(小狼)

─…前に見た夢と同じだ。前は子供だった。でも……

─おれと同じになってる



────……

「小狼君!!」

夢を見た。
前にも同じような夢を見たが、今度のは明らかに違っていたことがある。

もう一人の小狼が、確実に前より成長していたのだ。

魘されている小狼を心配するサクラ。
彼女は彼の名前を呼び起こしては不安そうな表情で小狼を見詰める。
小狼はフラりとベンチから上半身だけを起こした。

「起こしてごめんなさい。何だかうなされてたみたいだったから…」
「すみません」
「大丈夫?」
「はい」

そうは言ったものの、やはりサクラの小狼への不安は簡単には拭えない。
彼は優しいから、また自分に心配かけまいと本当のことを隠しているのではないかと余計に心配になってしまうのだ。
サクラの表情がより悲しそうに歪む。

「本当に?隠したらもっと心配になる」
「本当に大丈夫です。ちょっとヘンな夢を見ただけで」
「怖い夢?」
「怖いというか…」

続きを言おうとしない小狼にサクラは眉を潜める。
これだから余計に心配になってしまうのだ。

どうにかして彼を安心させたい。

そんな一心で彼女は小狼の右手を優しく包み、真っ直ぐ彼を見詰め直してこう口にした。

「あのね、この前のピッフル国の羽根で戻った記憶にあったの。怖い夢を見た時はね、こうすれば良いって神官の雪兎さんが教えて下さったの」

自身の額を、小狼の額に軽く当てるサクラ。
突然のことに少し驚いたが、それよりも照れくさい気持ちの方が小狼にとっては強かった。

頬を赤くしている小狼にサクラは全く気が付いていない。

「怖い夢、出てきて。小狼君の中から出てきて。わたしの中の良い夢、小狼君の中に入って。小狼君に優しい夢を見せて」

ぼんやりと小狼はサクラの顔を至近距離で見つめる。
心の底から自分のことを考えてくれているということが切に伝わってくる。
自分も、そんなサクラがやはり大切なのだ。こう言うときに改めて実感する。

二人の間には優しい空気が流れていた。

そんな時。
その空気を崩すかのように、向こう側から突然「ラブラブだー!」と聞き慣れた仲間の大きな声が耳に入ってきた。他でもないモコナの声である。

サクラと小狼は慌ててお互いから離れ、声のする方に顔を向けては急に無言になってしまった。
それを見るファイと名前が顔を見合わせ微笑んでいる。

「いや、あの!」
「小狼君が怖い夢見たって。あの、あのだから!」
「おまじないしてたの?」

ファイがにっこりと満面に笑顔を浮かべて尋ねると、二人は首をコクコクと縦に思い切り振った。
彼らの顔はどんどん赤くなっていくばかり。

「でもラブかった。ラブはいいねぇ〜」
「サクラと小狼君がラブラブなの見てると和むよね」
「そんなこと言って〜。名前だってファイと〜さっき〜ラブかっ…」
「わあああ!やめて!もういいから!!」

モコナがあまりにもピンポイントに突いてきたので、名前は大慌てで黒鋼の後ろに隠れた。

「おい」

黒鋼は後ろで何かから逃げるような体勢をとっている名前を怪訝そうに見ている。

「いや、だってモコナが…」
「そうしてたら逆に怪しいだろ」
「うーん。かと言ってあのままモコナの話聞いてたらきっと今頃私沸騰してるよ…」
「既に十分茹で上がってるがな」
「そんなことない」

名前が即答すると、黒鋼は「ふっ」と鼻で笑った。
「笑わないでよ」と名前が口を尖らせたところで、彼女はファイがこちらに歩み寄って来ていることに気が付く。

「名前ちゃん黒さまの後ろで何してるのー?モコナに何か言われたー?」
「ファイ、確信犯…」
「なにがー?」
「……分かってるくせに何を言いますか」

恥ずかしがりながら顔を背けてしまう名前を見て、ファイは満足そうに「ふふー」と笑顔を見せた。
この彼の屈託ない笑顔に名前が敵うはずもなく、とりあえず何とか話を違う方向へ持って行こうとする。

「ああ、そうそう!私たち色々街を見てきたよ!」
「どど、どうでしたか?」

小狼も小狼で、名前のように何とか話題を変えようと、不自然ではあるが相槌を打った。
そんな二人の様子をファイとモコナはニヤリと見ている。

「今まで行ったことのある国とはまた違ってたー。服はねー、こんな感じー」

ファイが指差す先には小狼とサクラの分の服を持つ黒鋼が。
彼の腕に飛び乗ってきたモコナを「おりろ」と睨み付けている。

「ねぇサクラ!サクラのは私とファイが選んだ」
「本当に!?ありがとう。楽しみ」
「私のと色が似てるから二人並んだら双子みたいって。ファイに言われちゃった」
「私もそれ、早く着たい」

ふふ、と満面に笑顔を浮かべるサクラと同様に、名前も照れくさそうに、そして嬉しそうに微笑む。

「小狼君の分もちゃんと調達してきましたー」
「ありがとうございます」

ペコリと律儀にお辞儀をする小狼。
そしてその直後、彼はモコナに真剣な視線を向けた。

「羽根の気配は?」
「まだ分からないの。っていうかこの国不思議パワーいっぱいなんだもん」
「不思議パワー?」

何だか分からないと言った表情でサクラと小狼は口を揃えてそう口にする。
二人に対し、ファイは分かりやすく簡単に返答した。

「モコナが歩いててもまったく問題のない国。でもってー、小狼君にとっては凄く良い国かもー」
「おれですか?」
「ねー黒様」
「ふん」

とにもかくにも、こんなところでジッとしていても仕方がないのでまず小狼とサクラはこの国の服に着替えた。

「この服可愛い」
「サクラによく似合ってるよ」
「名前さんも」
「ありがとう。これ、すごく軽くて動きやすいんだ」

両手を広げ、クルッと回って見せる名前を見てサクラは口元を緩める。

何だかこの国に着いてからいつも以上に彼女が楽しそうな気がするのだ。
しかしそれはサクラの気のせいではない。
誰の目にも今の名前はそんな風に映っていた。
もっとも、彼女が嬉しそうな理由に気が付いてるのはファイだけである。


準備も整い、一行は街へと繰り出して行った。



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