「なんだ?」
「誰だろー」
「知らない人だねぇ」
三人が順に言うと、周りの男達は口々に「蒼石様!」や「陣主(マスター)!」と言った。
どうやら、この男達の中の頭らしい。
「こいつらが勝手に陣社の敷地内に入って来たんすよ!注連縄(結界)張ってあったってぇのに!!」
「蒼石様の張った結界越えて来たんだ!ただ者じゃねぇ!!」
「越えて来たんじゃなくてモコナの口から落ちたのが結界内だったんだと思うんだけどー、説明しても分かってもらえないかなぁ」
「だとしても、それだけで手洗い真似をするなど言語道断。申し訳ありませんでした」
「いいえー。見た目が凶暴そうだったから誤解しても仕方ないかもー」
「この真っ黒な人が」
「んだとてめぇら!!」
「この紗羅の国の方ではないようですね」
「旅の者ですー」
「お三方で?」
そんな風に蒼石と話し込む三人を怪しい怪しいと言いながら男達は彼らを見ていた。
それに気付いた名前は苦笑を浮かべる。
「あと二人、いや三人いるんですけどー」
「いや。あれは人じゃねぇだろ」
「モコナの数え方って1モコナ2モコナって数えるんでしょ?」
「なんじゃそりゃ」
「ではお連れ様がいらっしゃるんですね。どこかでお待ち合わせで?」
「してないんですー。だから探さないとー」
「あちらも探してらっしゃるでしょうね。でしたら拠点を決めておくほうが良い。宜しかったらうちにお泊まりになりませんか?」
「陣主!こんな何処の馬の骨だか分からん連中を!!」
焦って蒼石を止めに入る男だったが、それに優しい笑みで蒼石は「袖すり合うも他生の縁。困った方を助けないで何が陣社ですか」と答えた。
そしてそれに対して更なる焦りを見せる男達。
「ってここどういう所なんでしょう?」
「神社だろ。神だかを祀ってる」
「いいえ、ここは陣社。私達が守っているのは神ではなく人達です。ではまずご案内しますのでどうぞ私の後に」
そう言われ三人は蒼石の後をついて行く。
少し歩くと見慣れない建物に案内され、その広さと壮大さに名前とファイは驚きを見せた。
「綺麗な所ですねぇ。建物だけじゃない。この場も空気もとても清浄で」
「この建物以外にも、回りも凄く澄んでますね」
「もうずっとずっと昔からこの陣社はこの国を守っています。何からー?」
ファイが尋ねると、後ろからぞろぞろとやって来る男達が蒼石に代わり、声を張って答える。
「色んなもんだよ!外からの敵や!疫病とかな!その陣社を守るのが蒼石様の一族よ!」
「代々不思議な霊力を持った人が産まれてな!」
「その中でも一番強い霊力を持った人が陣主になるんだ!!」
「神社と神主みてぇなもんか」
「そうそうそういえばさっきから黒鋼、神社とか言ってたけどかんぬしっていうのは何?」
「神に仕えて社を守る者のことだな」
「日本国にもいるんだー」
「神社はあるが神主はいねぇ。いるのは姫巫女だ」
「それが黒たんを飛ばしたっていうお姫様ー?」
「おう」
「紗羅の国の陣社を知らねぇとはよっぽど遠い所から来たんだなおまえら!!」
またも強気で声を張り上げる男達に黒鋼は少々頭にきたようで、ギラッと睨み付けた。
それに怯む男達だったが、そんな彼らに「そうなんですー」といつもと変わらない調子でファイは陽気に返事をする。
「今もなんだか大変な感じなんですかー?」
「外以上に強い守備力がありますよね、この建物」
「やっぱり名前ちゃんもそう思う?」
「うん。あ、例えばほら、あれとか」
「あぁー、あそこの…注連縄っていうんですか?あれよりもっともっと強力な結界がありますよねー。何かからあの中にあるものを守る感じの…」
二人の推測に目を丸くする蒼石と、それとは対にいつも通り何も変わらない様子で二人を見つめる黒鋼。
「…先程の剣術といい貴方方の見立てといい、只の旅のお方ではないようですね。これも何かのご縁。お話ししましょう。今、起こっていることを。この夜叉像のことを」
*
「血!?」
「一年に一度、月が美しい秋頃になるとこの夜叉像は傷ついた右目から血を流すのです。それが遊花区に居を構えている“鈴蘭一座”が旅から戻ってくる日と毎年一致しているものですから陣社に仕えてくれている氏子達が…」
「遊花区のヤツらがどうのこうのと騒いでやがったのか」
「毎年ってどれくらい前からなんですかー?」
「私がこの陣社を受け継ぐよりもっと前。先々代の陣主であった曾祖父が残した文に血を流す夜叉像のことが書き記してありました。“鈴蘭一座”の前身である旅の一座が今、遊花区と呼ばれる所に住み始めてから怪異が起こったことも」
蒼石は悲しそうに眉を潜め、俯いた。
まるで自分はそう思いたくはないかのようにも見えるが、それは勘違いなのかもと名前はジッと蒼石の横顔を見つめる。
「しかしなんでその一座が戻って来るとこの像が血を流すんだ?」
「曾祖父は“鈴蘭一座”が守り神としている阿修羅像が関係していたのではないかと考えていたようです」
「アシュラ…?」
「阿修羅か。この国でも戦いの神なのか」
「戦いと災いを呼ぶ神とされています。夜叉神は夜と黄泉を司る神。阿修羅神が呼ぶ厄災は人々を黄泉の国へと送るものではないか。夜叉像の血の涙は阿修羅像が呼ぶ厄災への警告ではないのかと曾祖父も祖父もそう考えて…」
「蒼石様、祭事のお時間です」
「今行きます。…結界を越え、貴方達がこの時期に陣社にいらしたのには理由があると私は考えています。どうかお連れの方とお会いになれるまで、ここでゆっくりお休み下さい。寝室は後で他の者に案内させますので」
丁寧に一礼する蒼石に倣い、名前もゆっくりとお辞儀をした。
「何か言いたそうだな」
「うーん。というかー、この像警告とかそんなので泣いてるのかなぁ。もっと何か別の理由があるような気がするんだけど」
手掛かりもない今、ここであれこれ考えていても仕方がない。
三人は一先ずその場を後にし、案内された寝室へと向かった。
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