翌朝、ファイと黒鋼はそこら中に散らばっているお酒の空き瓶を余所にして話込んでいた。

名前はと言うと、蒼石が用意した別室でぐっすりと眠っている。

「なんか飲み続けてたら朝になっちゃったねぇ。この国のお酒っておいしーね。幾らでも飲めちゃうなぁ」
「桜都国でのありゃ演技か」
「んん?」
「酔っぱらってただろにゃーにゃーと」

そう言われてファイはあぁあの事かと思い出し、へにゃんと柔和な笑みを溢した。

「あれは本当ー。っていうかあれ実際にお酒飲んでたワケじゃないでしょー。遊戯内での出来事だし。まぁ、ああいうのも悪酔いって言うのかなぁ。魔術の呪文を無理矢理体ん中にいれられたのと同じ感じになっちゃったんだよー。……あー、納得してない顔だー。胡散臭い奴だなぁって思ってるでしょー」
「あぁ」
「やっぱりー。黒りん顔にかいてあるんだもーん」
「だとしても問題ねぇだろ」

そう言い右手に持っていた酒瓶を口に運び、ぐいと酒を流し込んむ。
直後、いつも通り笑顔のままのファイとは対に、黒鋼は真面目な表情で口を開いた。

「おまえも、勿論あいつも、腹割るつもりはねぇみてぇだな」
「…そうでもないかもしれないよ?とは言っても、正直名前の方はどうか分からないんだけどねぇ」
「…………」

黒鋼はそれには何も言わず、ただ相も変わらず笑みを貼り付けるファイを見つめるだけだった。

「…蒼石とやらがあの夜叉像の謂れを話していて『阿修羅』の名が出た。その時お前らが顔色を変えたのは何でだ?」
「…………」

少しだけ、ファイの表情から暖かさが消える。

何かを悟られないようにしているのか、或いは…
色々考えられることもあったのだが、そのどれもが当てはまるような気がした。

『阿修羅』というものが名前とファイの過去に何か影響しているということだけを、黒鋼は悟る。

黙りを決め込むファイだったが、ちょうどいいタイミングでコンコンという襖を叩く音が聞こえた。

「はーい!」
「失礼します。昨日は随分揺れましたが大丈夫でしたか?」
「はいー。頂いたお酒も美味しかったですしー」
「よろしかったら朝げをご一緒にいかがですか?名前さんは行くと仰っていたので今自室で身支度なさっていますが」
「あ、ならオレらも是非ー。ね、黒様ー」

ファイが尋ねると黒鋼は首を一度縦に振り、ゆっくりと立ち上がる。

向こうからバタバタという足音が聞こえてきた。
どうやら誰かがこの部屋に向かって来ているらしい。

突然蒼石の後ろからひょっこりと顔を出したのは他でもない名前であった。

「おはよう!ファイ、黒鋼!」
「名前ちゃんおはよー」
「おう」
「では、皆さんお揃いのようなので行きましょう。ご案内いたします」

部屋を後にして、三人は蒼石の後に続いた。

一人一人いくらかの距離を開けて歩いていると、「しかし、お酒お強いんですねぇ」と話を持ち出す蒼石。

「え、二人ともお酒飲んだの?うらやましー」
「お前は飲まないのが吉だったんじゃねぇか?お前が酔うと手に負えなくなるぞ」
「いやいやそんなことないよー。余裕余裕」
「じゃあ今夜名前さんにもお酒を…」
「いや、それはよしてくれ」

透かさず止めに入る黒鋼に、名前はブツブツと文句を言い始めた。

そんな彼らを少し離れた場所から見詰めるファイの表情から笑みが消え失せていたことを知るのは誰もいない。

「…まいったなぁ。見てないようで、見てるんだから」

小声でそう呟き、弱ったというようにファイは苦笑を漏らす。

すると名前がファイがいないことに気付き後ろを振り向いた。
「あ!」と言った彼女に、ファイは咄嗟に普段通りの笑顔を作る。

「いたいた!ファイー!どうしたの?」

トタトタと此方に駆け付けてくる名前の笑顔が昔の彼女と重なった。
自分は昔のことを引き摺り過ぎだ。そんなことは分かっている。
けれど名前のことは忘れられないし、尚且つ自分を忘れられたままなのはどうしても嫌だった。

