カイザー#運命の赤い糸 | ナノ
物心着いた頃から、この赤い糸は見えていた。人々の左手の小指から伸びる赤い糸、いわゆる運命の糸と呼ばれるもの。みんながみんな見えるものだと思っていたものだから、友達や先生が私の言葉に疑問符を浮かべる姿に、幼いながらに酷く衝撃を受けたことをよく覚えている。

それから母は私に告げたのだ、我が家は魔女の末裔なのだと。だから運命が見えるのよ、そう笑って言った母の言葉が本当か嘘かは、高校生となった今でも、よくわからない。


赤い糸が見えていようと生活に不便さはなかった。見ようと思えば見えるようになるし、見ることを意識しなければ、それは私の視界から消え去るものであったから。一体どういう原理で私の視界に映っているのか甚だ疑問である。
疑問はあるけれど、私にとってこれは「 そういうもの」でしかなかったのだ。

人の運命の赤い糸が見えるのは面白かった。
口では、あの人が好きだ、なんて言っている友人の小指から繋がる先は全くの別人だったりと。運命とは時に残酷であった。
まあ今は違う人が好きでも、今後心変わりをして運命の人に落ち着いたりするのかもしれないが。

いくら人の運命の赤い糸が見えても、己の小指の赤い糸は、全くもって見ることが出来なかった。うっすらとも見えたことがない。
それは私が魔女の末裔だからか、はたまた私の運命の人などどこにもいないからか。
しかしながら、今まで出会ってきた人達を見るに、誰もが誰かと赤い糸で結ばれているようで、赤い糸を持たない人など見たことがなかった。私の隣で優雅に授業に耳を傾けている天井院明日香だって、デュエルバカとしかいいようがないやつなのに、小指から赤い糸が伸びている。残念ながら、繋がる先は十代ではないけれど。私はきっとそれは彼女に伝えることは無い。大切な、友人であるから。
万丈目には伝えてあげても良いかもしれない。お前の運命の赤い糸、明日香に繋がってないよ、って。
というわけで、私の運命の赤い糸もきっと誰かしらと繋がっていて、ただ、私自身では見ることが出来ないだけなのだろうなと、そういう考えに至ったのだった。



カイザーの卒業デュエルの時だった。
ふと思い立ってしまったことが運の尽きだった。学園中の憧れである品行方正、文武両道の彼の運命の赤い糸は、誰につながっているのだろう、と。
そのあと、考えるよりも先に口から言葉がこぼれ落ちたのは、生まれてこの方初めてのことだった。

気持ちわる、

呟くような音量だったのに私の言葉に呼応するかのように、カイザーはこちらを見やった。一瞬の出来事だったのに、私にはとてつもなく長い時間に感じた。それから瞬きをもう一度して、目をしっかりと凝らす。
やはり見間違いではない。彼の左手の小指から伸びる赤い糸が繋がっていた先は、デッキだったのだ。
ああ、だから彼はカイザーという地位にいられたのか、なんて納得をしてしまった。圧倒的なデュエルセンスとドロー力は、彼の運命であったのだ。
不意に私は自身の左手と、デュエルディスクにセットされているデッキに視線を向けた。やはり赤い糸なんて見えなかった。



カイザーが卒業して、私達は2年生になって、それから季節が夏にさしかかろうとしていた頃だった。カイザーは卒業したもかかわらず、彼は相変わらずアカデミア内の話題の中心であった。もっぱら、最近は明るい話題ではなかったけれど。カイザーがプロリーグで初の黒星を付けられたのが1か月前、それから彼は階段を転がり落ちるかのように敗北を重ねていたのだ。
メディアの掌返しには驚いた。デビューから華々しく彼を持ち上げていたのに、今や罵詈雑言を誌面で浴びせているのだから。転落に転落を重ねている状況に、周囲の彼への期待はゼロに等しかった。
けれども私は、彼はこんなことで終わりはしないと思っていた。だって彼の運命の赤い糸の繋がる先は、デッキだったのだから。


「カイザーが、」


悲痛な顔をした十代に引っ張ってこられた先は、食堂のテレビの前だった。声高らからに、デュエルリングに跪く対戦相手を見下す笑い声。画面に映っているのは、全身黒い服に身を包んだ、カイザーの姿だった。テレビの左上のテロップには、帝王復活の文字が主張している。酷い、酷いデュエルだった、まるで叩き潰すかのような…と十代は呟く。
私は息をひとつ吸い込み、目をゆっくりと凝らした。周りにいる人の赤い糸が見えるようになってゆく。明日香の、十代の、万丈目の、翔くんの、そしてテレビ越しのカイザーの。

ーーーああ、切れちゃった

彼の赤い糸は、もうどこにも繋がってはいなかった。

20191231
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