「着いた…?」
「みたいだねぇー」

着地する時に名前が落ちない様にと手を握っていてくれたファイにありがとうと言った。

「どういたしましてー。…さーて、今度はどんな国かなー」

一同が着いた先はやはり見たこともないような景色が一面広がっていた。
キョロキョロと物珍しそうに名前が辺りを見渡すと、沢山の女性が素敵な笑顔で迎え入れる。

「ようこそ!桜都国へー」

“歓迎する課”という腕章を着けた複数の女性がその腕章の通り、一行を歓迎した。
その効果か、なんとなく雰囲気の良さそうな国だと微笑む。

「わー、可愛い女の子がいっぱいだー」
「ファイって…」
「まとわりつくな!」

それぞれが一言ずつ口にする中で、小狼とサクラは抱き着いてくる女性にあたふたするばかり。

「あらあらみなさん変わった御衣装ですね。異世界からいらしたんですか?」
「!?」

一人の女性の言葉に目を丸くする。
この桜都国と言われる世界は一体…

「異世界から人が来ることがあるんですか?この国では」
「もちろん。この国を楽しむために皆様色んな国からいらっしゃいますわ。まだ住民登録されてないんですか?」
「?はい」

すると女性達が突然表情を大きく変えるものだからそれに少し驚いてしまう名前。
一方で黒鋼は未だにまとわりついてくる女性たちに一苦労だ。

「それはいけないわ!早速、市役所へお連れしなければ!!」
「ささ、参りましょ!参りましょ!」
「はーい」

ファイとモコナは相当ニコニコご機嫌な様子。

半ば強引に腕を引く女性たちに名前は苦笑を漏らした。

(名前の記憶がもしあったら、今頃ヤキモチやいてるんだろーなー…)

なんてファイが心の中で呟いたのを、勿論本人は知らなかった。







「桜都国へようこそ!」
「すぐやる課…?」
「えぇ、こちらはすぐやる課です。さぁ、こちらにお名前をどうぞ。今まで使われていたのと違っても大丈夫ですよ」

そう言われると、ファイは口端を吊り上げてニヤリと微笑んだ。
何を企んでいるのかさっぱり分からないのが彼の怖いところでもある。

「偽名でもいいってことかなー?」
「はい」
「んじゃ、オレがみんなの分もかいとくねー。こんなのでもいいのかなー」

恐る恐る用紙を見てみると、如何にも黒鋼が激怒しそうなものがそこには書かれており…

名前は大丈夫なのかと心底ファイの身を案じた。

「ファイ、この先命危ういかもよ…」
「おれも、そう思います…」
「えー?どうしてー?」

また、何が危ないか分かっていないのもある意味彼の怖いところ。
と言うよりは、見ている此方がひやひやしてしまう。

「はい、承りました。では、職業はどうなさいますか?」
「この国は旅人も働かなくちゃだめなのー?」
「構いませんが、働かないとお金がなくて何も出来ませんよ?」
「そりゃそうだねー」

あはは、と笑いながら言う彼を小狼と苦笑いで見詰めていた。
けれどそんな彼の性格に助けられているのも事実だし、ファイのそういうところが好きなのもまた事実である。

「とりあえず、住む所をお決めになりますか?良い物件をご紹介しますよ」
「あの、この国の通貨は?」
「園です」
「園だって。私達持ってないよね、そのお金」
「うーん、持ってないねぇ」

チラリとサクラの方へ目を向けると、眠たいのかうとうととしていて今にも倒れてしまいそうだった。
しかしそれをモコナが何とか食い止める。

「何かお持ちの物があったら換金できますよ」
「黒わんわーん!袋、持って来てー!」
「人を犬みてぇに呼ぶなー!!」

黒鋼が突然怒鳴るものだから、その衝撃でサクラは目を覚まし飛び跳ねてしまった。

「あははー。黒わんわん怒ったー」
「黒わんこ怒ったー」
「黒わんこー」
「黙れそこの三バカトリオ!!」





こうして新しい家も買うことができ、五人とモコナは新たな国での生活のために色々と準備に取りかかっていた。

「ジェイド国と高麗国の服買ってくれて良かったねー。小狼君の言う通りとっといて良かったよ」
「他国の衣装が貴重な国もあるので」
「それもお父さんと旅してた時の知恵なの?」
「はい」
「あ、そういえば…」

さっきからサクラの声がしないなぁと思い気になり、偶然ソファーに目をやったら彼女はゆらゆらと頭を左右に揺らしているではないか。
今にも倒れてしまいそうである。

「大丈夫なの!名前、任せて!」

自信満々にそう言うモコナの行動をじっと見ていると、すかさずサクラにクッションを用意した。

「ありがとうね、モコナ」

モコナは「照れる〜」と言いながら名前の肩の上にぴょんと乗り移る。

「くつろいでていいのかよ。見張られてるかもしれねぇんだろ、誰かに」
「んー、でもずーっと緊張してるのは無理だしねぇ。リラックス出来る時にしとかないとー。ほら、名前ちゃんもモコナも一緒にやろー。ごろーんて」

