「っつ…いったー…」

いてて、と腰を擦る名前は痛みを堪えつつ辺りを見回す。

するとそこには今まで見たこともないような建物など、様々な光景が広がっていた。

「大丈夫ー?」

尻餅をついてしまった名前に右手を差し出し、名前はそれに掴まり立ち上がる。

「ありがとう。あ、黒るんもいたんだね」
「いちゃわりーか」
「や、そうじゃなくて」

苦笑すると黒鋼はムスッとした表情を見せ、名前から目を反らした。

お、これは黒さま不機嫌だ。
そう悟り、あまりむやみやたらにちょっかいを出すのはやめておこうと心に念じる。

「そう言えばサクラも小狼君もモコナもいないけど…」
「はぐれちゃったねぇ。小狼君とサクラちゃんとモコナ大丈夫かなぁ」
「…………」

無反応な黒鋼を不審に思ったのか、ファイは名前に「あれれ?もしかして黒たん怒ってる?」と耳打ちした。

「うん、怒ってる怒ってる」

本人に聞こえないように小声で返事をすると、「そっかー!それはからかい甲斐あるねー」と明らかに何かを企むファイを遠くから見守ることに。自分の身が危険なので。

何となく、彼のやりそうなことは分かっているのだ。

「また戦えなかったから怒ってるのー?魔物、竜巻だったもんねー」
「…………」

やっぱり。
これを機にからかいにいくなんてことは目に見えていた。

けれど意外にも黒鋼は動揺しなかったことに少しだけ寂しさを覚える。

やはり、黒鋼はからかうとすぐキレるというお決まりごとのようなことが無くなると、寂しくなるんだ。
そりゃ、毎日毎日遭った事や会った人が突然いなくなると、それは凄く寂しいだろうし。

もっと悲しいのは、無くなったことにすら気付かないことや無くなったものが何なのか分からないことなのかな、なんて。
名前は二人を見ていてそう思った。

「ねぇねぇ、そう言えばあの国変じゃなかった?」
「何がだ」
「あの国暑い所に生える木がいっぱいあったよね。背がたかーい葉っぱがいっぱいの。それに結構暑かったよねぇ」
「それがどうした」
「でもさ、あの国に住んでた子達はふわふわもこもこだったんだよねぇ。あんな暑い国の住人でふわもこって妙じゃない?」
「うん、まぁね。そう言えばファイ、私たちが二人で残ってた時あのふわもこの子達に聞いてたよね」
「うん。そしたらね、その住人たちはさ、ずっとこの国にいるっていうのに竜巻にやられたとはいえ建物が殆どなかった。それにね、あんなに側に羽根があったのにモコナが全然気付かないってのも変だよねぇ」

取り敢えず三人は歩きながら話を進める。

今の話しの流れを掴まなくとも、偶像の国では大半の時間をファイと共に過ごしていた名前には彼の言いたいことがよく分かる。

だから、そんな彼に少しだけ不信感を抱いていた。

「落ちてたーって持って来てくれたんだけど、ただ持ってただけならモコナはもっと早くめきょってなってたでしょう。微かにしか感じなかったってことはー」
「仕組まれたってことか?」
「……かもね」

少し笑みを溢しそう口にするファイに名前は眉を潜める。
まぁ、そんな不信感なんて抱いてもどうにもならないんだ、そう考えるのはもうやめよう。

そうして名前はまたファイの隣を歩み始めた。

「竜巻はサクラちゃんがちゃんと声を聞いたんだから本当だとしても、後はあの子達の可愛いしぐさで色々変な所をうまーく誤魔化されたって感じかなぁ。羽根が見つかった後モコナ移動しちゃったしねぇ」
「確かに今までもなんか上手い具合に事が進むことはあったよね」
「二人とも驚かないんだねぇ」
「…誰かの視線を感じる時がある。異世界を渡る旅を始めてからずっと。何ともなかったのはあの次元の魔女の所くらいだな」
「あの次元の魔女の居場所は凄い所だったからねぇ」

確かに、見たことも無い場所に自分はいた。

けれど一つ疑問がある。

名前の記憶では、その場にいなかったはずのファイが何故次元の魔女がいたあの日本という国を知っていたのか。

それとも以前に訪れたことがあるのか。

「あの、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「んんー?どうしたの?」
「ファイは何回か次元の魔女のところに行ってたの?」

何も知らない彼女の瞳に、はっきりとファイの姿が映った。
けれどあの頃とは違う彼女の瞳には、やはり昔とは違う彼自身が映っている。

あまり名前の前では辛そうな姿や悲しそうな姿を見せることのない彼だったが、今では彼女にそれらを見せることが多くなった。
いけないと分かっているのに。
そういった姿を見せると彼女は心配するから、いけないと心に決めているのに。

そしてまた、ファイは自嘲する。

「うーん、あんまりないんだよねぇ」

はぐらかすように答えるファイ。
彼が余り答えたくないという気持ちを持っていることを名前は十分に理解した上で、「あっ、そうなんだ」と微笑んだ。

(うーん…バレてるなぁ)

ファイは苦笑を漏らし、何か話題を変えようと考える。

「でー、何でさっきのこと小狼君に言わなかったの?」
「言ってもしょうがねぇだろ。相手が誰かも分からねぇのに」
「無駄に不安にさせることもないって?黒様やっさしー」
「勝手に決めるな」
「あ、見て。前に何かいるね」

名前の言葉を聞きファイと黒鋼は前に向き直る。
すると、見知らぬ男達が立ちはだかっていた。

「なんだてめぇら」
「遊花区の手のモンか!?ここは陣社だぞ!!遊花区のモンが来ていい所じゃねぇ!!」
「んー?ゆうかくー?」
「じんじゃ?」
「神社?」
「とぼけてんじゃねぇ!!」

そう言って彼らは短刀を
抜き、三人に襲い掛かってきた。

「…そっちが先に抜いたんだ。どんな目に遭わされても文句言うんじゃねぇぞ」

黒鋼は刀を鞘から抜き、襲い掛かる男達を次々に薙ぎ倒す。
そんなあっさりすぎる決着に、名前とファイが盛り上がっていたことを勿論黒鋼は知っている。

「かっこいー黒んぴゅ!」
「黒るん世界一だねー!」
「てめぇら、何ぼけっと見てやがる」
「やー、黒たんの大活躍を邪魔しちゃいけないかなーって」
「く…っ、くっそー!やっちまえ!」
「おやめなさい」

三人は一斉に、声がする方へ体を向けた。

視界に入ってきたのは、周囲にいる数十人もの男達とは全く違う風貌の男だった…



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