時事性皆無

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right to die,right to life―死ぬ権利,生きる権利―


 死ねない身体を持つというのは、一体どんな気持ちなのだろうか。
 例え死に至るほどの傷を負ったとしても、死ぬことが出来ず生き続ける。どれだけの痛みを感じても、苦しみだけが残る。もしも自分がその様な体を持ったとしたら、どんな事を思うのだろう。
 きっと、身体の痛みには耐えられるだろう。どんなに身体が傷ついたとしても、いつか痛みは収まる。
 けれど心の痛みはどうだろうか――多分、自分には耐えられないと思う。
 心の痛みは時間が癒してくれる、と昔ばあちゃんから聞いたことがある。しかし、その痛みが完全に癒える事は永遠にないのだ。ずっと傷は心の中に残り、記憶を思い出しては傷を疼かせる。死ぬことが出来ずに永遠に生き続けるというのは、心に傷を被い続けその苦しみを抱えていかねばならないのだ。
 ……そんな事、自分には耐えられない。

 ユールが死んでしまった時の事を思い出すと、今でも胸が締め付けられる程に心が痛む。みんなが生きてる未来を願って旅に出た。……が、もし自分に未来を変える力が与えられずに、永遠の命を与えられたとしたら――今頃俺は発狂している事だろう。
 誰もいない世界で一人彷徨い続け、果てることも出来ず、永遠に苦しみ続ける。想像するだけでも恐ろしさに体が震えた。

 カイアスは何百年もの間生き続け、何人ものユールの死を見届けてきた。時を詠んで死んでいくユールを見守る事しかできないというのは、どれだけ辛いことだったろう。何百年もの間カイアスは悲しみや苦しみを背負っていたのだろうか。その悲しみや苦しみを誰に打ち明ける事もなく、一人で抱えて。

「死ねない身体を持つのって、どんな気持ちなんだろうな」
「カイアスのこと?」
「うん」

 AF500年、新都アカデミア。ヴァルハラの混沌に侵食され、原型の失われた街の中を中心に向かって突き進む。
 文明に満ち、沢山の人々に溢れ活気づいていた街の面影は今や見る影もない。まるで崩壊しているようだ、とノエルは思った。この世界を救うことができるのだろうか。
 ……きっと出来る。そう信じなければ今にも押しつぶされそうだった。

「カイアスは死ねない身体を持ってる。それってどんな気持ちなんだろう。きっとずっと苦しかったと思うんだ。あいつ、きっと誰にも苦しいって事を伝えられなかっただろうし、自分の中で抱え込んで。」
「カイアスも辛かったんだろうね。ずっとユールを見守ってきて。」
「……俺だったら、きっと苦しさに耐え切れなかったと思うんだ。辛くて悲しくて、きっと未来に希望なんて持てなかった。カイアスはその苦しみに耐えて長いあいだ生きてきたんだ。」

 ユールを失ったとき、俺はあまりの悲しさに我を失って、集落から駆け出した。思い出が全て苦しみに変わって、逃げ出した。俺はすぐに苦しみから逃げ出したんだ。でもカイアスは……カイアスはずっと逃げずに苦しみに負ける事なく見守り続けた。酷い運命に堪え続けたんだ。死ぬことの出来ない身体をもって希望を持つことができないまま。

「俺、世界の未来やユールだけじゃなくて、カイアスも救いたいんだ。欲張りかもしれないけど、俺にとってどれか一つ欠けてもダメなんだ。もう充分カイアスは苦しみ続けたと思う。ずっと希望もなく。だから……」
「永遠の生から解放してあげる?」
「……そう。出来るかどうか分からないけれど、カイアスを救いたい。けして殺すんじゃなくて、犯した罪を限りある生の中で償って欲しいんだ。」
「私たちの手で、解放できるといいね。」

 セラの言葉に頷き、アカデミアの街の中心部へと目をやる。まだまだ先は長い。けれど時間は刻々と迫っている。急がなければならない。

 ――女神は諦めないものに扉を開く。

 その言葉を信じたおかげで、俺は未来を変えるチャンスを与えられた。諦めなければ、女神はきっと見捨てない。そう信じたい。
 諦めずに進めば、女神はきっと願いを聞いてくれるに違いない。だから女神に願いたい。

「世界を滅びから救って、女神にカイアスやユールに救うようにって頼むんだ。」
「女神は叶えてくれるかな?」
「さあ、どうかな。『世界を救ったんだから、願いを聞いてくれ!』って言えばどうにかなるかもしれない」
「女神様にそんなこと言うの?」
「女神様に失礼クポ!!!」

 戯てみせると、セラは小さく笑った。モーグリは怒って手に持った杖をノエルに向かって振り回す。それを片手で制しながら、ノエルはどこかにいるであろうカイアスを思った。

 カイアスは死ぬ権利を奪われた人間だ。逆にユールは生きる権利を奪われた人間。生死の権利。それは当たり前の人間なら誰でも持っているモノだ。
 俺は普通の幸せが欲しかった。世のすべての人が生を受け、楽しいことや嬉しいこと、辛いことや悲しいことを感じて成長していき、そして老いていつか死んでいく――。
 そんなごく当たり前な幸せが欲しい。特別な力なんていらない。

 混沌とした世界でノエルは暗い空を仰ぐ。この暗い空を見ていると、自分の生きた滅びの時代を思い出す。
 生きとし生けるものが緩やかに、しかし確かに滅び行く時代。そんな時代を作ってはならない。絶対に未来を変えなければならない。
 平和な未来では、当たり前の人生を生きるんだ。

 ――だから女神に希う。

 生きる義務を果たして死ぬ権利を。
 生きる権利を得るために死ぬ義務を。
 ――普通の人間が持っている「当たり前」をどうか与えてください。
 
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2013/01/30 執筆


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