時間帯によって気分が違う。テンションが違う。だるい。自分に振り回される。だるい。

明るい人になったり怒りっぽい人になったり、かと思えば鬱寸前まで病んだり。天才数学者、マッドサイエンティスト、そして時には熱血刑事、出不精ゲームライター、思春期学生。ついこの間は死に悩む重病患者。どこに行っても、何をしていても、ふとした瞬間に蘇る。常に付きまとう様々な役柄。たとえその現場が終わったとしても、俺はなかなか抜け出せなくて。役に嵌り込んでしまって、時に本当の自分を忘れてしまって。息の吐き方を忘れてしまったり。だるい。ほら今日も、一息吐く前に次の現場。ああ、また無理やり、ギアの上げ下げをしなければ。ああ、毎日、疲れる。

マネージャー何とかしてよ、と弱音を吐いた。深く沈んだ俺の扱いが分からず、あたふたするこの子は別に俺のマネージャーでも何でもないんだけれど。ただの親友、というか、まあ、うん。説明するのさえ今は面倒。

「……。……よしよし。…疲れちゃったんだね。うん。でも大丈夫だよ。今くらいは休んでいいんだよ」

驚いた。頭を撫でられているらしい。驚いた。この子は普段絶対に、赤司っち以外の男に触らせないし触らない、のに。

それほど俺が弱って見えたということ、らしい。(はは、男のくせに情けねえ、)

たとえ頭を撫でて貰っていたとしても、今の黄瀬涼太はそれを素直に喜べない、らしい。

「…まなっち、」
「…よしよし。大丈夫だよ。元気出して。ね?」
「…いいよ、もうやめて」
「………。よしよし、…よしよし」
「…やめてって…」
「…ちょっと休んだら?毎日毎日大変みたいだし。ちょっと休んでも誰も黄瀬に文句言わないよ。よしよ、」
「やめろ!」
「っ!………ごめん、」

俺に強く言われて、傷付いたように手を離してしまったまなっち。やってしまった、と沈んでしまったようなまなっち。違う、こんな事がしたいんじゃないと俺は何とか表情でこの気持ちを伝えようとした。だけど今の黄瀬涼太にはその気持ちが上手く伝えられなくて、悔しさを滲ませながらそっぽを向くしかなかった、らしい。唇を噛む。どうして俺、黄瀬涼太はこんなにもヘタクソなんだろう。いつもはもっと上手く生きていられるのに。まなっちは敏感にも全てを感じ取ってくれたようで、うん平気だよ大丈夫だからと笑顔で頷いてくれた。さすが親友。

「まなっち…、」
「ん?」

そのくりくりした目は、優しげな目。疚しいことなんて何一つ考えていない目。心底俺を心配している目。その双眸は俺、黄瀬涼太を安心させる、らしい。

「…まなっち…、ごめ、ほんと、ごめ、」
「ううん。気にしないで」

―――だって私達、親友じゃない。今更何を。

「…親友…?」
「うん。親友でしょ。違うなんて言わせないんだから。………黄瀬のマネージャーさん、心配してたよ。限界みたいだから助けてやって下さいって頼まれちゃった」

もういつもへらへらしてる黄瀬がこんなに弱っちゃうなんて芸能界は本当にひどいところだね。いつもの黄瀬はどこ行ったっ、とまなっちは笑いながら黄瀬涼太にデコピンした。

顔を背けてしまった黄瀬涼太に、でもねとまなっちは優しく付け加える。

たとえ、黄瀬が芸能人でも、俳優でも、黄瀬は黄瀬だよ。大丈夫。黄瀬が何も分かんなくなっても私は黄瀬のことがちゃんと分かるよ。だから安心していいよ。

「………。…一緒にいて。まなっち、お願いだからまなっだけは俺を忘れないで」
「忘れないよ。当たり前じゃない」

この子は笑う。俺を安心させるために。この子は笑う。俺は目を細める。

「…ほんとに?証拠見せて。見せてくれないと不安で押し潰されそうだ」

「…えと、どうやって、見せようか」と焦り出すまなっちの目に映る男は、俺、黄瀬涼太。弱ったようなイケメン。何やら傷心したような美男子。感受性が強くて、役に入り込みやすくて、そして役からなかなか抜け出せない。本当の自分を見失いそうになっちゃって、何かの虚無感喪失感をとても恐れている。そんな精神の弱い若手俳優。何てなよなよしくて女々しいんだ、と自分自身を嘲笑った。黄瀬涼太は泣きたくなった。

