02

「つ、ついた〜…」

精魂尽き果てるとはこの事だろうか。やっとの思いでたどり着いた駅前に達成感で胸はいっぱい、感動すら覚える。ヘトヘトに草臥れた身体と鉛のように重たい足。無駄に高いヒールのせいで土踏まずは突っ張り悲鳴をあげている。もうこれ以上歩けない、無理、立つのもしんどい。近くのベンチにどかっと色気もクソも無く腰を下ろした。

「し、しぬ…」

40分くらいだろうか、ヒールが完全に私の足を引っ張っていたのは一目瞭然だ。なかなか進まない歩幅とスピードで歩いている最中考えていたのは駅に着いてからのことで。謙也くんが来てくれる可能性と、来てくれてても帰ってしまった可能性と、来てくれてない可能性。いてくれればもう最高にハッピーだが、その確率は極めて低いだろう。だから主に駅から一人で帰る方法を考えていたのだが、無難に始発まで待つ事に考えは落ち着いた。通行人にお金借りるのも考えたが時間的に少し待ってれば電車は動き出すのだ。電車賃は足らなかったら最悪駅員さんに相談をすればいい、無理なら警察。まあ、結果駅まで辿り着いたのだからもうなんでもいい。私はもうすでに最高にハッピーである!

「…アオ、さん?」

そして、そんなハッピーな私に降りかかるさらにハッピーな出来事。もしそうなら、もうこれ以上ないってくらいのご褒美だ。私の名前を呼ぶ声に信じられない気持ちと期待で満ちた気持ちが一気にパラメーターを突っ切って、焦らすようにゆっくりと振り返った。先にいたのは、

「…」
「うわぁ、ホンマ、来てよかった…」
「えっと…、あれぇ…白石くん?」
「お久しぶりです、アオさん。大丈夫でした?」
「久しぶりだね、大丈夫って…えっと…?」
「だいぶ時間掛かったみたいですけど、もしかして歩いてたんですか?」

どうやら彼は偶然居合わせたわけではないみたいだ。謙也くんの友だちの、白石くん。彼とは謙也くん繋がりで何度か飲みに行ったことがあるが、まあご察しの通り既に手はつけております。イケメンの顔と名前は忘れないタチだが、謙也くんの友だちということもあって連絡は一切断っていたので最後に会ったのは半年以上も前のことだ。大分懐かれていたのだが、私が彼からの連絡を無視どころかブロックして届きもしないようにしていたのは知るのだろうか。まあどっちでもいい、なぜ謙也くんでは無くて、彼がここにいるのか。問題はそこのみである。

「あの、あれぇ…おかしいな。…謙也くんは?」
「近くの居酒屋で謙也と他のメンツで飲んでたんです。いまは潰れて寝とりますよ。電話出たのおれ」
「あー、えっあれ白石くんだったの?」
「俺も酔ってて。謙也、電話出れる状態ちゃうかったし代わりに出たろ思って出たらアオさんやし。どこにいるか聞く前に切れてもうたし。めーっちゃ心配してたんですよ」
「あー、そっか、うんそっか。白石くんだったか…気がつかなかったな」
「それより足、みして」
「えっ、まっ」

私の返事を待たずして白石くんは座る私の足元に膝をついて、王子様よろしく私の足を確認すべく膝裏に手を滑り込ませ優しく持ち上げた。
冷たい白石くんの手にひゃ、とつい声が漏れる。白石くんはそれに対してニコリとだけ笑うと今一度持ち上げた足に顔を近づけまじまじと見つめた。

「ちょっ、さすがに恥ずかしいんだけど!」
「これは…あちゃあ、アオさん、よう頑張ったな。えらいえらい」
「偉い…うん、私頑張った…」
「足ボロボロやし、これじゃもう歩けんなぁ」

白石くんはするりとヒールから足を救い出すと優しいキスを足の甲に落とした。うわっうわっ、と顔に熱を集めて足を引っ込めようとするが、膝裏から支えられているためそんなうまく行くはずがなく。

「汚いよ!」
「汚いなんてことあらへん。綺麗や」
「…」
「ほんま頑張ったなぁ、もう安心してええですよ」

俺がおる。そう優しく優しく笑うから不覚にも胸が締め付けられ、まるで脳天に稲妻が走ったかのような衝撃を感じた。優しくされるのに弱いのだ。
窮屈なヒールから両足を解放してくれる白石くんはさながら王子様だ。シンデレラの王子様とは逆に、靴を脱がす王子様だけれど。

「ほな、行きましょか。おいで」
「えっ、おんぶ?!あっ歩けるし、さすがにこの歳になっておんぶは…」
「つべこべ言わんと、はよ乗る。靴だけ持って、他の荷物は俺が持つから」
「…は、はい」

有無を言わせずに白石くんは私の前に屈んで待っている。午前四時前、流石に人の気配が全くない。それだけが救いだろうか、ええい羞恥心なんて捨ててなんぼだ。お願い致します、と蚊の鳴くような声で言って白石くんの背中に体重を預けた。

「了解です、しっかり捕まってくださいね」
「はい…」
「タクシーおるし、よかった」

タクシー。その単語を聞いてある一つの可能性が過ぎる。この感じからして白石くんは私にだいぶ懐いている、しかし謙也くんたちが居酒屋で潰れながらも白石くんの帰りを待っているのだ。さすがに置いて帰りはしないだろう。そこで一緒に帰るという線は消えるが、できる男ならばタクシー代をさっと支払ってお礼はまた今度食事で。とかいうのではないだろうか。いや、大学生に期待をしすぎか?もんもんと白石くんの背の上で悩みながらも気がつけば目の前にはタクシーが用意されていた。

「はい。のってのって」
「あ、ありがとう。あの、タクシー代…」
「ええよええよ、俺払うから。」

ありがたや。ここから自宅までのタクシー料金を軽く頭の中で計算してから素直に感謝をする。意外と高くつくんだなこれが。本日痛い出費をしたことを考えると、今度余裕があるとかにでもお礼をしなくちゃなぁとタクシーのふかふかの椅子に深く座った。

「そんじゃ、運転手さん。出してください」
「…あれ」
「どないしたんですか?」
「白石くん、なんで乗ってるの?」
「そんなん、俺んち場所わからへんでしょ?鍵もだし、そんなら着いてった方が早いかと思いまして。」

謙也くんは…?プルプル震える手でヒールを握る。
そうすれば輝く笑顔で私の手をぎゅっと握る白石くんにくらりとめまいがした。

「そんなん置いて行くに決まってるやないですか。いっつも介抱役やってるんやし、今日くらい逃げてもバチあたらへん」

文句は言えないんだけど、文句は言ってはいけないのだけれど!
家に着いた後のことを考えて胸がざわつく。大切な後輩の友だちだから、距離を取りたかったのは事実だし、それでも一番始めにセックスをしてしまった私が全ていけないのだけれど、でもやはり私には私なりのルールがあって。
ちらりと横目で白石くんを確認するとばっちりあった視線に慌てて目をそらす。申し分のないイケメンだ。出会い方が違えばいいセフレ関係が築けただろうに…タクシーの窓から見える、流れる外の景色にぼんやりと思いを馳せた。

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