「わっ」
「わっ!!……ファ、ファイ!驚かさないでよもう」

後ろから突然わっ、と肩を叩かれて驚く名前。
その反応を待ってましたと言わんばかりにファイは満面に笑顔を浮かべた。

「服決まった?」
「うーん。それがね、中々決まらなくて…」

早く決めないと黒様のご機嫌が、と続けると彼が「じゃあオレが決めてあげるよー」とにっこり笑ってはそう口にする。
それは良いかもしれないと思った名前は二つ返事でファイの意見を承諾した。

「何か希望とかあるー?こんなのがいいなぁとかー」
「強いて言うならわりと動きやすそうな服がいいかなぁ」
「動きやすそうな服かー」

あれも違う、これも違うとファイは次々に沢山の商品へ目をやる。
どんな服を選んでくれるんだろうと名前が胸を弾ませて待っていると、ふと彼の首元に目が止まった。

先日渡したあのネックレスを彼はまだ着けてくれている。
何故もっと早く気が付くことが出来なかったのだろう。

(さっきまでファイの顔すらまともに見れなかったからかな…)

自分が発した言葉が恥ずかしくて咄嗟に逃げて来てしまったのだ。仕方がない。

(もしかしたらあの後すぐ外しちゃったかもしれないとか思ってたけど…)

自分の宝物を未だに着けていてくれたことが何だか嬉しかった。

大事に思っている人だけにしか渡さないあのネックレス。昔から自分の中でそう決めていたことだ。
ファイは勿論そのことを知らないだろう。

だからきっと自分の気持ちにも気付いてないよね、なんて。
好きとか嫌いとかじゃなくて、単に大事なのだと。大切なのだと。
そんな一言すら言葉に出来ず、こんな方法でしか伝えられない自分が少しだけもどかしい。

(ファイの酔いが早く覚めますようにって言って渡した物だけど…)

そんな強がりみたいな言葉じゃなくて、もっと伝えたい言葉は沢山ある。
でも今は到底伝えられそうにもないし、伝わらなくていい。

自分には他に大切な人がいるのだから。
昔一緒にいたはずの、記憶を失ってしまった人。

(だから…ファイに気持ちが伝わらなくてもいいの)

名前が頭の中で色々と考えていると、「これとかどうかなー?」とファイが此方に笑顔で振り向いてきた。
名前も顔を上げて瞬時に険しい表情から笑顔に変え、彼ににっこりと微笑んで見せる。

「可愛いね。上品な感じ。それにこれなら多少無理な動きも利きそうだし最適かも。ちょっと試着してくるね」
「うん、待ってるねー。終わったら声かけて」
「了解」

ファイが選んだ服を片手に名前は試着室に入っていく。
まだかなまだかなーなんてファイは心を躍らせながら彼女が着替え終わるのを一人待っていた。



「お待たせー」

カーテンを小さく開け、顔をちょこっと覗かせる名前。
「可愛いねー。名前ちゃんによく似合ってるよー」と言いながら彼は彼女の頭を優しく撫でる。

「あぁ、そうそうー。あとこれも着ければもっと可愛くなるかなぁ」

ファイはそう言ってあのネックレスを名前の首にかけた。

何故ネックレスを返されてしまったのだろうか。
意図が全く読めずに困惑していると、ファイが名前の目の高さに合わせて屈んだ。

「ネックレス、嫌だった?」
「違うんだー。名前ちゃん言ってたでしょー、そのネックレスはお守りだって。だからオレは名前ちゃんに持っててもらいたい。危ないことするかもしれないんでしょ。オレは名前ちゃんにケガなんてしてほしくないけど、これだけは仕方がないよー。だからせめてこのお守りは。ね?」
「ファイ…」

目の高さが同じだからだろうか。普段話す時よりも近くにある彼の表情。
優しく微笑んではいるが、その目はとても真剣だった。
真剣に名前のことを考えていると恰も目が言っているかのように。

「危険なことをするかもしれないし、その上重い対価だって払ってまで叶えたい願いなんだよね、名前ちゃんにとって。それを目的として旅をしてる限り必ずいつか危険なことしなくちゃいけないんだからー。オレはこれ、この先も名前ちゃんにちゃんと持っててもらいたい」

彼の見せる表情がどこか切なげに見えてしまったのは気のせいだろうか。
まるで名前のこの先を案じているかのようだった。

「心配してくれてありがとう。頑張って願い叶えるよ」

柔らかく微笑む名前。右手にはぎゅっと強くネックレスが握られている。

ファイの蒼い目にはそんな彼女がとても強く映っていた。







「新しい服も全員分揃ったことだしー。とりあえずこの国のこと色々聞いたり他に必要なもの買ったりしようかー。何か必要なものってあるー?」
「特にはねぇな」
「魔女さんへのお礼も買えたし」
「名前ちゃんいつの間にー?」
「さっきの洋服屋さんで良い髪飾りを見付けたの。侑子さんのイメージにピッタリだったからつい買っちゃった」
「じゃあ後はオレたちと小狼君だけだねー、お礼」
「“たち”ってなんだ“たち”って!!俺はぜってー礼なんかしねーぞ!!」
「お礼しなかったら倍返しじゃなかったっけ?」
「黒鋼侑子にしばかれるー!」

名前とモコナの言葉に黒鋼は言葉を詰まらせた。
が、その直後「それでも俺は礼なんかしねー!!」とまたもヅカヅカと先を歩いて行ってしまう。

そんな黒鋼を、名前とファイは困ったように顔を見合わせ、彼の後ろを追い掛けた。



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