(さようなら…)

後ろの方から女性の声が聞こえた。
次元を移動している最中だったので驚いたが、振り向くとそこには名前を優しく見詰める巧断の姿があった。

(力を貸してくれてありがとう。さようなら)

(貴方なら、きっと何があっても乗り越えられる。どんなに心が離れても…)

(え……?)

しかしその時にはもう遅く、巧断は消えていってしまった。

(何のこと…だったのかな……。ん…?)

うーんと考え、視線を足元に落とす。

(あれ?何この景色?)

不思議に思い、徐々に近付いていくその景色をよく見ると…

(え!?人がたくさん…!)

そして気が付いた時にはドサッと地面に落とされていた。

「ああー?次はどこだ?」
「わーなんだか見られてるみたいー」
「あの、私イヤリング落としちゃったから拾ってくるね!」

手に握っていたイヤリングを、この世界に着いた時に落としてしまったらしい。

「てへ、モコナ注目のまとー!」

そう言うモコナを、また妙な所に落としやがってと苦笑いで見詰める黒鋼。

「なんだ、こいつら!どこから来やがった!!」

すると大きな男がサクラの腕をグイッと引っ張る。

その直後、小狼が男に飛び蹴りをして突き飛ばしサクラを守った。

「お」
「あ」
「わ」

男は、イヤリングを探す名前の間近にまで蹴り飛ばされると、フラッとした足取りで名前に近付き今度は彼女の腕を右手で思い切り掴み上げる。

「おまえもあいつらと同じだ…うっ!!」

それを、ファイが持っていた杖でゴンッと鈍い音を立てて男の頭を攻撃。

「うわ…痛そう…」
「名前ちゃん、怪我してないー?」
「私は大丈夫だけど…」

名前が下に視線を落とすと、そこには倒れ込んだ男の姿があり、相当痛がっている様子が目に映る。

まぁそんなもので殴られたら痛がるのも無理はない。

「おまえら!!誰に怪我させたと思ってるんだ!!」
「やめろ!!」

その声の主は、屋根の上に立っていた小さな女の子だった。

「誰かれ構わずちょっかい出すな!このバカ息子!!」
「春香!!誰がバカ息子だ!!」
「おまえ以外にバカがいるか?」

ムキになって怒り狂う男を軽くあしらう春香と呼ばれる女の子。

それに対し、男の怒りは収まるどころか増す一方だった。

「このー!!」
「高麗国の蓮姫を治める領主様のご子息だぞ!」
「領主といっても、一年前まではただの流れの秘術師だったろう」
「親父をばかにするかー!領主に逆らったらどうなるか分かってるんだろうな!春香!!この無礼のむくいを受けるぞ!覚悟しろよ!」

