時事性皆無

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はじまりの予感


「夜分に失礼致します、エドガー様。急ぎ、宜しいでしょうか。」

 日もどっぷりと沈んだ深夜の事だった。新しい蒸気機関の設計図と睨みあいをしていたエドガーは、扉を叩く音で漸くすっかり夜が深まっている事に気が付いた。どうやら夢中なって辺りが見えなくなっていたらしい。幼い頃からのエドガーの癖だった。物事に夢中になると自分の身を省みず、そのことだけに集中してしまうのだ。また心配性のばあやに叱られるな、と思いつつ椅子から立ち上がり、扉の傍でぜいぜいと息を切らしている兵士に用件を告げるように促す。
 まだ息の荒い兵士は一度大きく息をつき、「実は…」と、真剣な面持ちで語りだした。

**

「ロック、起きているか」
「起きてるよ。上でドタバタ兵たちが騒いでたら、おちおち寝てられねぇよ」

 欠伸をしつつ身支度を整えるロックは、まだ寝足りないように目を瞬かせ、エドガーを見た。睡眠を妨害され不機嫌なロックの様子にエドガーは肩を竦めてみせ、私も眠いよ、と溜息混じりに言った。懐中時計を確認すれば、深夜の2時を少し過ぎたところを時計の針が指している。

「で、とうとう動き出したのか」
「ああ。魔道アーマー3体がナルシェに向かっている。その中に例の少女がいた。」

 噂どおりだ、とロックは呟き窓の外を見た。外は月明かりを受け白く浮き上がって見える砂漠が広がっていた。再度大きく欠伸をし、ぐいと背筋を伸ばす。夜はあと2、3時間で明けるだろう。しかし、それまで待っている時間は無い。

「もう発つのか」
「まあね。あいつらが魔道アーマーで移動してんなら、こっちも急がないとな」

 愛用のナイフをベルトに括り付け、皮製のポシェットの中に地図とコンパス、それから僅かばかりのギルと、カラス麦のビスケットを包んで乱暴に突っ込んだ。ロックはあまり多くの物を持ち歩かない。それは彼が現地調達をモットーにしているからだ。旅慣れているロックは、自然の知識に富んでいる。ポーションなどの薬品類を持ち歩かないのは、多少の怪我ならばその場にある薬草でどうにか凌いでしまうからだ。けれど、今回ばかりは。

「ロック。ポーションくらい持ったらどうだ」
「いや、大丈夫、大丈夫。」
「相手は魔道アーマーだぞ」
「大丈夫だって。危なくなったら逃げる。逃げ足は速いから、俺。」

 何と言おうと聞かない態度に呆れ、もういい、お前なんて知らん、と言い背を向けたエドガーにロックは苦笑した。普段はあまり着用しない厚手のコートを羽織い、身なりを整える。ナルシェは一年を通して厳しい寒さに覆われている小国だ。多少動き難くとも、寒さを凌げる厚手のコートを着用した方がいい。
 やっと準備が整い、ふう、とひとつ息をついた。それから、背を向けているエドガーを見る。いつもはきっちりと水を象徴する青のリボンで結ばれている金の髪が、今夜は乱れていた。

「大丈夫、くたばりゃしねーさ。俺、けっこう色んなヤツに恨まれてるからさ。なんなら賭けようか。」
「…やめておこう。まあ、無事帰ってくることを待っているよ、ロック。」

 エドガーは振り返り、右の拳を突き出した。拳を見、顔を見、ロックはニヤリと不敵な笑みを口元に浮かべた。

「おう。食いもん用意しとけよ」

 エドガーの拳をロックが左の拳で弾く。そして、懐から青いバンダナを取り出すと額に巻きつけた。バンダナを額に巻くと、気が引き締まる心持がする。それにこの青のバンダナは特別だ。

「そうだ、ロック。これを持っていけ」

 エドガーは持っていた懐中時計をロックに差し出す。ロックはフィガロの紋の入ったそれを物珍しげに見つめ、それからポケットにしまった。

「私が作った。多少乱暴に扱っても壊れないぞ」
「悪かったな、扱いが雑で。まあ、貰えるものなら貰っておくけど」
「誰がお前にやると言った。必ず返しに来い」
「ケチ」

 ロックは項垂れ、あー、だのうー、だの呻き、面倒くさそうに頭を掻いた。暫くそうしたあとで、ロックは自分の耳に嵌っている赤いピアスを外した。手の平でちゃり、と小さな音を立てるそれを一度握りこみ、その様子を見ていたエドガーに放り投げた。それを慌てて受け取ったエドガーが、危ないではないか、と少し怒ったようにロックに言う。その言葉を無視するようにロックは耳の穴を小指で掻いていた。

「ナルシェにンなモン付けてったら、耳が凍傷になっちまう。俺が帰ってくるまで預かってくれよ、エドガー。お気に入りなんだからな、ソレ。無くすなよ」
「お気に入りなら、投げるな」

 エドガーは横を通り抜けるロックに笑みを送り、必ず帰ってこいよ、と言葉を投げかけた。その言葉にロックは振り返らず右手をひらひらと振って、へいへいとやる気の無い返事をした。

**

(まったくあの王様は心配性だな)

 フィガロの城門を出たところでロックはエドガーに持たされた懐中時計で時刻を確認した。あの王様の話しを聞いていたら、時間がいくらあっても足りはしない。でも、心配されるのは嫌じゃない。ロックは吐き出すように溜息を吐いた。

「ナルシェか…寒そうだな…」

 夜の砂漠は日中と違って冷え込む。だが、ナルシェの寒さと比べれば、まだまだだ。チョコボに揺られながら、ロックはぼんやりと空を見上げた。
 バナン様によれば、最近帝国の動きが以前にも増して激化しているという。ガストラによって滅ぼされた国は両手では数え切れない数にまで及んでいる。ガストラが魔道の力を手に入れてから目に見えて戦火が広がっていた。1000年前に滅んだといわれる魔道の力。その力を持つという少女。それから、ナルシェの炭鉱で見つかったという、幻獣。

―きっと、これがはじまりだ。

 無意識にピアスのない耳に触れ、ロックはどこかでそんな事を感じていた。

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2011/05/11 執筆
2012/12/04 掲載


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