幼なじみから恋人への移行は、決してスムーズだったとは言い難い。

例えばいい雰囲気になったとしても、「わ、私が緑間とキスとか…むりむりむりー!」こうやって、すぐさままなが茶化すのだ。これはいわゆるまなの照れ隠しだとかそこに拒否の気持ちはないだとか、そんなことはちゃんとわかっている。…わかっている、のだが!だがしかし、俺は深く傷つかずにはいられなかった。沈みこんだ俺に対してまなは、「…え、緑間どうしたの?」「なんでもないのだよ…!」「…え?え?」「ええい!うるさい黙れ!」「なっ!ひどい!」こうして最後には大喧嘩…!ああくそ、どうすればいい。どうすればいい。まなの気持ちもわからんことはない、気恥ずかしくて仕方ない。お互い異性として意識していなかったのに、今となってキスしろとかは無理だ。まあ、わかる。わかるが、だけどこれは酷いだろう、ああ、これは酷い。


だがまだ酷かったのは、情事のとき。「わ、私が緑間とチョメチョメとか…むりむりむりー!」萎えた。これは萎えた。萎えたというか自信喪失。いい雰囲気とかそういう問題じゃなく、もうダメじゃないか、もうこちらが無理だ。なんて思うが、手放すことが出来ないのは、やっぱり惚れた弱みというか、なんというか。時折見せるまなの隠された俺への思いに、なんだこいつも俺のことが好きで好きで堪らないんじゃないか、とか再確認出来たりして、俺はもうそれだけで充分だとか思ってしまうわけで。ああ、俺も大分頭が弱くなってしまったようだ。ああ、くそ、まな、まな、まな。



手を繋ぐことさえも躊躇われる、そんないじらしい関係の俺とまな。異性として意識していなかった長い過去があるのだから、仕方ないと言えば仕方ない。しかし、俺も男である。身体が触れ合うことに意味を、そこに熱い温度を求めるようになってしまったのもまた仕方のないことだろう。


駅前を歩くと、制服を着た中学生たちが目に入る。人目を気にすることなくキスを繰り返すその姿に、浅ましさに顔をしかめると同時に羨ましさまでも覚えたり。初々しさを超えた俺達の関係、進めようとしてはもう進み過ぎていたことに気付く。全く違う方向に行ってしまっているそれを、今更方向転換など出来るはずもなく。しかし、それに足掻いてみたのが俺であって。

つまり何が言いたいかと言うと、(…下品だ。見ていられない。人前で接吻なんて)…つまり、何が言いたいのかと言うと、(全くマセた餓鬼どもめ。一体どんな教育を受ければああなれるのか)つまり、何が言いたいかと言うと…!(唇一つ重ね合わせるのに、俺たちは何年かかったと思っているんだ…!)醜い嫉妬に捕らわれてしまったが、つまり俺が何を言いたかったと言うと、俺とまなはそれでも何とか恋人同士にはなれていた。




そして、今日、我が人生最大の難関を迎えることになる。



「ああ、真太郎君こんにちは。まな、おかえりなさい」
「お父さん何やってるの!」

刈枝ばさみを手に持ち脚立に足をかけている父親の姿を見て、まなが悲鳴をあげた。俺もこれから起こるだろう未来が何となく予想出来て、少しだけ頭が痛くなった。

「木が伸びていたからね、伐採しておこうと思ったんだよ」
「それはお隣の木よ!」

頭がお花畑、いやそんなことを言ったら失礼だ。仮にもまなの父親だ。頭がお花畑なまなの父、いやもう喩えがこれしか浮かばないのだ。すまない、許せ。「…うわあ!」「お父さん!」ああほら、予想を裏切ることなく脚立から落ちてしまった。これをお花畑と言わず何と言う。

宙を舞う刈枝ばさみは迷うことなくまなの方へ。それに気付くことなく父親救済に向かおうとしているまなを引き寄せて、我が身諸共鋭い刃を避ける必要があった。シャッ!と音を立ててまなの頬すれすれを飛んでいったそれに、(危ない、もう少しでまなの顔に傷を付けてしまうところだった)なんて思う暇もなく次の事件が起こる。「うわあ!とれた!」「お父さん!」今度は何があった。








「真太郎君、接着剤を取ってくれないか」
「…どうしたんです?」
「さっきのあれで、前歯が折れてしまったんだ」

どうしようか、サラリーマンにとって笑顔は何よりも大切なものだと言うのに、とニコリ穏やかに笑ってみせてくれた歯列には、明らかに不自然な空きがあった。「こういう時は歯医者に行った方がいいですよ」という進言は一分一秒を生きているまなの父親には逆に失礼にあたるので抑える。

「…鏡もどうぞ」
「ありがとう。助かるよ」

アロンアルファで応急措置をした後、「…よし、これで大丈夫だ」と、何とも人の良さそうな顔をして俺に向き直ったこの人が、何百人もの部下を従える超やり手の商社マンだとは誰も夢にも思わないだろう。それもそうだ、頭には未だに木の枝が何本か突き刺さっているのだから。何とも間抜けな姿に思わず気が抜けてしまいそうになる。「二人して改まって、今日は一体どうしたん…ぶっ!」「お父さん!」くっつけたはずの前歯が落ちた。

「…大丈夫ですか」

ああ、この出だしからして、かなりの困難が予想されるが、どうか、どうか、心だけは折れてくれるなよ、俺。






(言えるか?いや、言うしかないだろう!頑張れ、俺!)



もしも間と恋人同士だったら

今日はその先へ。


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