カイザー#私の命日 | ナノ
いつか、いつかと待ちわびていた瞬間が目の前にはあった。このためだけに、私は今まで生きてきたと言っても過言ではない。ずっとずっと心待ちにしていたはずなのに、求めてやまないものを手に入れた私は、瞳からこぼれ落ちる涙を止めることが出来ず、ただただ地面にへたり込んでいた。デュエルリングの対岸で、そんな私を困ったように笑う帝王。勝者がそれでは示しがつかないだろう、耳を劈く歓声に紛れて彼は呟いた。


−−−−トーナメント優勝おめでとうございます。とても可憐なデュエルでした。

ありがとうございます。形振り構っていられない対決でしたが、その様に私の姿が皆さんの瞳に写っていたのなら安心しました。


−−−−唯一無敗の帝王に打ち勝った感想は?

ええと、私は今までカイザーに勝つためだけに生きてきました。初めて彼と言う存在と出会ったのはプロの世界に足を踏み入れる五年前のことでした。モニター越しに彼のデュエルを見て、私は一瞬でデュエルの世界と彼に虜になりました。寝ても覚めても彼とデュエルの事ばかり。彼のようになりたい、彼に立ち向かってみたい、彼に勝ちたい。私の生きる目標になりました。彼に勝つために、毎日毎日血反吐を吐く思いでカイザーの対策に取り組みました。言葉通り血反吐を吐いた日もありました。
今日、その努力が実り、彼に勝利出来たことを誇りに思います。


−−−−勝敗が決した後涙を流す姿が見受けられましたが、あれは感激の涙だったのでしょうか?

カイザーのライフが尽きる音がして、私は、全てが終わったのだ、と思いました。この瞬間のためだけに生きてきたはずなのに、この瞬間を迎えて全てが終わってしまう現実に、私はどうしようもない虚無感に襲われたのです。まさに私はカイザーを倒すためだけにこの世界で生きてきました。そのため、その目標を達成した今、私がこの世界で生きる意味など毛頭ないのです。今までの人生が、報われたのか、無駄に終わったのか、私にはわかりません。しかしながら、私の生きる目標が達成されてしまったことだけは、はっきりと理解しています。


−−−−その言葉は引退と捉えてもよろしいのでしょうか?

ええ、そうです。二度と足を踏み入れることはないでしょう。


−−−−カイザーに再戦の機会を与えないおつもりですか?

その様な下卑た考えのもとの引退ではないと、今までの話でご理解頂けなかったのでしょうか。嗚呼、下卑たとは行き過ぎた表現でしたね、すみません。


−−−−…そうですか。インタビュー、ありがとうございました。本日の試合結果と貴女の引退は、デュエル史上に残ることでしょう。

そうですね。そうなると良いのでしょうが、私にとってはすでに過去。取るに足らないどうでも良いことです。…貴誌のご多幸をお祈りします。それでは。


その数日後、彼女の訃報を各局メディアが発信した。彼女はまさにあの瞬間のためだけに生きてきたのだと、以前彼女と対面した記者は思った。それ程までに彼女に思い慕われて生きる目的とされ、それから敗れていったかつての帝王は、今一体何を思うのか。是非ともインタビューしてみたいものだと思ってしまった下衆な自分に、記者は嘲笑を吐き出した。

20161007
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