「ってなるとー、黒わんを外したら怒っちゃうでしょ」
「貴方はどうなさいますか?」
「なんかのーんびりしててー、楽しくてー、情報も聞けるような御仕事ってないー?」

ファイがだらーんとしながら聞くと、「モコナもその仕事するー」と便乗した。

「ありますよ」
「じゃ、それー」
「ま、まだ何の仕事か聞いてないのに」
「あはははははー」

そう言って笑うファイの今日の笑顔は、何時もより一段と輝いていた…。そんな気さえする。

「じゃ、最後は名前ちゃんだねー。小狼君、オレらあっち行ってよっかー」
「?は、はい…」

よく分からないが、ファイに言われた通り小狼は遠くから名前を見守ることにした。
ファイが自分を気遣ってしてくれたことなのだと名前は察する。

「あの、私は…例えば特別な能力が使える人とか、そういう人と関わる機会がある仕事に携わりたいんですが」
「それならこんなのはどうでしょうか?此処では何日かに一度、闘いが行われています。所謂闘技場です。対戦相手は鬼児みたいな生き物ではなく、人間の特別な力や、特別な力が無くても戦いに優れている…ともかくある程度戦いに慣れていればそこで働けますよ。更に勝つ回数が多ければ、高額の報償金が手に入ります」
「女でも大丈夫なのですか?」
「えぇ、女性の方も沢山いらっしゃいますよ。皆さんお強いですが。どうなさいますか?」

名前は間を開けずにはいと即答し、手続きを行った。
この国には戦闘能力が備わった人が数多く存在するそうだから、期待できるかもしれない。
名前は胸を弾ませると同時に気を引き締めた。

「あの…ファイさん。名前さんは…」

名前を遠目で見ているファイの横顔を見て、小狼は彼に先程のことを問った。
その時見たファイの目はしっかりと名前を捉えていたはずなのに、とてもとても遠くを見ているように感じられる。

「名前はね、両親が誰かに殺されちゃってるんだよね。それも小さい頃に…。で、どうしてもその人を探したくて旅してるんだ。だからその人を探すのに有利な仕事にすると思うよ。例えどんなに危険な仕事でも、やると思う」
「そうだったんですか…。ファイさんは、その…止めないんですか?」
「そりゃあねー、あんまり危ない仕事はしてほしくないよー。けど、名前が何年間もずっと追い続けてる人だからー。早く願いが叶えばいいなって思うんだよ、オレー」

優しいファイの眼差しの先には、はっきりと名前が映っている。

先程よりもはっきりと…

「勿論怪我したら全力で手当てするしー、突然居なくなったりしたら凄く驚くしー。それでも、名前がしたいって決めたことだからー。それに名前、強いからね」
「そうですよね…。ファイさんは信じてるんですか」
「もちろんー。名前があれだけ頑張るって気になってるんだから、オレも頑張ろうと思えるよ」
「おれも負けずに姫の羽根のために頑張ります。…あ、手続き終わったみたいですよ名前さん」

