「まなは馬鹿だなあ。僕の傍にずっといればこんな辛い思いなんてしなかっただろうに」
「何言ってんの赤司。私を手放したのは赤司でしょ。私が悪いみたいな言い方しないで。全責任は赤司にあるのに」
「……随分反抗的なことを言うようになったね」
「事実だもの。…っい、やっ…!」
「…僕に触れられるのが怖いか?」
「………」
「まな…、」
「っ………!」
「……ごめんな、本当にごめん。僕が全部責任とるよ。ごめんな。まな、大丈夫だ。怖がる必要なんて、ない。ほら、大丈夫だろ」
「…やだ、やだ。怖い、怖いよ。…あ、おみねぇっ…助けて」
「………」
「はあっ…はあっ…!」
「まな……」
「触らないで!」
「……まな、」
「やだっ!やだ!………っやだって言ってるのにぃっ!触るな触るな!やだやだ、怖い、怖い怖い怖い怖い怖いぃ…!」





「…強引っ…ほんっとに、強引、…なんだからっ…!」
「…はは、…」
「………。……ごめんね、ごめんね、赤司、ごめんね」
「……まな」
「…私、こんなに面倒臭い女になっちゃった…、知られたくなかったのに、昔みたいに話したかっただけなのに、何で赤司はそうやってズカズカ入って来ちゃうの…」
「まな…」
「………赤司、無理しなくていいよ。面倒な女嫌いでしょ?私には青峰がいてくれるから。私はもうあいつと生きていくから。それでいいから、もう。だから、赤司は新しい人、探すといいよ。赤司に私は、もう無理だよきっと」
「何を言っているのか、さっぱり」
「………」
「まな、あんまり訳の分からない事言うな、……頼むから」
「……どこでずれたのかな、私達」




比較的、それは穏やかな時間だったのかもしれない。赤司は半ば強引にまなに触れた。まなは最初は恐怖を感じていたものの、だんだん慣れてきた。そして赤司に対して、閉じていた心を少しだけ開き掛けていた。そんな時だった。その時、無慈悲にも小さな揺れが起こった。それは、地震というにはあまりにも儚い、端に小太郎が寮の階段を前方宙返りしただけ、そんなものだったのかもしれない。そんな程度のものだった。が、まなを抱きかかえるというキツい体制だった赤司は、ストンと、予期せずに押し倒す形になってしまったのだった。

「きゃああああああ…!」

まなは叫んだ。この体制はあの時と一緒だった。思い出させるには充分だった。恐怖に耐えられそうになかった。しまった…!と赤司がまなの口を塞いだので余計だ。

怖い、やめて、やめて、やめて!

まなの色をなくしていく瞳。まなの瞳はもう何も映していなかった。諦めたようにキツく目を閉じていた。肩で息をしていた。抵抗を止めていた。今、まなは一人、違うところにいた。まなは赤司といなかった。架空の男達といた。まなを押し倒しているのは赤司ではなくあの時の男達だった。押し倒されているのは柔らかいベッドではなく固いコンクリートの上だった。まなはもう諦めていた。涙を流していた。口を押さえこまれていたその手をべろりと舐めた。まなはもう何も考えていなかった。ただそうすれば早く楽になることは知っていた。何を舐めているかなんて重要じゃなかった。そこで漸く、赤司はまなが抱えてしまった闇の大きさに直面したような気がした。

「……全部、僕のせいだ」

まなは赤司の言葉を何も聞いちゃいなかった。赤司は悔やんだ。心から悔やんだ。手を離すとまながまた叫び出すかもしれない。洛山の主将が寮に女を連れ込んでいるとバレては示しがつかない。そんな事を気にするしかない自分が心底嫌になった。ずっと舐められているしかなかった。手のひらは敏感だった。くすぐったかった。欲にまみれてしまいそうになるほど、まなは"上手"だった。だけどここで欲に負けてまなを傷つけるつもりなど毛頭なかった。泣きたかった。だけどまなが泣いているのを見ると、一緒に泣いてはいけない気がした。傷心の絶対値が違った。方向も違った。まなが虚ろに目を開けた。目が合った。まなは赤司を見ていなかった。架空の男達を見ていた。その目は完全に"まだ?"と語っていた。




「…面倒臭いでしょ?ね?」

自嘲気味に笑ったまなは、優しすぎる―――

まなが正気に戻った時、赤司はまなを強く抱き締めながら何回も何回も謝罪した。心から謝った。やめて辛いから、とまなは顔を背けた。実際、謝れば謝るほどまなは赤司を哀しくそして何よりも自分自身を汚く思うようだった。「やめてって…言ってるでしょ!」とまなが自分自身を引っ掻きながら泣き始めたところで赤司はまた自分の犯したミスに気がついた。さらに強く抱き締めた。強く強く抱き締めながら結局赤司は泣いてしまった。そこでやはりまなは、赤司を哀しく、そして何より自分自身を汚く思った。

赤司は復讐を誓った。幸いな事に金はある。人脈もある。頭脳もある。

あらゆる拷問を考えた。倫理的に社会的に道徳的になんて言葉は全て糞食らえだと思った。別に犯罪者になっても構わなかった。まなをこんな目に合わせたやつを許せなかった。どんな酷い目に合わせたとしても満足出来そうになかった。生皮を剥いでも眼球を抉りだしても、きっと自分はそれ以上を要求し続けるだろう。

まなは赤司に聞いた。

「こんな私でも愛してくれるの?」

まなは赤司の答えがはいでもいいえでも別にどちらでも良かった。どちらになっても辛過ぎることはもう充分に知っていた。

「ああ、愛すとも。全生涯をかけて」

それでもこう言ってくれるこの人に、自分の愛を伝えるためにはどうしたらいいのかな、とまなは悩んだ。伝える愛はあっても伝える身体が汚いことに気がついてまたもや強く絶望した。そこで何とか、ごめんね、と謝った。赤司が辛そうに悔しそうに泣きたそうに顔を歪めたのを見て、まなは死にたくなった。

ううんやっぱり私にそれほどの価値はないよと伝えなければと、伝えようとして伝えようとして涙が出て泣いて泣いて泣いて泣いて泣いた後に、またもや死にたくなった。

赤司の洋服がびちゃびちゃに濡れた頃、どうしてここに来たんだっけとまなは虚ろな頭で考えた。最後の挨拶をしにきたんだった、とすぐにその答えに思いあたった。

愛してくれてありがとう、とまなは心からの笑顔を作った。赤司はその本当の意味を知ることなく、こくりと強く頷き、まなの薬指にキスをした。





復讐してやる


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