
 夢の世界へ行くまで朧ろだった自分の過去の記憶。その記憶が今でははっきりとしたものになっている。時を変えるたびに頭の中がざわついて、記憶が揺らいでいたというのに、今では安定している。自分の生きた滅びの世界の記憶が確かに存在している。

 本当にこれから自分たちは正しい歴史を紡ぎ出すことができるのだろうか?滅びから世界を守る事はできるのだろうか?もしかして俺たちはこれから、取り返しのつかない罪を犯そうとしているのではないだろうか?

「大丈夫だよ。」

 セラは再び真っ直ぐと前を見据えて、凛とした表情で言った。

「私たちは一人じゃないよ。お姉ちゃんもスノウもホープ君も居るし、クリスタルになったヴァニラやファングだって私たちを見守ってくれてる。どこかへ消えてしまったサッズさんとドッジ君だってきっと未来のために頑張ってる。だからきっと大丈夫。滅びの未来を変えられるって信じようよ」
「……そうだな」
「うん」

 大きくセラは頷き、モーグリをより強く抱いた。モグは「クポポ」と少し苦しそうに身をよじる。
 彼女は強いとノエルは思った。弱気になったらそれに飲み込まれてしまうのは分かっている。セラだって押しつぶされそうになっている筈だ。けれど気丈に振舞って弱みを見せないようにしている。
 ……セラは強い。

 ヒストリアクロスの流れに身を任せながら、ノエルは目を閉じた。
 もしこの流れの先で、自分の記憶のままの滅びの未来へ自らの手で導いてしまったら、どうすればいいのだろう。そこからまた未来を修正することはできるのだろうか。もしかしたら、自分がこの先で未来を変えるために何かをすることによって、世界が滅んでしまうのではないだろうか――。ノエルにはそんな気がしてならなかった。

 もし自分が動くせいで世界が滅んでしまうくらいなら、あの夢の世界にずっと閉じこもっていれば良かった。あの幸せに満ちた世界に引き籠もり、そのまま――。

 夢はもう覚めてしまった。同じ夢はもう見れない。
 ノエルは夢で見た世界を思い、そして何が待っているか分からないヒストリアクロスの先を見つめた。

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2013/01/28 執筆


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