そう言う彼にうっかりつられてしまうも、やってみると意外とそれが楽しくてゴロゴロ繰り返してしまった。

なんだか幸せ、と自然に名前の表情から笑みが溢れる。

「うん、確かに。たまにはごろんてしなきゃね」
「おまえらはだらけっぱなしじゃねぇか!」
「そんなことないよー。…さて、寝る所も確保したし後は……モコナ」

先程までのへにゃんとした笑みが消え、突然真顔になるファイ。

…と言っても、少し笑みが残っているのが彼の真顔と言えるくらい、いつも彼は笑顔を貼り付けている。

「本当に少しだけど、サクラの羽根の力感じる。羽根、この国にある」

モコナがそう言うと、突如として何の前触れもなくガシャーンと大きな音が部屋に鳴り響く。

窓ガラスが割れたかと思えばその次の瞬間には巨大な何かが部屋に侵入していた。

「わー。お家を借りたらいきなりお客さんだー」
「招いてねぇがな」
「なんか大きいわね、黒鋼みたい」
「おいてめぇ」

お構い無しに名前達に襲い掛かってくる謎の生き物。
四人は難なく攻撃を交わすが、その内小狼だけが何故か集中的に攻撃を受けていた。

ザシュ…と嫌な音と共に小狼の右腕から流れる血。
けれど小狼は一瞬顔を歪めるだけで特に痛がるわけでもなく反撃をする。
強靭な脚力の小狼の蹴りは相当効いたようで、巨大な生き物はそれだけであっさり倒すことができた。

「お疲れさまー」
「かっこよかったよ、小狼君」
「ありがとうございます」

少々照れ気味な小狼を見て、クスリと微笑む名前。

嬉しそうにしている小狼がとても微笑ましい。

「可愛い女の子が出迎えてくれたり、綺麗な家紹介してくれたり、親切な国だと思ってたけど、結構アブナイ系なのかなー」

倒れた生き物に視線を向けると、スーッと一気に消えていった。
流石にこの現象に四人は目を丸くさせる。

「消えた!」
「やっぱり、この国は危ないのかもね…」

各々が、これからまた襲って来るかもしれない敵に気を付けながら浅い眠りに就く。
しかし結局その後は特に何も無く、いつの間にか自然に気が緩み深い眠りに落ちていて、気が付けば朝になっていた。

仕事を探すために市役所へと向かった名前とファイと小狼、そしてモコナは今日もまた、すぐやる課を訪ねた。

「こんにちはー」
「こんにちは。昨晩はご活躍でしたね。報償金が出ていますよ」
「え?」

何故こちらで起きたことを市役所側が既に知っているのだろうか。
小狼が驚くと、表情を変えず然もそれが当然のことかのように女性がこう言う。

「鬼児を倒されたでしょう?」
「なんで知ってるのかなー。消えちゃったんだけど、あのお客さん」
「?鬼児の動向を市役所が把握しているのは当然ですが」
「そんなものなんだー」
「そんなものなんです」

ファイと女性のやり取りに、名前とモコナは目を見合わせて二人で微笑みあった。

「鬼児っていうのは、この国ではどういう存在なんですか?」
「鬼児はこの桜都国に現れる敵、倒すべきものです。主に夜に現れますが、稀に陽が高い内にも出現します。強さは月の満ち欠けの影響を受けます。月が満ちるほど強く、新月に近いほど弱まります」
「でも、あんなのがうろうろしてる世界っていうか、国の割には、あんまり緊迫感ない感じだねぇ」
「よほどのことがない限り、鬼児は一般市民を襲いません。専門家がいますから。彼らは“鬼児狩り”と呼ばれる狩人(ハンター)です。鬼児を倒して収入を得ています。強い鬼児を倒せば倒すほど得られるお金は高額になります」

そして女性はこう続けた。

「貴方達が倒した鬼児は、ハの五段階。鬼児狩りとしてやっていけると思いますが、職業としてお選びになってみますか?」
「それって他の仕事よりやっぱりー」
「手っ取り早く儲かります」
「小狼君、どうするの?」

名前がそう尋ねると、小狼は顔を上げて今度は女性にこう聞いた。

「その仕事は、情報を得るのに有利ですか?探しているものがあるんです。だから出来るだけこの国の色んな情報を知ることが出来る仕事がいいんです」
「でしたら、鬼児狩りはぴったりだと思いますよ。同業者から裏の情報も色々聞けますし。鬼児狩りをしているものしか出入り出来ない場所もあります。…ただし非常に危険です」
「…やります」
「承りました。尚、鬼児狩りは必ず二人組(ペア)となっています。ちなみにひとつのチームに鬼児狩りは一組だけという決まりです。一緒に旅して来られた方のどなたと組まれますか?」
「そりゃ、黒様でしょー」

自信満々にファイが言うと小狼が慌てて「でも…黒鋼さんに聞いてないのに…」と不安げな表情を見せた。

「サクラちゃんは無理。モコナは…」
「モコナ、応援してる」

キラキラとした可愛らしい笑顔を小狼に向け、彼の指をにぎにぎと揺らす。
言わずもがな、モコナに鬼狩りの職業は到底不可能だ。

「名前ちゃんはー…ね?」
「…ごめ…じゃなかったね、ありがとう」
「いいえー」

この時二人の会話の意味が小狼達には通じなかった。
名前の事情についてはファイと黒鋼だけが高麗国で先に知っている。
別行動をしていた小狼達は彼女のことをまだ知らないのだ。

が、数分後にファイが名前の過去を明らかにした────



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