「ファイとの“記憶”」

一同が目を丸くする。
特に名前とファイは声を出すことができない程に驚いていた。

「何故ですか!?魔力をいくらか渡すとかではいけないんですか!?」
「それは無理ね。貴方の魔力は凄まじい。本来ならばファイと同じ魔力のはずなのにね。だからこそ、魔力が強いからこそ貴方の命に影響する」
「魔力を…半分預けるとかは…」
「駄目よ。莫大な魔力により死が遠くなっている…けれど、その莫大な魔力に名前の体は頼りすぎている。旅の途中で命を落とすのは目に見えているわ。しかも、半分だけでは対価にならない」

何も言えなかった。
やらなければいけない事があるから死ぬわけにはいかない。旅をしないわけにはいかない。
けれどそれには対価を渡す他無い。
そんなこと、ファイも分かっている。
だから今は精一杯の気持ちで、震える彼女の肩を抱き寄せた。

「それで、どうするの?行くの、行かないの?」

少しの間どうするか頭の中で迷うが、正直答えは既に決まっている。
恐怖と絶望と、それに悔しさを堪えて、新たな彼との思い出を作ろうとひたすら前向きに考えた。
きっと、いつか思い出すことができるはず───いや、思い出す。

「…行きます」
「なら…」

そう言い侑子は、名前の額に手を被せた。

「ファイ…ファイは私のこと、忘れないでね…」

両の目から零れ落ちる涙をファイは拭い、勿論と口にしキスをした。

これで当分の間は“さよなら”だね、と心の中で別れを告げる。





少しして、バタンと力なくその場に倒れ込む名前をファイが抱き止めた。

「名前…」
「大丈夫よ、眠っているだけ。それと、一つ聞いて。ふとした時に名前はファイの記憶を取り戻すことができるかもしれない…まぁ、旅が終わる頃か旅が終わった後になるだろうけどね」
「試したんですか?オレたちのこと」

侑子はそれには何も答えずにただ微笑むだけだった。

(名前のあの傷痕…ファイよりも魔力が強い彼女が生きていけるのはあの傷痕のお陰ね…)

「あなたはどう?自分の一番大切なものをあたしに差し出して、異世界に行く方法を手に入れる?」
「はい」
「あなたの対価が何かまだ言ってないのに?」
「はい」

真っ直ぐなその眼差しに、強い意志が表れている。
少年の、少女を抱き締める手に更に力が加わった。

「あたしができるのは異世界へ行く手助けだけ。その子の記憶のカケラを探すのはあなたが自分の力でやらなきゃならないのよ」
「……はい」
「…いい覚悟だわ」

すると先ほどここへ出てきた四月一日と呼ばれる男の子が、何かを抱えて外へ飛び出してくる。

「来たわね。この子の名前はモコナ=モドキ。モコナがあなた達を異世界へ連れて行くわ」
「おい、もう一匹いるじゃねぇかそっち寄こせよ。俺ぁそっちで行く」
「そっちは通信専用。できることはこっちのモコナと通信できるだけ」

その話を聞いた黒鋼はチッと舌打ちした。
ファイは名前の体が濡れないようにと、上着で雨を避ける。

次彼女が目覚めた時は、もう自分のことを知らない彼女なんだ。
そう思うととても悔しいし寂しい。
でも彼女を一番に想うなら、あの選択は決して間違いではない。
目を閉じている名前の姿をファイは悲しそうな表情で見つめた。

「モコナはあなた達を異世界に連れて行くけれど、そこがどんな世界なのかまではコントロールできないわ。だからいつあなた達の願いがかなうのかは運次第」
「けれど世の中に偶然はない。あるのは必然だけ。あなた達が出会ったのもまた必然。小狼、あなたの対価は…関係性。あなたにとって一番大切なものはその子との関係。だからそれをもらうわ」
「それってどういう…?」
「名前がファイとの記憶を失ったのと似たようなものよ。まぁ、名前は一つ一つ記憶が戻っていくわけではなく、ふとした瞬間に全てのファイの記憶を取り戻す。その“ふとした瞬間”を作るのはファイ自身だけれど」
「でも貴方が負うのは、それよりも重い対価…もしその子の記憶がすべて戻ってもあなたとその子はもう同じ関係には戻れない。その子はあなたにとって、なに?」

苦しそうな表情を浮かべ、少しずつ口を開く少年。
その彼の気持ちと今の自分の気持ちは似たようなものなのか、とファイは少しの間考えた。

冷たい名前の手を握り、きゅっと温める。

「幼なじみで…今いる国のお姫様で…俺の…俺の大切な人です」
「…そう。けれど、モコナを受け取るならその関係はなくなるわ。その子の記憶をすべて取り戻せたとしてもその子の中にあなたに関する過去の記憶だけは決して戻らない。それがあなたの対価。それでも?」
「…行きます。さくらは絶対死なせない!」
「…異界を旅するということは想像以上に辛いことよ。様々な世界があるわ。例えば」



─そこの三人がいた世界。
服装は見ただけでも分かるでしょう。
どちらのもあなたがいた世界とは違う。

知っている人、前の世界で会った人が別の世界では全く違った人生を送っている。
同じ姿をした人に色んな世界で何度も会う場合もあるわ。
前に優しくしてくれたからといって今度も味方とは限らない。

言葉や常識が全く通じない世界もある。
科学力や生活水準、法律も世界ごとに違う。
中には犯罪者だらけの世界や嘘ばかりの世界や戦の真っ最中という世界もある。
その中で生きて旅を続けるのよ。

何処にあるのか、何時すべて集まるのか分からない。

記憶のカケラを探す旅を──



「でも、決心は揺るがない……のね」
「…はい」
「覚悟と誠意。何かをやり遂げるために必要なものがあなたにはちゃんと備わっているようね。では…行きなさい」

そして“モコナ”に吸われて、侑子に見送られた五人は異世界へと旅立った。

「彼らの旅路に幸多からんことを」



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