夜モ更ケテ(4)



「名前、行っちゃったアルな。」

彼女──名前さんが消えていった玄関戸を眺めたまま神楽ちゃんが呟いた。その声は何処か淋しげで‥でもそのあとに続ける言葉は何もなかった。

「さ、みんな。もう遅いわ。戻って少しお茶でも飲んだら、今日はもうここで寝なさい?」

「そうですね。いや、それにしても今日は良かったですね!姉上のお祝いもみんなで出来ましたし。楽しかったです。」

言ってはいけない気がした。特に「さびしい」という言葉は。今の感情に一番相応しいのはそれの筈なのだけど……だからなのか、こんな当たり障り無い言葉しか出てこない。

「えぇ、本当に楽しかったわ!でも、本当に良かったのかしら?こんな夜中なのに名前ちゃん一人で帰しちゃって。」

「家の人が近くまで迎えに来るから大丈夫だって言ってましたけど、やっぱり迎えが来るまで一緒に行った方が良かったかな。」

「どうして銀ちゃんついていってあげなかったアルか!?もし名前姉途中で襲われでもしたらどうするネ。やっぱり心配アル!」

既に居間に戻り湯飲み片手にお茶を啜っている銀さんに神楽ちゃんが言う。
そういえば、どうして銀さんは名前さんを送って行かなかったのだろう。普段の銀さんなら、女の人をこんな夜中に一人で帰すなんてマネしないだろうに。

しかしその銀さんは特に気にしていないとでもいうように、しれっと「大丈夫だろ」と宣っている。いつもの死んだ魚の目で。

その言い様にカチンと来たのか姉上は銀さんの側にスッと座り、微笑んだ。恐い。

「あら、どうしてそんなに言い切れるんです?銀さんは名前ちゃんのこと心配じゃないんですか。そうですか。そんな人だとは思いませんでした。見損ないました。」

しかし姉上の言葉にも銀さんの態度は変わらず、さらに茶托の真ん中に置かれた茶菓子に手を伸ばした。

「迎えが近くに来てんだろ?かぞくのひとに電話してただろーが。」

「でもそのお迎えが来る場所に行くまでの間に何かあったらどうするんです?」

「こんな時間に隣に男が一緒にいてよ?手振ってバイバイまたね今日は楽しかったワとか言い合ってるのお家の人が見たら、おまそっちの方が心配だろーが。アイツ誰だうちの名前ちゃんに何晒してンだって疑われんの銀さんよ?そんなのまっぴら御め‥グホァッ」

「テメー名前ちゃんに何晒すつもりやったんじゃいワレェェェ!」

「いや違ェって!!今のは言葉の綾でだなッて痛ァッ!何、酒入ってるにしてもいつもよりお前凶暴じゃね!?とめてくれ新八、こいつお前の姉貴だろーが!!なんとかしろや!」

「諦めてください銀さん。それは素の姉上ですよ。」

「いやそれ余計恐ェから!」

グッタリ伸びてしまった銀さんを放置し手をパンパンとはたきながらこちらに向かってくる。頬が引きつる僕とは対照的に神楽ちゃんは「かっけーアル姐御〜」と半分寝ながら手を叩いている。懲罰は終了したようだ。その表情はなんとも清々しい。

「新ちゃん、お茶ちょうだい。」

「は、ハイ!」

ふーっと一息ついた姉上は何か思い付いたように手を叩いた。

「そうだ神楽ちゃん。あそこの、ほら新しくできた甘味屋さん。」

「駅前のアルか?」

「そう、開店したら行こうって言ってたあのお店、あそこに名前ちゃん誘って行きましょうか。」

別れ際に言っていたお茶の話らしい。それを聞き神楽ちゃんは大分眠たくなってきていた目を擦りながらも笑顔になった。

「さすが姉御アル!きっと名前も喜ぶネ。甘いもの好きだって言ってたヨ」

「じゃあ決まりね。明日は忙しいだろうから、また次の日にでも連絡してみましょう。」

「キャッホ〜!ふぁ〜ぁ」

「その甘味屋俺も行きてェなァなんて‥あ、イヤ違いますよ?別についていきたいとか言ってねーから!別に名前ちゃんも誘うんなら俺もその甘味屋行ってみたいとか言ってねーからァァァ!」

「現在進行形で言ってんじゃねーかァァア」

「マジスンマセン!マジやめてェェェ!」

ドタバタと落ち着かない姉上達の横で、神楽ちゃんは眠りについていた。さすがに病み上がりにこの騒ぎは疲れたらしい。


神楽ちゃんを布団に運び毛布を掛けながら思う。

名前さんは大丈夫だ。

銀さんは何の根拠もなく人を見捨てるようなことをする人ではないと僕たちは知っている。大丈夫だと言いきったんだ。


信じよう。


あの別れ際の涙が見えた時に感じた妙な胸騒ぎは気のせいなんだと。


ねぇ姉上、あなたが名前さんをお茶に誘ったのもその為なんですよね?

ねぇ神楽ちゃん、君がさびしいって言葉を使わなかったのは…

夜モ更ケテ(4)

僕も同じなんだ


さびしいって言葉を使ったら、もうこれから名前さんに会えなくなってしまうような、そんな気がしたから


さびしくない、すぐにまた、笑顔の名前さんに会えると信じたかったから







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