十代#続・私の命日 | ナノ
(この話の続き)

まるで行ってきますを言うかのように、彼女は笑っていったのだ。
死んできます、と。
俺はそれに対してなんと返したのか、今となっては覚えてない。あのとき俺が何を言ったとしても、きっと結果は変わらなかったのだろう。

初めて彼女に出会った時から、彼女の視線の先にいたのはアカデミアのカイザーこと、丸藤亮であった。愛しいものを見つめるその視線に、さすがに鈍感な俺でも彼女がどういった感情を孕んでいるのかわかった。直接彼女から聞いたわけではないが、きっと彼女がアカデミアにやってきたのは、カイザーがいるためなのだろうなと思った。

俺と彼女はなぜだかすぐに打ち解け仲良くなった。デュエル以外の座学の知識が乏しい俺に対して、彼女はすべてにおいて完璧だったにも関わらず、だ。他の生徒のように俺をドロップアウトボーイだなんて差別せずに接してくれた。彼女といると楽だった、楽しかった、生きやすかった。

あるとき彼女とデュエルをしていて、あることに気が付いた。戦略が、カードが、偏っている。完璧でオールマイティな彼女らしからぬデュエルだった。まるで目の前の俺ではなく、別の誰かを相手にしているような戦い方で、奇妙に感じた。今考えればわかる。あのとき彼女は目の前の俺ではなく、頭の中でカイザーを相手に戦っていたのだ。そして俺は練習台、もしくはデッキ調整の実験台だったのだ。
あの時のことを振り返ってみても、別段彼女に失望や怒りを感じているわけではない。ただ、やはり、あのときから彼女はカイザーのために生きていたのだと思ったのだ。

カイザーがアカデミアを卒業する日、彼女はカイザーに執着する理由を俺に教えてくれた。
彼女がカイザーを初めて見たのは、中学生デュエルトーナメントの生中継だったという。圧倒的センスで相手をなぎ倒す彼を見て、あっという間にデュエルとカイザーの虜になったらしい。それからアカデミア受験を決めて、今ここにいる。
その話を聞いて、俺は不自然に思った。それだけ憧れる相手が同じ学校にいるにもかかわらず、彼女は一度もカイザーとデュエルをしたこともなければ、ろくに言葉を交わしているところを見たことがない。なぜなのか、と聞いたことがあったが、笑って誤魔化された。

それから彼女はカイザーの後を追うように、卒業後プロの世界に踏み入れた。ふらふらと世界を旅している間にも彼女の話題は耳に入ってきたのだから、デュエル界で盤石な地位を築きつつあるのだなと思っていた。
あるとき、カイザーと彼女が今度のトーナメントでマッチングするとの噂が流れてきたものだから、俺は慌てて日本に帰国した。彼女が待ち望んでいた対決を、ぜひ目の前で見てみたいと思ったのだ。

対決の結果は彼女の勝利。勝負に勝ったにもかかわらず、デュエルリングでへたり込むさまは今でもよく覚えている。彼女の念願が叶ったのだ。そのとき俺はふと思った。俺が出会った時から彼女はカイザーを思い続けて、追い続けてきた。そして彼女はカイザーに追いついてしまった。彼女は、これからどうするのだろう、そんな考えが廻った。その後すぐ、彼女はインタビュアにたいして引退を宣言し、それをモニター越しに見ていた俺は、ああやっぱり、なんて思ったのだ。彼女はあの瞬間のために生きていたのだ。

それから数日後、俺は彼女に会いに行った。これからどう生きていくんだ?なんてくだらない質問を投げかけた。よかったら世界を一緒に廻らないか、なんて誘いたかった。だが俺がそう声をかける前に、彼女は笑顔で言ったのだ。

「死んできます」

伸ばした指先は彼女に届かず、彼女は美しい髪を翻し、それから俺の前から立ち去って行った。

彼女が死んだ日のこと、よく覚えている。
ホテルの部屋のテレビを見ていたら、速報が流れた。ああ、本当に死んでしまったのだと実感した。それと、俺はずっと羨ましかったんだと気が付いた。あれほど彼女に思い慕われて生きる目的とされていた、カイザーが。最期まで、彼女はあんたしか見ちゃいなかったんだ。

20190130
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