(※死ネタ、黒子が外道、色々注意)
(後味悪いです)
思ったよりも簡単だった。後ろから近付いて、ポンと押すだけ。それだけで、あんなにも絶対的な力を持っていて、あんなにも強く存在していた赤司君は、簡単に駅のホームに落ちていった。何が起こったのかも分からなかっただろう。だってなぜなら、すぐに電車が彼を吹っ飛ばしてくれたから。
栄坂さんはもう泣いていない。涙自体が枯れてしまったらしい。茫然自失といったような表現が正しいのかもしれない。濁った目は、もう何も写してはいない。
そんな栄坂さんに、桃井さんが心配そうに寄り添っている。
「…まな、」
「…………」
「……まな、何と言っていいのか分からないけど、でも」
「……大丈夫、分かってる。生きるよ」
栄坂さんが膨らんでいるお腹を撫でた。愛しそうにというより、まるで確認するように。瞬間、濁りきっていた目に一筋の光が宿る。母は強いとよく言われる理由が少しだけ理解出来た。
桃井さんはそんな栄坂さんを見てさらに悲痛そうな顔をした。
「…頼って!何かあったら遠慮なく頼って!私も大ちゃんも、みんなみんなまなを支えるから」
「…ありがとう」
おかしなことに、栄坂さんではなくて桃井さんの方が泣き崩れた。「…何でまなばっかりこんな目に…!」本来ならば桃井さんが栄坂さんを支えなければならない立場なはずなのに、逆に栄坂さんが桃井さんを支えている。緑間君が見ていられないといった様子で栄坂さんから桃井さんを引き剥がした。
「………栄坂、」
「……しんたろ、」
これが幼なじみの力か。栄坂さんは緑間君には縋り付くみたいだ。
「どうしよう、どうしよう。これからどうしよう」
「心配しなくていい。…俺が父親代わりになってやるから」
栄坂さんは驚いたように緑間君を見上げた。その必要はないですよ、と僕は何やら使命感に燃えている緑間君に言ってやろうかと思った。
栄坂さんは緑間君の言葉に返事をしなかった。視線を外して迷う素振りを見せた。それから緑間君から離れて、一人で弱々しく焼香台へと向かって行く。凄まじく写真映りの良い赤司君がそこにはいた。栄坂さんは言う。「…双子だよ。男の子だったら赤司の字を貰います。征太なんてどう?うん、いいね」写真の中の彼は笑っているままだ。「女の子だったら、どうしようか…」声にだんだん涙が混じってきて、ついに栄坂さんは泣き出した。なんだ、涙、枯れてないじゃないですか、と僕は思う。「…っ!」栄坂さんは赤司君のビジネスバッグを抱きしめるように抱えている。あの日赤司君が持っていたものだ。血が着いてなくて良かったですね、震えた背中についそう言ってしまいそうになる。危ない危ない。
赤司君は僕の目の前でぶっ飛んでくれて、幾つもの破片になってくれて、一つの遺体として葬式に出せるものじゃないほどにグチョグチョのグチャグチャになってくれた。だから普通なら棺が置かれるはずのそこに赤司君は寝かされていない。形式ばったように、遺品だけが申し訳程度、並んでいる。
何も残らなかった、腹の中の子供以外。
僕は一人ほくそ笑んだ。
影が薄いから、誰も気付かない。
母は強し。その言葉通り、栄坂さんは頑張っていた。痛々しい程に頑張っていた。ただやっぱり弱いので。ふとした瞬間に、孤独に押しつぶされ負けそうになるらしい。
一人暮らしにしては広すぎるマンション。そこに残されているもの。二人分の家具だったり二人分の食器だったり。「それらが直視出来なくなる」そんな状態に陥るときがあるらしい。
例えば、今。
一人で耐えていかなければならない長い将来に光が見いだせないよ、栄坂さんはそうぼやいている。