そう言い残して領主の息子とその手下らしき者達はそそくさとその場から去っていく。

とりあえず一安心だ。

「怪我は?」
「大丈夫です。ありがとう」
「やー、なんか到着早々派手だったねー」
「それはテメェが言えることなのか」

他人事の様に言うファイに眉間に皺を寄せて言う黒鋼だが、正直、此処にいる誰もがそう思っている。

「小狼すごいー!跳び蹴り!ファイは大胆に杖でボコッ!」
「ファイ、助けてくれてありがとう」
「いえいえ、どういたしましてー」
「あ゛」

小狼の視線の先には散らばった果物や野菜。

さっきこの“高麗国”と呼ばれる国に到着…と言うより落ちた際に散らばった物。

「すみません、売り物なのに」
「モコナもお手伝いするー!」
「あ…」

サクラが今にも寝そうな勢いでフラフラと売り物を拾い集めていたのが目に入った。

「私も手伝うよ」
「ありがとうございます」
「あー、黒ぴん拾ってないよー、ファイー!」
「本当だ!ほらー、黒ぴんも拾ってー」
「あー?めんどくせーなー」

左手にマガニャンと言う阪神共和国で買った物を手にした黒鋼は、ドカドカと音を立ててこちらに来て落ちたものを拾い集める。

「あいつら、また市場で好き勝手して!」
「この町にも早く暗行御史が来てくれればいいんだが…」

春香は、町の者達がそう言うのを悔しそうに聞いていて、ギリ、と歯を食い縛った。

それを見ていた小狼は、ハッとして名前達の方を振り向く春香と目が合う。

「ヘンな格好」

はっきりとそう言われ、何かが頭上からズドーンと落ちてきた様な衝撃が与えられた。

まさかそんなふうに言われるとは。

「あはははははー。ヘンだってー黒りんの格好ー!!」
「暑苦しいってー、黒ぴぃの格好ー!!」
「黒鋼へんー」

名前やファイ、そしてモコナにからかわれる黒鋼。

「俺がヘンならおまえらもヘンだろ!つかおまえらも十分暑苦しいわ!」
「おまえ達、ひょっとして!!来い!」
「あ!待って下さい!」
「名前ちゃん!!」

突然サクラと名前の手を握って走り出す春香の後を小狼とファイは追った。

「あー!もうめんどくせー!」

あちこち動き回るのが面倒らしいが、そうは言いながらもしっかり皆の後を黒鋼も追う。

そして連れてこられた場所は…

「あ、あの、ここは…」
「私の家だ」
「どうして急に…」

春香の前に座らされる小狼とサクラ。
春香の家の物を興味深そうに見る名前とファイ。
マガニャンを真剣に読んでいる黒鋼。

「この鏡すごいね。何か特別な力みたいなのを感じる」
「うん、オレも感じる。何だろうねぇ」

うーん…と考えていると春香が口を開きこう言った。

「おまえ達、言うことはないか?」
「え?」
「ないか!?」
「いや、あのおれ達はこの国には来たばかりで君とも会ったばかりだし…」

冷や汗を掻きながら何と言っていいか分からなくアタフタする小狼に、ずずいっと春香は更に近付く。

「ほんとにないのか!?」
「ない、んだ…け…ど」
「がんばれ!小狼!!」

小狼を応援するモコナだったが、春香ははーっと大きな溜め息を漏らした。

「良く考えたら、こんな子供が暗行御史なわけないな」
「あめんおさ?」
「暗行御史はこの国の政府が放った隠密だ。それぞれの地域を治めている領主達が私利私欲に溺れていないか、圧政を強いてないか、監視する役目を負って諸国を旅している」

それを聞いたモコナが突然ひゃっほーい!と跳びはね、「水戸黄門だー!!」と口にした。

「みと?」
「侑子は初代の黄門様が一番好きなんだって!」

そう言われても、小狼には全く分からないし、勿論他の者も誰一人として理解できるものはおらず…

「さっきから思ってたんだけどなんだ、それは!?なんでまんじゅうがしゃべってるんだ?」
「モコナはモコナー!!」

ぴょーんと春香に向かって飛び掛かるモコナだが、そんなことをして益々春香を驚かせてしまった。

「まぁ、マスコットだと思ってー。もしくは、アイドル?」
「モコナ、アイドルー。ねー」

くるくると回りだし、ぴょんっと名前の肩の上にモコナは飛び乗る。

「ねー。モコナはアイドルー」

そう言う名前の頭の上でモコナは踊り始めた。

「オレ達をその暗行御史だと思ったのかな。えっと…」
「春香」
「春香ちゃんね。オレはファイ。で、今モコナと遊んでる女の子が名前ちゃん。それにこっちが小狼君、こっちがサクラちゃん。で、そっちが」
「「「黒ぷー」」」
「黒鋼だっ!!」
「うわー。見事に揃ったねー」
「凄い!!」

名前とファイは拍手して笑う。

「…で、つまりその暗行御史が来て欲しいくらいここの領主は良くないヤツなのかな?」
「最低だ!それにあいつ母さんを…」

ゴオオと外から大きな音がして、春香の家の柱からはミシミシと音が鳴る。

「風の音?」
「外に出ちゃだめだ!!」

その瞬間、窓が開き暴風が家の中へ入ってきた。

「きゃあ!!」

モコナを抱えながら飛ばされないように構える名前。

しかし暴風には耐えきれずに飛ばされてしまったが、名前の右腕をガシッとファイが掴み自分の方へと引き寄せ、抱き締めた。



風が突然消え、目を開くとそこには先程までとは違う光景が広がる。

風のせいでボロボロになってしまった様だ。

「大丈夫だった?」

自分の腕の中にいる名前を解放して尋ねると、「うん、ありがとう。私ファイに助けて貰ってばっかりだね。ごめんね」と苦い顔をして名前が返事をする。

「謝らないで。前にも言った通り、オレが名前ちゃんを助けたくてやってることだからー。名前ちゃんが怪我しなくてよかったよー」

優しく微笑む彼にありがとうと満面の笑顔で名前はお礼をした。

「…自然の風じゃないね、今の」
「誰かが意図的にこの家を襲ったんだね、きっと」

大きな穴の開いた天井を見上げると、青い空に雲が幾つか浮いていた…



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