「…こうやって」

証明して。

先ほどまで俺の頭を撫でていたその手をとった。小さくて柔らかい手。ふにふにしてる。ふにふに。ふにふに。安心する。これが、まなっちの手。黄瀬涼太の親友の手。(………相変わらず、優しいなあ)本当は嫌だろうに、今だけは何も言わずに俺に手を繋がれている。というか揉まれている。俺は目を閉じて深呼吸をする。今の俺は誰だっけ。生真面目医者かトチ狂った犯罪者か。いや違う、黄瀬涼太だ。

「…安心するッス…」
「本当に?」

ニ、とまなっちは笑う。「…辛くなったらいつでもこうして呼ぶといいよ。すぐに飛んで来るからね」とまなっちは言ってくれた。(出来もしない約束はしない方が身の為なのに)

――本当に?

――うん勿論。

「だって私達、親友じゃない」

ニカ、とまなっちは笑う。こんな事でさえ黄瀬涼太は嬉しく思う、らしい。泣きたいほどに嬉しく思う、らしい。俺の目に溜まる水分を見つけたまなっちは今度は茶化すようにとても悪戯っぽく笑った。

「もう、泣かないでよっ」
「…だって、だって…!まなっちが…!」

そんなに優しいこと言ってくれるからぁっ…!



(黄瀬涼太は言う。「まなっちだけが。俺が俺で居られる場所。みたいッス」何とも残酷な磔である)


いいやそれでも。女の前で泣くまいと黄瀬涼太は宙を見上げた。目玉を天井へと移動させる一瞬、俺達二人を観察するように見ていた本物のマネージャーと目があった。何も言うなと眼力で語るが、有能な彼はそんなことしなくても何も言わないだろう。

「(お見事です)」

唇だけがそう動いている。



もしも瀬が才能溢れる若手俳優だったら

(そしてさらに。もしも腹黒策士家だったら)

「…まなっち、まなっち。……もっと触ってもいい?何だかまたよく分からなくなってき、た…ッス。…ごめ、ほんとごめ…ん、まなっちだって嫌なのに…」
「大丈夫だよ。気にしないで。黄瀬、ほら、」

私は黄瀬を忘れないから。全然嫌じゃないから。遠慮しないで。ほら、大丈夫だから、ね?

ニヒ、と笑ったまなっち。「……優しすぎるッス…」と弱った黄瀬涼太は堪えきれない涙を伝わせて笑い返す、らしい。そして震える手でまなっちの肩を掴む、らしい。そんな男の皮を被った男。卑劣で外道、そして自分でも呆れるほどに強い精神力を持った本物の黄瀬涼太は。(優しすぎる…?いやいや、単純すぎる。簡単すぎる。ちょろすぎる。でもそんなお馬鹿なまなっちが、俺はダアイスキ)誰も見えないところでほくそ笑んでいる。おっとマネージャーと目が合った。(…まあいいや)全部分かってんだろ?としたたかな視線を送るとやはりあいつは軽く頷いた。(俺の性格も本性も演技も我儘も狙いも目的も性欲も全て全てお見通しなわけね。さすが俺のマネージャー)あいつの唇が動く。「(お取り込み中のところ大変申し訳ないですがそろそろ次の現場のお時間です)」分かってるよバアカ。もうすぐクライマックスだから少しくらい待っとけっつーの!

黄瀬涼太は蚊の鳴くような声でこの子に懇願した。「……まなっち、…出来る事なら、行かないで。…一人になると何か、に、押し…ッツぶされッそ、うッなんス…!」またもや何とも残酷な磔だ。意図的に裏返らせた声がさらにリアリティを増してくれる。単純なこの子はそんな黄瀬涼太に簡単に騙されて、場に流されて、これからも傍にいることを誓ってくれる。(赤司っちはどうするの?なんて意地悪なこと聞いてみようかな)本物の黄瀬涼太はそんなことを考えているというのに。

こんなにも高らかに笑いあげたい気分なのに、しっとりしっとりと頬が濡れていくあたり、俺は多分一番芸能界に向いている。



俳優業に悩む黄瀬涼太を演じる黄瀬涼太。黄瀬がゲスくなってしまった。ほのぼのを目指すもしもシリーズにはあるまじきことなのに。


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