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「俺が2人の記念日覚えとった理由が俺の誕生日と同じって、ほんまはちゃうって言ったらどうする?」

「…白石?」

やけに真剣な眼差しで尋ねる白石に、なんだろうと不思議に思う。白石の射るような真っすぐなその視線に質問の内容なんてあんまり頭に入ってこなかったし、そもそもの意味がよくわからない。

起き上がろうと上体を起こす私に無言で手を差し出す白石。静かにその手を取って身体を起き上がらせれば視線は近く絡まる。先ほどまでの和やかな空気は何処へ、気がつけば太陽は雲に陰り、2人の間に吹く春の風は冷たく頬を撫ぜた。

「3年前の4月14日。俺の誕生日に、ずうっと好きだった子が俺の親友とくっ付いた。忘れたくても忘れられん日になったんは、西野のせいや」

悲しそうに、哀しそうに口の中で呟くよう白石は言った。
彼が口にした、まるで悲しい恋の物語を読んでいるかのような、そんな話はいまいちぴんとはこない。まさか自分の事だなんて思いもしないし、考えられもしないがただ悲しそうに話す白石は、不謹慎かもしれないけれどとても綺麗だなと、ぼんやりと思った。

「守りきれんかった俺が悪いんはわかっとる。陰口叩かれて、妙ないじめや噂に耐えられんくて俺から離れる西野を追いかけることなんて出来んかった。大切な友達を守る術なんて、それくらいしか思いつかんかったし、これでええって疑いもせんかった。せやけど。あの頃の、悲しそうに笑う西野がずっと、何年も前から、今でも頭から離れないんや。」

今は本当はこんなに、綺麗に笑えるんにな。
泣きそうに笑って私の頭を優しく撫でる白石に全身の血が沸くような感覚を覚える。優しい手のひらは大きくて温かい。きっと私が彼から逃げたせいで、彼は何年も1人で苦しむことになったしまったのだ。
そうだ、確かにあの頃の私たちは、お互いを大切な友達だと思っていた。私たちはお互いに、手放してはいけなかった人だったのかもしれない。
でも。それも、すべて過去の話になってしまうのだけれども。

「白石、」

「ほんまに、俺は阿呆や。失って初めて気がついて。気がついたくせにそれを取り戻す勇気もなかった、こんな自分嫌なるわ」

「…今まで、気がつかなくてごめんね。白石がそんなに悩んでたなんて私…」

「西野はなんも悪くない。未練がましい俺があかんのや」

おれ、女々しいなぁ。今にも崩れてしまいそうな弱々しい笑みを浮かべて私の頬に手を添える白石。温かい手のひらは冷たい風によって冷やされた頬をじんわりと温める。その手のひらは、ひどく優しくてまるで自分が宝物のように扱われているような、そんな錯覚さえも起こしてしまうほどで。

ぐっと辛そうに歪められた顔はいつもの余裕は見えない。こんな白石、初めてみた。他の女の子にも同じ顔を見せたりしているのかな。それだと、少し嫌だな。
白石の手に自分の手を添える。先ほどまで繋いでいた手の筈なのに、なぜだか同じ手だとは思えない。意識しているせいか、妙な罪悪感に胸はざわつくが私にはそれがお似合いだ。間違ったって、ときめいたりなんてしてはいけない。だって、私には謙也がいるから。

「…ありがとう、話してくれて」

「ありがとうって…なんやそれ」

「…白石、」

「…こんなん、今更言ったってなんも変わらん。むしろ西野を困らすだけやん。なに、俺のこの話は西野にとってそんなにどうでもええことやった?伝えたところでなんも関係あらへん、今までどおり?…そんなんじゃ、…あかんねん」

「…」

「困らせたいわけちゃう、けど、わからん…もしかしたら困らせたいのかもしれへん。少しでも俺のこと、考えて欲しい、のかもしれん…ごめん」

ぐい、と手を取られて強く握られる。始めはまくし立てるよう話す白石だったが段々と弱くなっていく語尾と握る手がどうしようもなく切なく感じてしまって、胸がキリキリと締め付けられる。
本当に辛そうに、痛そうに話すから。聞いている私まで胸が痛んでいく。泣きそうな顔も、弱々しく握られた手も、全てが白石の影を濃く映し出していて。

「白石、泣かないで」
「…凪。なあ、俺じゃ、あかん?」

あの頃のように私の名を呼ぶのは、私の知らない男だった。
絞り出すように伝えられた言葉は深く胸に突き刺さり言葉に詰まる。迷う事などないはずなのに、すぐにごめんと言えない自分が憎い。

突き放すつもりだったのに。聞かないはずだったのに。こんな思いをするくらいなら、全て無かったことにすべきだった、聞かないべきだった。頭を過る謙也の笑顔は陰る。私は迷える立場ではないのだ。

「凪、お願い。聞いて」
「まっ、て…私には謙也がいる、から」

謙也がいるから。口からついて出た言葉はそんな、逃げるように言い訳をするように当てられたちんけなものだった。

「…だから、なに?」
「白石…?」
「謙也がおるからなに、あいつの代わりなんていくらでも務めてみせる。いつだって隣におるし、あいつ以上に凪を大事にする、愛したるから、俺がおるから。」

悲しませたりなんてさせない。
揺れる瞳が私の目を射抜く。力強い言葉が脳を揺さぶるようにしてくらりとした。

「せやから、ほんまに…凪が好きなんや」

その直球な言葉に頭は正常な思考が出来ないみたいにぼんやりとする。だめ、いくら揺さぶられようともここで簡単に流されるわけにはいかない。
グ、と白石の胸板を強く押し返す。そうすれば簡単に離れた手と距離。それに反して強く私を見つめる白石に居心地の悪さを感じてその視線から逃げるように目を逸らした。

「私は、その…ごめん…」
「…まって」
「…白石」
「頼む、いわんといて」

私の言葉を遮る白石は困ったように、悲しそうに、観念したと声に出さないまま眉を寄せて笑っていた。
私が白石の申し出を受けないことくらいきっとわかっていたのだろう。それはそう簡単に何かを切り捨てられない私の性分を知ってのことだと思う。どれだけこの三年で謙也との仲が冷えて、お互いがお互いに飽きてしまって、二人の付き合い始めた日も忘れてしまうほどに関心がなくなったとしても、そう簡単には切り捨てられないのだ。切り捨てるということは今までの全ての思い出と、想いと、2人で歩んできた道のりをも切り捨てるということ

「謙也のこと、大切に思っとるんはわかっとるし、そう簡単に別れるっちゅー選択なんてできへんこともわかっとる。俺が凪にとってトラウマになりつつあるのも知っとる」

「わかってるなら、」

「わかってる、けど…なあ、お願いがあるんやけど」

「…お願いって、」

「俺の最後のお願い」

白石は私が切り捨てられない性分なのをわかった上でお願いをしてきているみたいだ。そして、流されやすいという性分さえも理解しているようで。
泣きそうな顔で懇願しもう一度私の手を握る白石の手を、私は振り払うことができなかった。

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