見るからに機嫌の良さそうな名前。
希望が湧いたのか、スキップまでしている。

「みんな、お待たせ。さ、帰ろう」
「うん、帰ろうかー」

こうして三人と一匹はそれぞれ仕事を見つけ、市役所から家へと帰って行った。





「ただいまー」
「たっだいまー!」
「ただいま帰りました」
「やけに嬉しそうじゃねーか」

珍しくスキップなんてしながら部屋に入ってくる名前をニヤリと黒鋼が見てそう言った。

「あのね、いい仕事が見つかったの!」

自分の身の危険より、希望に胸を膨らます名前をファイと小狼は微笑ましそうに見つめる。

勿論、名前自身がとても幸せそうに見えるのは、最早言うまでもない。

「はっ、てめぇじゃ仕事なんざ長続きしねーんじゃねぇのか?」
「黙れわんこ」

先程の黒鋼の様な笑みを浮かべる名前に、敢えて仕事の内容を聞かない黒鋼。

「よーしよーし。黒わんた、いい子で待ってたー?おみやげ買ってきたよー」
「だから犬みてぇに呼ぶな!」

ファイがいきなり黒鋼の前にしゃがみこみ、頭を撫で始めた。

名前は、心地よさそうに眠るサクラの寝顔を見てふふっと微笑み顔にかかる前髪を分けたりしている。

「あのねぇ、仕事決めてきたよー」
「あぁ?」
「小狼君と黒わんは、鬼児を倒して、んでお金持ってきてー」

彼は詳しく説明するために一つ一つ動作を説明に加えているのだろうが、見てる側としては、その動作のお陰でより一層謎を増やすばかり。

「ファイの説明分かりにくっ…」
「ガキ、説明しろ。さっぱりだ」
「はい。…鬼児っていうのは───」

酷い言われ様のファイは、三人を遠目で見つめていた。
それがまた虚しいこと虚しいこと。

「えーん、名前ちゃんと黒わんころがほったらかしにしたー」
「ファイ、泣いちゃだめー」
「嘘泣きはやめろ!」

そんな二人と一匹の様子を、名前は苦笑、小狼はおろおろしつつ目を見合わせてアイコンタクトをとる。

「なるほど、鬼児狩りか。退屈しのぎにはなりそうだな」
「黒鋼ノリノリー」

やっと戦えるのが嬉しいのか、黒鋼までもがスキップしそうで怖かった。
まぁ、それは実際無いのだが…

「ほらねー」
「そう、だね…」
「はい」

黒鋼が喜んでこの鬼児狩りという仕事を引き受けることを、ファイは初めから予測できていた。

「おまえはいいのか」
「え?」
「鬼児っていうのがどれくらい強いのか分からねぇが、それを倒す仕事があって金が支払われるってことは、素人じゃ手が出せねぇってことだろう」

じっと小狼の目を見つめ、やや強引気味に彼の前髪をグイッと上げた。

「おまえ、右目が見えてねぇな」

そんな黒鋼の言葉に名前やファイ、モコナまでもが驚くが、きっと一番驚いたのは小狼自身。

何故、黒鋼はそれに気付いたのか。

「初めてお前が戦うのを見た時は、巧断とかいうのを使っていた。ありゃ精神力で操るものだ。目が見えていようがいまいが関係ない。その次の国、高麗国だったか」

更に黒鋼は一呼吸置き、言葉を続けた。

「あそこに着いた途端、領主の息子とやらに姫が腕を引っ張られただろう。お前、あの時それを見ずに反応したな。あの息子は本気で姫を痛めつけようとしていた。殺気とでも言えばいいのか。放っておきゃあ持ってた鞭で振るうつもりだったんだろう」
「お前は、見えないからこそその殺気に反応して先手を打って息子を吹っ飛ばした。後は昨日の鬼児だ。右からの攻撃への反応が僅かだが遅かった。もっと強い鬼児相手だと怪我だけじゃ済まねぇぞ」
「…出来るだけ、迷惑をかけないようにします。お願いします」

黒鋼に何を言われても、きっと鬼児狩りを辞めるなどとは言わなかっただろう。
小狼の目を見て、名前はそう思った。

「おっけーだよね、黒様ー」
「……ふん」
「ありがとうございます」

黒鋼に礼を言い、自らの後ろにあるソファーで眠るサクラを、どこか切なそうに見詰める小狼。





―この家も、二ヶ月ぶりですね。
右手、大丈夫ですか?

―はい

―片目が見えないと距離感が掴みにくいと言いますが、火を扱う時には気をつけて下さいね

―すみません

―謝らなくていいんですよ、小狼君

―でも、火傷の薬代とか…

―治療費の話をしてるんじゃありません。
僕は、息子の怪我の心配をしてるだけですよ

―…すみません



───トントン、トントン



―はーい、どうぞー

―遺跡の砂嵐が止まったから旅から戻って来てるってお父様が!

―ちょっと深呼吸しましょうか、はい

―すー…はー…

―大丈夫ですか?

―はい

―あ、こんにちは

―こんにちは

―お帰りなさい

…はっ、どうしたの、その手!?
お怪我!?痛い!?
お医者様に診て頂いた!?

わたし、出来ることある!?

─────そして…


―火傷、しちゃったの

―大丈夫です、こういうことは良くあるから。

そこに在るものが遠いのか近いのか分からなくて、ぶつかったり転んだりいつもだから

―一緒にいられたら、小狼君が転ぶ前に教えてあげられるのに

―…すみません

―どうして謝るの?

―姫が心配そうな顔になってるから

―心配されるのいや?


ふるると首を横に振る小狼。


―さっき、父さんが心配してくれて、“すみません”って言ったら困った顔になってました。

困らせたくないのに…うまくいかない

―あのね、心配されたら謝るよりね、こう言ったらどうかな







―お茶が入りましたよ。

気をつけて下さいね

―“ありがとう"

―…どういたしまして





「……………」

そっと目を閉じて、昔を思い出す。

あの時、“謝る”んじゃなくて“ありがとう”だと教えてくれたサクラ。
それは、名前やファイにも言えることだ。

以前、“ごめんなさい”より“ありがとう”と言ってほしい、ファイも名前に言っていた。



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