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- ナノ -
03

「…」

温かいお茶の入ったマグカップを両手で握りながら静かに息を潜める。
男の子の一人暮らしにしてはとても綺麗に片付いていて、柔らかくていい匂いの1DKの部屋に、先ほどの男の部屋とは大違いだなと感心する。白石くんはシャワーを浴びていて、水の音がこの部屋にいても聞こえてくる。その音が止まった時、心臓が早鐘を打つ。何を私は処女みたいな反応しているのか。別に期待をしているわけではなくて、どうやってお誘いをかわそうかヒヤヒヤしているのだが。

「さっぱりしたー。アオさん、ほんまに入らんくてええんですか?」
「あっうんうん、電車動き出したら帰るからお構いなく〜あはは、」
「遠慮せんでええのに。たくさん歩いたから疲れたやろ」

ゆっくりしてって。そう言いながらベッドに腰掛けて、さらりと私の髪の毛をすくい上げる白石くんにやばいよ!!と心臓は踊る。こんなのやらないはずがない、むしろやらなかったら後悔する。
でも、でも、謙也くんの友だちに手を出すなんて。そんなに男に困ってるわけでもないしなんでわざわざそこに手をつけるの?謙也くんのガッカリした顔を見たいの?
ビッチな私と後輩思いの私が脳内でせめぎ合いをかます中、白石くんは背後から優しく首元に指を滑らして行く。じんわりと背中に汗をかきながら目線はきょろきょろと忙しなく移ろう。

「アオさん、こっち」

白石くんの温かい手が頬に添えられてゆっくりと向きを変えて行く。後ろから抱きしめるように、覗き込むようにキスをしようとする白石くんの目には熱が篭っていて艶まかしい。石鹸のいい香りが鼻をくすぐる。その熱に当てられたように先ほどまでの葛藤なんて頭から消え失せて、とろんと目がとろける。さすが私。細かいことなんてセックスの前には全てどうでもよくなってしまう。馬鹿で単細胞で最低な女。

「…アオさん」

私の名前を掠れた低い声で呼ぶ彼。ぞくりとした。

「っ、ん…」

優しいキスがいくつも落とされる。ちゅ、ちゅ、としつこいくらいにリップ音が耳に届き唇は離れたりくっついたりを繰り返す。そんな軽いキスの嵐も、そのうち徐々にねっとりとした重たいものになっていって、首筋に落とされた唇からは温かくぬめりとした白石くんの舌が首筋から鎖骨までをゆっくりとなぞっていった。
肩を震わせる。だめ、汚いよと白石くんの肩をすこしおすが彼は動きを止める気配はない。
舌と唇で鎖骨や肩、胸元を擽る。今一度白石くん、と名前を呼べば顔を上げた彼と目が合った。非常に欲に濡れた目をしていた。

「アオさん、しぃ」
「でも、お風呂入ってないし…」
「静かに言うとるのに。アオさんは悪い子やなぁ」

そう言って唇と唇が重なり合う。唇の隙間を舌がなぞりいつの間にか侵入してきて熱く分厚い舌が口内を犯していく。歯列をなぞり、私の舌を絡め取るように、逃すまいと執拗に絡む舌。どっちの唾液かもわからないくらいぐちゃぐちゃに絡み合う口内は正常な思考をすべて溶かしていく。

白石くんらしい、優しいようにみせかけた少し乱暴でしつこいキスだ。荒々しいキスも嫌いではなかったがこういうねっとりとした、いやらしいキスが好きだった。

「っ、ん…ぅ」
「っ、は…謙也に見せてやりたい、アオさんのその顔…」

唇と唇が離れ、唾液が伝う。ぼんやりする頭でそれを眺めながら、すっかり雄の顔になった白石くんの腕の中に引き寄せられた。

「謙也くん、に」
「超、えろい顔しとる」
「私、そんな…」
「謙也、アオさんは清楚で純情って信じて疑わないんですよ。ほんまはこんなにビッチで淫乱やのにな」
「っ、わたしは、」

謙也くん。ぼんやりとする頭の中で、わたしに笑いかけてくる彼の姿が滲む。ビッチで淫乱なんて、その通りだ。何も反論はできないしするつもりもない。それでもやっぱり私は、謙也くんの前では純情で清楚で一途な私でいたくて。

