―――爆ぜる時は簡単に爆ぜるぜ。

過去に青峰君がそう洩らしていたことがある。ああそうですね、青峰君。本当に、簡単に、爆ぜてしまいますね。

僕の場合、明らかな拒絶が起爆スイッチだったのですが青峰君は何だったのでしょう。


「いいじゃないですか。僕も受け入れて下さい」

「赤司君に知られなければ何の問題もないのでしょう?」

「青峰君の時と一緒です」

「それに肝心の赤司君はもういませんし」

欲望をぶつける。実はずっと前から好きでした。ずっと、ずっと、ずっと。初めて見た時から、実はずっと、好きでした。

それこそ、貴方が、

赤司君と仲良くなっても好きでした。赤司君と付き合い始めても好きでした。赤司君と結婚しても好きでした。

一途も極めるとただの病気に過ぎないかもしれない。その証拠に栄坂さんはこんなにも僕を怖がっている。

「…今だから言いますけど、僕はきっと、赤司君よりも栄坂さんに詳しいと思いますよ」

そんなに怯えた目で僕を見て、もしかして、僕の言っている事が分かりませんか?こういうことです。

「昨日の夕ご飯、当ててみましょうか?」

"オムライスでしたね。"

「この間捨てていたノート、まだ余白があったのに勿体無いです」

"何なら僕にくれれば良かったのに。"

「この痣は三週間前に階段から滑った時に出来たもの。…もうすぐ消えそうですね」

"あの時、赤司君が慌てて飛んできたでしょう。お腹に子がいるのにやんちゃするな!と叱られていたでしょう。僕、全部見てましたから知ってます。"

「あれ…栄坂さん。このキスマーク…、僕の知らないところで…いつのですか?」

…ああ、そんな風に顔を逸らされたら全部分かってしまいます。ということは、これは、そういうことですか。僕、栄坂さんの表情一つから、全て判断出来ますよ。だってずっと見てきましたから。

"でも逆に貴方は僕のことを何も知らないから、僕が今から何をするのか分からないでしょう。"

「…やだあ!」

"こういうの、何て言うんですっけ?"

僕の下で泣いている栄坂さんに聞いてみると、案の定、「ストーカーッ…!」罵られた。

"こういうの、ストーカー、って言うらしいです。"

「…栄坂さん。赤司君は栄坂さんをどんな風に触っていましたか?…なんて全部知ってますけど。ほら、こんな風に彼は触るでしょう?」

嫌、嫌、嫌、と鳴く声が腰にクる。何が嫌なんですか、全て一緒ですよ。手順から癖まで何もかも。

"ごめンなサイ、栄坂さん。ごメンナさイ。でも、止まらナいん、で、ス。"

―――好きな人の泣いている姿って結構そそるぜ?そうですね、青峰君。今回だけは君に賛成です。僕にキスマークを付けられて栄坂さんは泣いている。赤司君が栄坂さんに残していたもの、その上から、まるで彼の残り香を全て消すように強く吸った。少しずつ壊している。少しずつ壊れていけ。栄坂さんは泣いている。虚しい。いや虚しくない。虚しい虚しい虚しい虚しくない虚しくない虚しくない!さわってる。触っているじゃないか。僕は今、栄坂さんに触ってる。あんなにも願っていたじゃないか、触りたい、と。何が何処が虚しいのだ。

「…黒子、やめて、どうしちゃったの、退いて、重い、重いよ」

フォークダンス、一緒に踊った、あの一分にも満たないあの瞬間を、一日に何度も思い出すくらい。研修旅行、同じ班で、同じポーズで写真を撮った、それを財布に入れてずっと持ち歩いていたくらい。そんな甘酸っぱい、青春、を一人過ごしていた中学時代があった。

好きだった、

好きだった、

好きだった、

誰にも知られる事がなかったし誰にも言うつもりもなかった。あの赤司君だって気が付かなかった。僕だけ、僕だけが、大切に育てていたこの思い。

―――爆ぜてしまった。

「………全部、栄坂さんが悪いんです」

妊娠したなんて幸せそうに言わないでほしかったです。爆ぜてしまいそうでした。爆ぜてしまいました。

結婚までは我慢できました。でも妊娠はだめでした。何故でしょう。僕は赤司君ほど頭がよくないので分かりませんが、とりあえず、栄坂さんのお腹が潰れるといい、そう思っていたことは確かです。

「気が付いたら赤司君の背中押してましたよ」
「!」
「そうです。栄坂さんは今、旦那の敵に組み敷かれているんですよ。でも、今更何の問題がありますか」
「キャア!」

ぎゅう、僕の体重で栄坂さんが苦しそうに呻いた。何が、母は強い、だ。母と言えど所詮人間、ほらこんなにも簡単に、膣から血が出てきたではないか。

「…血?ィ、イヤアアアア!赤司とのっ!赤司との子供なのっ!お願いします黒子退いてください!赤司との子供!育てるの!大事に育てるの!私の生きる糧なの!お願いします退いてくださいお願いします何でもしますからお願いしますお願いしますお願いしますお願いします退いてくださいお願いしますお願いします…!」
「…栄坂さん、双子でしたっけ?」

念には念を、と僕はもう一度、ぎゅう、体重をかけたのだった。

「キャアアアアアア!アアアッ…!」
「これで流産確定です」

ああ、そんな顔をして、痛いですか。寂しいですか。辛いですか。大丈夫です。すぐに僕の子を代わりに孕ませてあげますから。何が寂しいことがありますか。

大丈夫です、栄坂さん。そんなに絶望しないでください。すぐに僕しか見えなくなりますよ。貴方の性格も僕は完璧に知っています。大丈夫です。貴方はすぐに僕に依存します。僕に夢中になります。苦しいのは今だけですよ。

「僕達二人の、楽しい未来が待ってます。さあ、とりあえず病院に行きましょう。僕は貴方の身体に負担をかけたいわけではありません」
「あ、あ……あ……!」

栄坂さんを介抱しようとしたその時、パリン、どこからともなくガラスが割れた音がした。パリンパリン、これは何だ?窓か。窓が割れている。地震?いや、揺れてはいない。割れた破片が、あまりのことに気絶してしまった栄坂さんへと真っ直ぐに飛んでいく。

「……ッ!」

すかさず僕が盾になった。ガラスの切れ味にしては良過ぎないか、と深く切れた肩を見て思った。パリン、パリン…!まだ割れ続けている。何だ?本当に何が起こっている?見渡してみても何か原因があるわけではない。自然現象にしてはおかしい。これじゃまるで本物の心霊現象、みたいじゃないか。

……ああ、そういうこと。

「……赤司?…赤司!私を殺して!早く!殺して!」

気絶していた栄坂さんがいつの間にか覚醒していた。何ともまあ、笑えることに赤司君の幻覚まで見ているらしい。死人に口なし。目もない手もない足もない。のに。

栄坂さんのその叫びに呼応するように、次は大きな本棚が倒れて来た。憎たらしいことに栄坂さんを着実に狙っている。サッと動いた僕が背中でその全てを受けた。重い。痛い。だがこれで終わらない。終わるわけがない。きっと次が来る。


「……赤司君、最初で最後の勝負、しますか」


本当にまあ、僕じゃなくて栄坂さんを殺そうとしているあたり、赤司君、君はやっぱり賢くて、そしてやっぱり栄坂さんのこと、よくわかっています。

それでもまだ、僕と同じくらい、ですが。

飛んでくるナイフ。


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