「うーん、ごめんねー。何でもないからー」

上手く隠しているつもりではあったが、名前はファイの言葉に眉を潜める。

何でもないはずがない。
そうだと分かっている。
本当のことを言ってくれないのは自分が頼りないからなのか。

寂しさを感じつつも、それでも名前は「それならファイが何でも打ち明けてくれるようになるまで頑張ればいい」と胸中でそう言った。

まるで、昔の自分ように。
「思い出せない誰か」と仲良くなろうと一生懸命だったあの日の幼かった自分のように……。







「ん〜これやっぱり難しい〜」
「落ちるー」
「お箸は苦手ですか?」
「すみませんー」
「いいえ、お気になさらず。でしたら、ぶすって感じでこう…」
「ぶすって感じだって」
「うん、これなら食べやすいかもー」

普段器用なのに箸を使えないファイと、普段不器用でやはり箸を使えない名前の動きを黒鋼は素知らぬ顔で見ていた。

アホだな…と思いながら見ていた彼だが、突然廊下から足音が聞こえてきたので耳を立てる。
同じように、名前も耳を澄ませた。

「蒼石様!」
「お客様が御食事中ですよ」
「すみません!けど遊花区の奴らが!いきなり蹴飛ばして来やがったんだ!子供のくせにすげぇ蹴りだったんですよ!」

そこで、三人はピクリとする。
もしかすると、別れてしまった小狼のことではないのか。

「その上女だったのに!!」

あ、それは違うなと、三人の思考回路は全く同じだった。

「小狼君かと思ったんだけど違ったみたいだねぇ」
「女の子じゃないもんね」
「…………」
「どこにいるのかなぁ、小狼君達。こうやって会話が通じてるってことはそう遠くないと思うんだけど」





それから、どこにいるのか、どうすれば会えるのかと三人は考えた。
けれどもやはり良い考えは思い浮かばず、うーんと悩んでいたちょうどその頃。

大きな音を立てながら、昨夜と同じようにしてまた揺れが起こった。

「おい、空が割れるぞ!」
「どうなってんだ一体!!」
「やっぱり阿修羅像のせいだ!!」
「そうだ!これも阿修羅像のせいに違いねぇ!もう我慢ならねぇ!あの像ぶっ壊すしかねぇ!」
「おぉ!」

男達が盛り上がる中、名前とファイと黒鋼は複雑な表情を見せる。
しかし、その盛り上がりを静めたのは蒼石だった。

「やめなさい!」
「陣主!」
「たとえ争乱を呼ぶと言われていても神の像。壊すことは許されません!」
「けど蒼石様!」
「それより何故このようなことが起こったのか、そしてこれからどうなるのか確かめるほうが先です」

そう強く言い放ち、蒼石は踵を返し戻って行く。
静まり返る周囲には、空から聞こえる轟音だけが響き渡った。

「また姫の羽根が関係あるんじゃねぇだろうな」
「わかんないー。でも…何かとんでもない感じなんだけど、あの空の向こう」
「取り敢えずさ、蒼石さんに付いて行ってみない?」
「それがいいかもねぇ」
「だな」

三人は先を歩く蒼石を追い掛けた。



そして辿り着いた場所とは…

「夜叉像がまた血の涙を…」
「…とんでもねぇ殺気の塊が在る」
「…空の向こうにね。近づいて来てる」
「え、ちょっと待って!何これ、動しちゃうの?」
「おいおい、なんだ!?」
「移動するのー?」

突風が吹き、じわじわと体が浮くのを感じる。
まるで、ファイの言う「空の向こう」に引き寄せられる感覚があった。
これは間違いなく次元移動である。


そして突然次元を移動させられた三人が次に目にしたものは、とても大きな部屋にいる沢山の兵士らしき人物と、それの総帥かとも思える夜叉像によく似た男だった…



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