「次の世界に到着…はいいけど。小狼君寝ちゃってるね」

新しい国に着くや否やフラッと小狼が突然倒れた。
寝息を立てているので本当にただ寝ているだけなのだが、それでも皆驚きを隠せない。
とりあえずの処置としてすぐそこのベンチまで黒鋼が運んで寝かせた。のはいいのだが起きる気配は全くない。

「疲れちゃってるのかな。私見てるから、名前さんはファイさんと黒鋼さんとお買い物行って来て」
「サクラは大丈夫?」
「うん、大丈夫!それに私小狼君見てたいから」
「そっか、わかった。じゃあまた次の機会にでもサクラと一緒に買い物したいな」
「私も名前さんと買い物したい」

ふふっと笑い合う二人。

名前は「じゃあ行って来るね」と手を振り、サクラとのやり取りを少し離れた所から見ていたファイと黒鋼のいる場所まで駆け足で向かって行った。
そんな彼女の後ろ姿をサクラはにこやかに見守る。

「お待たせ!」
「小僧は?」
「サクラが見てるって」
「おう」
「じゃあ行きますかー。必要な物探しにー」

「出発進行ー!」と楽しそうに先を行く名前とファイに、黒鋼は「はぁ」と溜め息を吐きながらも彼らの後に続いた。
そしてモコナはというと、黒鋼の服の中にいる。街行く人に驚かれないようにするためなのでこれについては仕方がない。

「わぁ!この国すごいね。ピッフルとはまた別の意味で」
「オシャレな街並みって感じだねー」
「うんうん、可愛い物沢山ありそう。ここなら魔女さんにお返しもできるかな。……それに」
「んん?」
「空飛んでる人いるけど、あれって魔法よね」
「っぽいねー」

もしかしてと思い彼女をチラリと見ると、やはり名前の目は真剣そのものであった。
どうやら“探している人”のうちの一人がいる可能性を感じたらしい。

「見付かるといいね」
「本当に。見付けられたらいいんだけど」

困ったように、そして儚げに微笑む名前。
しかしそんな表情を吹き飛ばすかのように、「それにしても」と彼女は話題を変えた。

「この国動物多いみたいだからモコナ出て来れるんじゃない?」
「確かにな。おい出ろ白まんじゅう」
「モコナはモコナ!それにこんな窮屈なとこ早く出たかったから嬉しい!」
「黒ぴっぴ暑苦しいもんねー」
「黒鋼の服の中じゃモコナ可哀想だもんね」
「お前ら好き勝手言うな!!」

怒鳴る黒鋼を三人は笑いながら見ていた。
どうやら黒鋼は呆れたらしく、名前たちをおいてヅケヅケと先を歩いて行ってしまう。

「黒るんは本当に怒りんぼうだよね」
「オレたちの挨拶みたいなものなのにねー」
「あっ、黒りん走った」
「こっち見ながら走ってるってことはー。黒たんなりの仕返しかなー?」
「ニヤって笑ってるしそうかもね」

「子供だ子供だー」とどこか嬉しそうに、名前とファイはモコナを肩に乗せて走る黒鋼を追い掛けた。
それを確認し、黒鋼は更に足の動きを速める。

まだ到着して間もない国の大通りを、三人は思い切り走り回ったのだった…。







三人とモコナは先ず服屋に向かった。
先を行く黒鋼を気にもせず「このお店入って服決めよー」とファイが店内に入って行ったので名前もモコナもそんな彼の後に続く。
黒鋼は若干慌てて三人の元へと駆け戻り、何とかはぐれずに済んだ。

「この服とかサクラちゃんにどうかなー」
「あぁそれいいかも!サクラなら絶対似合うよこの服」

フワッとした如何にも“お姫様”らしい上品な服を手に取っては「これしかないね」と二人は即決する。

「そう言えば黒鋼の姿が見当たらないけど…」

店内を見渡すと、奥の方に彼はいた。
まじまじと眉間に皺を寄せながらある洋服を見詰める黒鋼に思わず吹き出してしまう。

「黒様良いの見付かった?」
「あ?ああ」

服を取り、バッと名前の目の前にそれを持っていった。
上から下まで黒いその服に「黒りんらしい」と笑顔を見せると、彼は「お前も早く決めろ」とだけ言って店の隅の椅子に座り込む。

「名前ちゃーん。どうかなー?」
「あっ、今そっち行くねー」

ファイに呼ばれ、足早に彼の元へと向かう名前。
「来たよ」と試着室の前に立つと、カーテンの奥からファイがひょっこり出てきた。

「どうー?変じゃないかなー?って言ってももう買っちゃったんだけどー」
「それファイにすごく似合ってるよ!全然違和感ないもん。ファイは何着ても似合…」

そこまで言いかけて名前はハッと口元を押さえる。
自分はなんて恥ずかしいことを口走ってしまったのだろう。

突然俯いて走って行ってしまった名前の後ろ姿を見てファイはフッと微笑んだ。

「流石にあそこまで言いかけたら何が言いたかったか分かっちゃうんだけどなー」

人差し指で頬を掻くファイ。
正直なところ、彼女にそう言われて嬉しかった。


向こう側では、顔を赤くし恥ずかしそうにしながらも焦って服を探す名前の姿が。
そんな彼女の姿に無意識にファイの頬が緩んだ。

(そう言えばこれ、いつ返そうかなー)

首元に視線を落とし、彼女から受け取った“それ”に軽く触れる。

彼女が大事だと思う人にしか渡すことのなかったこのネックレス。
もしかするとこれを彼女の首にかけてあげたら、自分が彼女のことを大事に思っていると気付いてくれるのではないか?

そんな考えがファイの頭を過る。

例えその想いが彼女に伝わらなくてもいい。
大切なネックレスを名前に渡され、そしてそれを今度は自分が渡す───

それだけで今の自分はとても満足で、嬉しいんだ。

いまだに頬を赤くし、けれども真剣に服を探す彼女の横顔が、彼女が、とても愛しい。


気が付くと、自分の足は彼女の元へと歩き出していた。



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