時事性皆無

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思い出


 ふぅ、と吐かれた息は満足気だった。
 彼はトレジャーハンターである。世界中をその足で飛び回りそして、眩いお宝を求め一つの所に留まる事を知らない。
 こうして、薄暗い洞窟に隠された過去の遺産を探すのが彼の人生の生きがいなのである。

「眩しいな」

 薄暗い洞窟から目当てのものを探しあてた彼は、日の光の下で空を見上げた。今日は雲一つない晴天である。ずっと暗い所に居たせいか目が痛い。
 どうやら、半日近く洞窟の中を探索していたようだ。収穫は、古びた銀製のバングルと、不気味な装飾のされたティアラの二つ。これだけでも充分だ。

 さてと、と彼は腰に携えたウエストバックから包みを取り出した。
 キョロキョロと辺りを見回すと、丁度良さそうな岩があったので、そこにドカっと腰を下ろす。

「あー腹減った!いただきます」

 包みの中身は、乾いたパンだった。それといっしょにビンに詰められた野苺のジャムを取り出す。
 このパンもジャムも彼女が作ったものだ。パンが乾いてしまっているのが残念だが、ジャムはビンの中にしっかりと保存していた為、大丈夫そうだ。
 ナイフでパンを程好い厚さに切り分け、ジャムをたっぷり塗る。
 口に放り込めば甘酸っぱさが口一杯に広がった。おいしい。

「お。おまえたちも喰うか?ジャムは塗れねぇけど」

 小さな鳴き声がして、音の方へ目をやれば可愛らしいリスたちがこの岩場を見上げ小首を傾げていた。
 そのリスたちに微笑みかけ、小さく千切ったパンを投げてやる。
 するとリスたちは我先にとばかりにパンに向かってゆく。兄弟なのだろうか。まるでじゃれ合っているようだ。

「旨いだろ。セリスが作ったんだ。あのセリスが、だぜ?あいつ手先が器用なんだ」

 リスの一匹が不思議そうな顔をして彼を見上げていた。
 彼は声を上げて笑うと、もう一度パンを千切って放る。リスたちがまたじゃれ合うようにパンを取り合いをするのを見守ってから、余ったパンにジャムを塗った。

「…料理って凄いよな。人によって全然味が違うんだ。マッシュの作る料理はシンプルなんだけど、これまた旨いんだよなぁ。男の料理ってやつ?」

 指先についたジャムを舐めとり彼はボトルを取り出して水を飲んだ。水は此処に来る途中の川で淹れたものだ。
 リスたちはまだ、パンを齧っていた。

「そういや、あいつの料理も俺好きだったな」

 彼ははバンダナを外して頭を掻いた。
 矢張り彼女を忘れられない自分が居る。彼女が好きだった。どうしようもない位に愛していた。
 この気持ちは生涯消えることは無いだろう。どんなに今が幸せだって、消えないのだ。
 リスたちの小さい鳴き声がした。

「まだ足りないのか?仕方ねぇなぁ」

 彼はウエストポーチから無造作に入れられた山胡桃(クルミ)を二個、三個と取り出す。
 その殻をいつも使っているナイフで器用に割ると、リスたち見せる。
 大好物を目の前にリスたちが岩を登って、擦り寄ってきた。すっかり気に入られてしまったようである。
 実を少し砕き食べやすい大きさにして、彼はリスたちの口元へ持っていった。

「此処に来る前に見つけたんだ。沢山あったからちょっとばかり拝借してきたのさ。リルムやガウが山胡桃のクッキー好きだったの思い出してな。まあ、まだ沢山有るし、帰りがけにでもまた頂くさ」

 リスたちが頬一杯山胡桃を食べている様子を見て、彼はまた盛大に笑った。
 笑った弾みで、岩から転げ落ちそうになったが、そこは持ちこたえた。
 そうそう、彼女と一緒に何処かへ出掛けた時もこんな事があった。その時もこんな風に笑ったっけ。
 彼女との思い出はどれもこれも幸せなものばかりだ。けれど、それと同時にいつも思い出してしまう。どうして、傍に居てやれなかったのだろうか。記憶を失った彼女から離れてしまったのだろうか。
 彼は頭を振った。もう、済んだことなのだ。
 あの時に俺は、彼女の言葉で解放された。
 俺は、過去を捨てない。過去を否定しない。過去を受け入れ、今を生きるのだ。…彼女の分まで。

「ん?……あれは…伝書鳩か?」

 ロックは肩に乗ったリスたちをそのままに立ち上がり、空高くを何かを探しながら飛んでいる白い鳩に向かってバンダナを振った。
 するとそれに気が付いた鳥が彼の元へ急降下してくる。
 彼の左腕にその鳥は足を下ろした。お疲れさん、とその鳩の首を掻いてやった。その鳩の足にはフィガロの紋章に入った指輪が嵌められている。

「おまえエドガーからの使いか?態々こんなところまで大変だな」

 首についている専用のケースから丸まった紙を取り出す。
 その紙には相変わらず、綺麗な字で綴られていた。女ったらしとはいえ、矢張り一国の王だな、と思った。

「ったく、あの王様は人使いが荒いぜ」

 彼は溜息と一緒に笑いを漏らした。
 ありがとな、と鳩を見送りいまだ肩で遊んでいるリスたちを岩場に下ろす。
 肩をまわし、大きく伸びる。
 クルリとナイフをまわして鞘に戻した。

「さーてと。行きますか」

 彼は駆けて行く。思い出を抱きかかえて、今を精一杯生きる。
 その彼の背中を人懐こいリスたちが見守っていた。

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2009/08/09 執筆
2012/12/04 掲載


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