エド#赤い糸の話の続き | ナノ
(この話の続き)

何処にも繋がらない糸が、ひらひらと風に揺れているよう。そう、切れてしまった赤い糸のように、カイザーは表世界から切り離されてしまったかのようだった。確実で未来を見据えた力強い足取りはどこへ行ってしまったのやら、今や吹けば飛ばされそうな足取りで狂気にも似た光を瞳に宿している。
テレビで悪役さながらの表情で映るカイザーを見ながら、こうも運命が変わってしまう人も居るのかとぼんやりと思った。
果たして赤い糸がデッキから切れたからこうなったのか、はたまた彼が変わったから赤い糸が切れてしまったのか。
卵が先か鶏が先か、のような問答をしたい訳ではなく、私の興味はカイザーを倒したエド・フェニックスにあった。
なんてったってカイザーの赤い糸はデッキに繋がっていたのだ、そんな彼を倒したエド・フェニックスはまさにデュエルの女神様に愛されている存在に等しいじゃないか。
一体彼の赤い糸はどこへ繋がっているのか、私の興味はそこにあった。
カイザーと同様、デッキか、はたまた目に見えざるまさにデュエルの女神様なのか。


ある時、本土の実家に帰る用事が出来た。
加えて、なんともナイスなタイミングでプロトーナメントが行われるらしく、私は即座にネットでチケットを購入し、間近でエド・フェニックスを眺めるチャンスを手に入れたのである。
同級生たちには本土に帰る機会も、プロトーナメントの観戦チケットもただひたすらに羨ましがられた。陸の孤島のアカデミアから本土に行けるタイミングなんてそうそう無いものだし、プロトーナメントの観戦なんてもっとできたものでは無いから。
本土へ向かう船でふと自分の左手を空にかざして見た。どれだけ目を凝らしても私自身の赤い糸なんて欠片も見えやしなかった。
そうだ、実家に帰ったら母さんに聞いてみよう。なぜ自分の運命の糸は見えないのか、相手が居ないからなのか、自分の運命は見えないものなのか。
そもそも、なぜ魔女の末裔は赤い糸が見えるのだろうか。ただ不思議だった。見えることが。
普通の人には見えないのに、見えるってことは何かしら意図があるはずではないか。…糸だけに…、なーんてくだらない親父ギャグを広い海のど真ん中で呟いた。








「どうやら僕の赤い糸は運命の女神に繋がっているようですね」


対戦相手を軽々と圧倒したエド・フェニックスはインタビュアに向かってそう言い放った。
まるでそれが当然かのように。
余りに素晴らしいとしか言いようがない展開のデュエルだったものだから、当初の目的も忘れて魅入ってしまっていた。
しかしながら彼のその言葉で本来の目的を思い出した。
まさか彼の言葉通りに運命の女神に繋がっているなんてあるはずがない、呆れ半分、軽い気持ちで目を凝らした。その瞬間、なぜだか彼と目線がかち合わさった。目を細め、弧を描いた口元が再び言葉を紡ごうとしているのが、不思議とスローモーションで見えた。


「僕と違って、カイザーは運命の女神に嫌われたようで。」


それはまるで私に言い聞かせるみたいな言い方で。
そんなはずがない。私は彼を知っているが、プロの彼が1学生でしかない私を知るはずもないし。
でも不意の彼の言葉であの時のことを思い出した。カイザーの卒業デュエルで、カイザーの赤い糸の繋がる先を見てしまった時、気持ち悪いと感じたあの時瞬間を。

なぜだか居心地が悪くて私は観客席を立ち上がった。ここに居たくない。クロークから荷物を受け取ってスタジアムを早足で後にしようとした時、後ろから肩を掴まれた。何か落し物をして誰かが拾ってくれたりしたのだろうかと振り返った先には、エド・フェニックスが居た。よくあれだけの取材陣を振り切って来たものだ、なんて思った。


「僕に会いに来たんだろう」


ふっ、と笑いながら吐かれたその言葉に自意識過剰もいいとこだなんて思ったけど、まさにその通りだから反論が出てこない。まるで知り合いにあったかのように話しかけられてはいるが、彼と私は全くの初対面だ。一歩後ろに後ずさり、それから怪訝な瞳で彼を見上げる。


「何故、そう思うんです。初対面のはずですが」
「何故って、貴女がそうしたんだろう。変なことを言う」


変なことを言う?それはこっちの台詞だ、と思っていたら彼は左手を、甲をこちらに見せるように此方に翳してきた。そこではっと思い出した。先程彼と視線がかち合わさってしまったせいで赤い糸の繋がる先を見損ねたことに。いや、今はそんなことをしている状況じゃないのに、何故だか目を凝らしてしまって。彼の左手の小指から赤い糸がくっきりと見える。そうすべきでないと頭でわかってはいるのに、視線は糸の先を追ってしまう。彼の靴元辺りで地面すれすれでたゆたっていて、それから私の対面で上へ向かっている。足元、腰元、それから左手。私の、左手、小指。左手の小指?私の?
息をひとつ飲んで、彼の方を見やった。


「ほら、僕の赤い糸は運命の女神に繋がっている」





何故赤い糸を見ることが出来るかって、運命を操る女神なんだから、運命を見えていなければ操れないだろう。知らなかったのか?そう言って笑う彼は酷く不気味に見えた。
いえ、それよりも、自分の方が。


「きもちわる、」


そう、そうか、私があの時カイザーの運命の赤い糸を切ったのか、そうか。


20200113
--------------
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -