「どうだった?」
ザバッと音を立てて水面から顔を出す彼に私はそう尋ねる。
「大丈夫、よく眠ってる。これしか方法がなかったからねー…」
と言い彼は水を軽く払った。
水面へと目を向ける彼の顔は微笑んではいるものの、その表情はとても悲しそうである。
「これからどうするの?ファイ…名前…?」
もう一人の女の子の声がこの静かな部屋に響き渡った。
そうだ、私たちは本当にこれからどうなってしまうのだろうか。
再びセレスに戻って来ることはできるのだろうか。
いや、それはないだろう。
ファイの願いはとにかくこの国に戻って来ないことだし、自分の願いを叶えるためにはセレスにいてはいけない。
でもやはりセレスとお別れだとなると寂しかった。
今まで幸せに過ごしていた時間をもう二度と味わえないのかと思うと自然と涙が溢れ落ちそうになる。
「もうこの国にはいられないなぁ。や、この世界には、か」
「世界?」
「この次元にはってこと」
名前がそう説明すると、女の子は「良く分からない」と口にした。
正直名前自身、細かい事はよく分からない。
この先どうなるのかなんて予測すらつかない。そんな不安がある。
けれども自分の願いが叶うかもしれないなんていう期待も同時に入り混じっていた。
「んー、遠いとこ」
なんとか名前の口から出てきた言葉がそれで、チィはそれを聞くなり黙り込んでしまう。
チィと離れたくないな、なんて思い困ったように名前は笑った。
そしてファイのどこか悲しそうな横顔を見て胸が締め付けられる。
名前が彼を心配そうに見ていたのに気づいたのか、彼はそれを隠すかのように何時もと全く変わらない笑みを浮かべた。
「おっとーあんまり時間がないなぁ」
「そうだね、そろそろかな。じゃあね、チィ」
「チ?」
「行かなきゃならないんだよ」
上着を背負い、名前にもとファイはコートを彼女に差し出す。
「どこに?」
「遠くによ…ずっとずっと遠く…アシュラ王がいない何処か遠くの世界に」
そしてチィは名前の手を取り微笑んだ。
名前はポンポンと彼女の頭を優しく撫でる。
「チィに頼みたいことがあるんだー」
「なぁに?」
「もしも王が目覚めたら教えて欲しいんだ。だからちょっと姿を変えてもらっていいかなぁ」
あぁ、本当にこのセレスから離れなければいけないんだなぁ…と強く実感した。
城の外に見える星空も何故だか悲しく見える。
ファイやチィ、アシュラ王と過ごしてきた時、更に今は亡き両親と過ごした時が蘇った。
「うんいいよ。チィはファイがつくったんだから」
チィの言ったことにファイは小さく頷き微笑み快く承諾する。
彼が持っていた杖を挙げた時、それが強い光を放った。
同時にチィの姿はどんどん変貌していく。
「せめて、眠りの中では良い夢を」
「お休みなさい…」
「さてと。行きますかー。ね、名前。次元の魔女の元へ」
「うん」
杖を持たない名前は、その唱える呪文により魔方陣を生み出す。
一方ファイは、自身が所持する杖を使い異世界へ移動したのだった。
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