「白石くん、…ごめん、やっぱ謙也くんの友達とは出来ない、」

今更かもしれないけど、一瞬のまやかしでも綺麗な私でいたいと思ってしまったのだ。
真顔で私を見つめる白石くんにきゅ、と心臓が縮まる。怒っただろうか、ここまで来て一回やってる相手に改めて断られたらそりゃ怒るよな。何にしろこの状況で誘いを断ることが出来たのは奇跡に近い。次同じような状況になったらきっと行為には及んでしまうだろう、そうならないためにも、ノットビッチの今出来ることは。

「それで、白石くんとはもうこういうことはできない。連絡先も消してもらえるかな」
「それは全部謙也のため?謙也が大事な後輩だから?」
「じ、自分勝手かもしれないけど…後輩の友達とは関係を持ちたくなくて」

もにょもにょと口の中で言い訳じみたものを言えば白石くんはやれやれと言いたげに首を左右に緩く振った。

「謙也ばっかずるいなぁ」
「ご、ごめん。私の後輩は謙也くんだけだから、大切にしたくて、」
「ふぅん、謙也だけ、ね」

白石くんは少し考えるように顎に手を置くと沈黙した。一体何を考えているのだろうか、まさかセックスを断る口実だとか思ってる?確かに理由にしてはかなり弱いというか、えっそんな理由?みたいな感じだけど、でも私が唯一の後輩である謙也くんを大切にしたいと思っているのは本当なのだ。この荒廃した生活の中で下心なく慕ってくれて、優しくしてくれたのは謙也くん、あの子だけだった。大切な後輩なんだ。

「あの、白石くん…」
「わかりました。ほな、セフレはやめにして俺もあなたの後輩になります」

目が点になるとはこの事である。
唐突に意味のわからないことを言われると思考も止まるようだ、ニコニコと笑顔で、ね?と首をかしげる白石くんは相変わらずイケメンだ。いや、そうじゃなくて。

「いや、ちょっと意味が…」
「俺元カノとかセフレと友達なれるタイプなんで心配せんでええですよ!」
「いやいや…え、えー」

いや冗談だよね?笑って突っ込むべき?悶々とする私を置いて白石くんはベッドにごろんと寝転がった。

「ふぁ、…流石にこの時間やと眠くなるなぁ、アオさんも一緒に寝よ」
「後輩とは一緒のベッドには寝ないから!」
「後輩…ていうか、謙也ほんまにヘタレなんやなぁ…なら俺下で寝るんでベッド使ってええですよ」
「えっ、いやそれは…」
「先輩にベッド譲るんは当たり前やろ?テキトーに風呂も入ってええんで好きにしてええですよ」

上機嫌で床にクッションを置いたりして寝床を作っていく白石くんにまじか、と肩の力が抜ける。まさか本当にただの後輩になるとは到底思えなかったが、気が抜けたら眠気が限界であることに気がついてしまった。とりあえず寝よう、寝て考えよう。重たい瞼を擦って、いやただの後輩ならお風呂借りるか…?と考え出したあたり、早速白石くんの術中にハマっているようだった。
後輩が2人、案外悪くないかも。私のビッチ属性、もしかしてここから大分剥がれていくのでは?この先のことを考えるとワクワクしてきた、これならいい夢見られそうだ。お風呂は起きてから借りよう、そうしよう。ベッドに転がり、なんの緊張も心配もなく眠りにつくのは実に久しぶりだ。一度白石くんの方に視線を移せば彼は既に目を閉じ眠りに入っていた。そんなに簡単なことだったんだ、よかった。安心したら重たい瞼はゆっくりと、閉じて行った。




「ほんま、アオさんって阿呆やな」

早くも聞こえてきた寝息に閉じていた目をゆっくり開く。ベッドの上で無防備に眠るアオさんの姿に乾いた唇を舐めた。その寝顔は安らかでどこか少し嬉しそうだ。よほど俺が後輩になると言ったことが嬉しかったのか。にしても単純というか、阿呆というか。

「かわええなぁ。」

この人はセックスからは恋愛は始まらないらしい。
謙也の存在が彼女の中でそこまで大きいだなんて予想だにしていなかったが、まあ結果オーライである。スタートは少しばかり失敗したがここから巻き上げる。
必ずセフレより、後輩よりも先の存在になってみせる。無防備に寝れるのは今のうちだけですよ。

「アオさん、好きです」

ゆっくり、確実に、彼女を手にしてみせる。
リップ音を立てて彼女の柔らかい唇にキスを落とした。



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