「大丈夫ですよ。そんなに震えないで。貴方は一人じゃないです」
"大丈夫ですよ。僕がいます。"
「…ありがとう。でも最近おかしいの。どこにいても何をしていても誰かに見られてる気がして怖い。神経が過敏になってるのかな。もうやだ」
「大丈夫です大丈夫ですよ。それはきっと、赤司君が栄坂さんのこと見てるんじゃないですか」
"大丈夫です大丈夫ですよ。僕がちゃんと貴方を見てますから何かおかしいことがあったらすぐに助けてあげます"
「そうかなあ。でも、洗濯物がなくなってたり、宅配便が勝手に開けられてたりするのは何で?」
「大丈夫です、大丈夫ですよ、大丈夫に決まっています。それは…きっと…、心霊現象じゃないですか?いけませんね。赤司君がそんなことしてるなら、一度お祓いに行かないと、」
「お祓いなんて…!」
"大丈夫です、大丈夫ですよ、大丈夫に決まっています。心霊現象なわけないじゃないですか。死人に口もなければ目もない手もない足もない。全て生身の人間が意志を持って貴方を守ろうとしているんです"
凶悪なる復讐
モブ(とは言っても原作の主人公)バージョン
「黒子…、やっぱり私も死にたい」
「何てこと言うんですか。赤司君怒りますよ」
「大丈夫だよ。怒るかもしれないけどそれはきっと本心じゃない。形式的に文句言うだけで、赤司も天国で私と一緒にいたいに決まってるじゃん。だって心霊現象起こすくらいだよ」
「…栄坂さん、天国なんかありません。人間が都合よく創り出した幻想です。栄坂さんは死んで楽になりたいだけでしょう?」
「あるもん。天国あるもん。赤司いるもん。確かめてくる」
「子供、生まれるのでしょう」
「………」
「…もしかして、子供、邪魔ですか?いない方がいいですか?」
"最近の医療の発展は目を見張るものがあります"
僕の言葉にハッとしたように、ううん、と首をぶんぶん振る。
「私と赤司の子供。私が育てなきゃ」
「はい。そうです」
"しかし、それでは僕の子供が孕めないですから"
口から吐き出す白い虚言と中で渦巻く黒い本心の均衡が崩れかけた時、衝動的にこの小さな身体を抱きしめようとした。が、でっぷりと膨らんだお腹が邪魔な事に気付く。邪魔だ。この二つの生命が。とんでもなく邪魔だ。
「…黒子?」
結局、背中側から抱きしめることにした。困惑したような声を出す栄坂さんを安心させるための空々しい言い訳。
「…僕と赤司君は背丈が似てるから、僕を赤司君だと思って下さって結構です。叱るなり詰るなり、愛を叫ぶなり、それで栄坂さんの中で区切りが付くのなら、どうぞ」
「…黒子、」
「目を瞑って下さい。ほら、赤司君と一緒でしょう」
「違う、違うよ。赤司と黒子は違うよ。気持ちは嬉しいけど、やめて」
目を瞑れと言っているのに瞑らない。いつまでも拒絶の意志を示す栄坂さんに対してだんだん腹が立ってきた。僕が赤司君の代わりになると言ってあげてるのに、栄坂さんは馬鹿みたいに聞こうとしない。ほら、気付きませんか。香水が赤司君と一緒ですよ。この服に見覚えありませんか。筋肉も彼と同じくらいになるよう僕は努力しました。貴方が目を瞑った途端、僕は赤司君そのものなのに。
赤司君に触れるように僕に触れて下さいよ。
僕は彼が羨ましかった。僕は彼になりたかった。貴方に触れる彼が羨ましくて、貴方に触れられる彼になりたかった。
「安心して下さい。僕は赤司君ではありませんが赤司君の代わりは出来ますから」
「無理、無理…黒子じゃ無理、」
"貴方を不安にするもの全て、僕が取り除いてあげます。それこそ、お腹の子どもでも"
「離して、離してったら、」
まだほんの序章に過ぎませんよ。