夜モ更ケテ(3)
夜も更けて、灯りが消え始める家もある中でなお煌々と明かりが消える様子のない家が一つ。
その家の食卓では二人の男女がテーブルを挟み中央にある皿をつかみ合いながら不毛なやり取りをしていた。
「これは私が片付けますから、銀さんは座っててください。私は大丈夫ですから!」
「いーや俺がする!さっきの鉢は負けたからな‥つーか名前ちゃん以外と頑固なのな!そこらの親父並みに頑固なのな!自分のが酒強いって言い張ろうとする辺りも…なァ、性格オヤジっぽいって言われることない?」
「誰が親父だコラ!!」
「いや名前ちゃん?ちょっキャラ変わってるよ!?イヤ悪かったオヤジは悪かった!!つーか名前ちゃんて何歳だよ?そんな若いうちから酒強いです宣言なんてするんじゃありません!そんな子に育てた覚えはありません、メっ!」
「あの、ちょっと二人とも?」
この部屋で起きているのは自分達だけだと思っていたのに、突然横から声が聞こえたことに二人の動きが止まった。部屋に流れる嫌な空気…
恐る恐る視線を感じる方に向けてみれば、寝ていたはずのお妙達がこちらを見ていた。
二人の口元が引きつる。
「もしかして…」
「…起きてた?」
‥‥──────
「ごちそうさまでした。今日はすごく楽しかったです。」
ゴリラさよなら祝賀会は無事に終わって、今は私が帰るために皆が見送りをと玄関に来てくれていた。
「名前さん、またいつでも遊びに来てくださいね。僕らは大歓迎ですから。」
「ありがとう新八君。」
「そうだわ、今度どこかでお茶でもしましょうよ。また会いたいもの。」
「あ、姉御だけズルいネ!私も行きたいアル。名前はみんなのものだから仲良しこよしで分け合わなくてはいけないヨ。」
「いや、名前さんは誰の物でもないから。というか分けられないから」
「ありがとう神楽ちゃん、お妙さん!」
そこまで言って、視線を新八君の後ろに立つ銀さんにうつす。銀さんは頭をボリボリ掻いていて目が合わない。さっきからずっとこんな調子だった。
あれだけ銀さんとやり合ったにもかかわらず結局片付けは全員ですることになり、あれからなんだか気まずくて、銀さんとは特に何も喋らなかった。
本当はお礼を言いたいことがたくさんあるのに、言葉が見つからない。
「今日は、ありがとうございました!」
私の口から出たのは、何の変哲もない言葉。それは、ここの皆さん全員に対しての今日のお礼。確かに一番言わなくてはいけない言葉で、言いたかった言葉で…言おうと思っていた言葉。でもこれは、一番最後の締めくくりのつもりだった。
本当は、もっと感謝を伝えようと考えていた。でもいざ銀さんの番となると何を言えばいいか分からなくなって、緊急と悟った私の脳はそのまま最後の言葉に飛んでしまったようだ。
しかも言葉の反動でお辞儀をしてしまった今、頭を上げてからまた話し出すのはなんともやりにくい…出来ればこのまま「さよなら」と手を振って帰るのが自然な流れ。
でもそうすると銀さんに何も言えないままになるよ。
『どうしよう…』
お辞儀をしたまま、いろんなことが駆け巡った一瞬を経て頭を上げてみた。
「今日初めて会ったばかりの私を、まるで家族の一員みたいに受け入れてくださって、接してくれた。とても楽しかった…皆さんと出会えて良かったです。今晩一緒に過ごしてくださって、本当にありがとうございました。」
あんなに何も頭に浮かんでこなかったさっきが嘘のように、すらすらと言葉が口から零れ出た。
そして自然と頬が綻んでいた。
「さようなら、お元気で。」
私はばいばいと手を振って皆に背を向けた。
最後は、何故か視界がぼやけて皆の顔は見えなかった。
夜モフケテ<3>
自然と流れ出た言葉。
それはあの夢の中の感覚にも似ている気がした。
自分の言葉なのに、
自分の言葉で無いような感覚。