「ママ、パパが知らない女の人とキスしてるよ」

あたしがママに教えてあげると、ママは悲しそうに一瞬目を伏せた。あれ?意外と冷静?とあたしは首を傾げる。それからママは徐に包丁を握ったかと思うと、トントントントン…!と物凄い速さでキャベツの千切りをし始めたのでやっぱり動揺してるんだなあと思う。

「はあー…!良い風呂だったッス!」
「おいお前そこに正座しろ」
「へ?うぁっちょっ!まなっち?!」

ママが包丁をそのままパパに向けた。その刃の側面にはキャベツが付いたままだ。冷や汗を垂らしながら後ずさるパパは、上半身裸のトランクス一丁で、我が父親ながら均整のとれた体型だなあと惚れ惚れする。あたしがこんなにも可愛くて幼稚園でモテモテなのはきっとパパの遺伝子のおかげなんだ。

「ストップストップ!危ないって!刃物振り回、」
「あ?どの口が言ってる」

ママはパパの顎先に包丁を突きつけたままだ。あたしはしらじらとした目でそれを見ている。数瞬の間があって、ママがハアと溜め息をついて包丁を台所に戻した。ホッと胸を撫で下ろすパパとは対照的に、ママはパパに背を向けて肩を震わしていた。「何で私は赤司じゃなくてこいつを選んだのかしら。やっぱり赤司と結婚するんだったわ。ああ神様、出来る事ならば泣き落とし作戦にまんまと嵌ってしまったあの時の私に零式ドロップショットを」と嘆くその声には完全に涙が含まれていて、パパは焦ったようだ。

「…何怒ってるんスか」

パパはママを後ろから抱き締めたけど、ママはパパを背負い投げしようとした。でもあまりの体格差に背負い投げなど出来るわけなく、端から見れば無様に抵抗しているようにしか見えない。パパはそんなママが可愛くて仕方ないらしく、「ねえ何怒ってんスか〜」とママの首元にキスを施し始めたので、さらに苛々したママからボディブローを食らうことになった。

「ぐおっ…!大切な仕事道具に何てことを!」
「………。だって黄瀬が悪いもん。知らない女とちゅーするから悪いんだもん」

ママがパパを黄瀬と呼ぶのはママが怒っている証だ。あれ?もしかして嫉妬?とパパは鳩尾をさする。でも、どこか嬉しそうだ。

「ちゅーって…全部ドラマの中の話でしょ」
「でも嫌なもんは嫌!」

はあ、バカップルね、とあたしは小さな溜め息をつく。それからパパとママから目を離してテレビに再び集中した。テレビの中のパパは仕事帰りでネクタイを緩めている。格好いい。それに対して、こっちのパパはトランクス一丁。鳩尾に痣。こっちのパパよりテレビの中のパパを見ている方があたしは幸せだ。

「キスシーンなんて断れよ馬鹿!」
「そんな事言ったって仕事だから仕方ないッスよ。駆け出しの俳優が仕事選べるわけないでしょ」
「なーにが駆け出しの俳優よ!才能認められてあちこち引っ張りだこなこと知ってるんだから!それにバンジージャンプとかそういう苦手な仕事は全部断ってるのもちゃんと知ってるんだから!………もおー!黄瀬の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!騙しやがって!まんまと引っかかっちゃったじゃない!私の優しさにつけ込みやがった外道!くそっ!んー!もう黄瀬と結婚しても後悔しかないよ!だっておかしいと思わない?!あんたがまなっちがいないと本当の俺が分かんなくなるやらどうたらこうたらほざいていたってのにどうしてこうも私ばっかり嫉妬しちゃってあんたは美人な女優とらぶらぶちゅっちゅなのよ!んー!もう信じられない馬鹿みたい!私が馬鹿みたいじゃない!もう黄瀬の阿呆!マヌケ!エロ親父!なくせにエッチ下手くそ!」
「ガーン…!エ、エッチ下手くそ…!」
「口でガーンって言うな!寒い!だからお前はいつまでも駄目なんだ!ねえ、りょうなもそう思うでしょ?!」

ママはあたしに同意を求めたようだけど、あたしはその言葉を聞いていなかった。(でも実は聞いてた。なるほど、よく夜中にママがパパにひんひん泣かされているのはパパが下手くそだからか。…ん、あれ?)あたしは驚愕した。テレビの中のパパが誰か知らない子を高い高いしている。あたしじゃない、他の誰かを高い高いしている。何ということ。

「…ッパパ!」

見ていられなくなってあたしはパパに飛びつく。お風呂上がりのパパは少しだけ湿っていた。

「ねえ、パパ、あたし以外を高い高いしちゃ嫌だよぅ…!」

パパは驚きながらもあたしを抱きとめてくれていた。悔しい。何これ。自然と涙が出てくる。それとパパに対しての怒り。何であたし以外を可愛がるの。さらにあの子役に対しての殺意。ああ、今ならパパに背負い投げやボディブローが出来る気がする。ママの気持ちもわかる。

「あたしだけのパパだもん」

ママはそんなあたしの様子を見てパパと同様驚いていた。それから「あらまあ!」と口に手をあててからふふふっと笑った。どうやら機嫌を取り戻したようだ。「ねえ、涼太。私達二人にこんなに愛されて幸せね?もう観念なさい!」あたしの真似をしてママもパパに飛びついた。

「ふふふ、私だけの涼太だもんっ!」

パパは困りながらも幸せそうに笑った。あたしがこんなにも嫉妬深いのはきっとママの遺伝子のおかげだ。




黄瀬の子供は絶対マセてる。ひよりなら絶対仲良くなれない。

ヒロインはあんな事言ってるけど黄瀬は夜の帝王だと思うよ。


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