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「うっわ、いい天気・・・」

家の鍵を掛けて、靴のつま先を整えた。
日差しの下へ出た途端につい意図せず口から洩れてしまったため息交じりの独り言は、春の陽気に溶け込んでいく。
4月らしい少し冷たい空気に、温かい太陽の光が心地よい。眩しすぎるその太陽光に目を細めて、雲一つない青い空を仰いだ。
今日はなんと天気のいいことか、先日のような肌寒さもそれほど感じず、風が吹かないせいか少し暑いと感じるほどの陽気だ。こんな日に二人で出かけることができたなら、よかったのに。過ぎたことを思っても仕方ないのは重々承知だ。もうやめよう、今日は憂さ晴らしのため一人で好きなことをすると決めたのだから、もう切り替えよう。そうやって、沈みかけた気持ちを立て直した時だった。


「…西野?」

私の名を呼ぶ声にはっとする。
どこか聞き覚えのあるその声に弾かれたように振り向けば、そこにいたのは同じクラスメイトであり、ご近所さんでもある白石蔵ノ介だった。

予想だにしていなかった蔵ノ介の登場に思わず心臓が跳ねた。ご近所さんとはいえ中学校へ上がってからは世間話さえしなくなったし、クラスメイトとはいえ今年のクラス替えはつい先々週あたりの出来事だ。まともに会話をするのなんて本当に何年ぶりだろう、久しぶりにこうやって顔を合わせる。

「おはようさん」

「あ、うんおはよう」

それにしても相も変わらず彼は律儀な性格のようだ。学校では話をしないのに近所で会えば挨拶をするだなんて、私には到底真似できそうにもない。

蔵ノ介は挨拶だけではなくなんとなく立ち止まってこちらを待っている様子だったので、私も駅の方向であるそちらへと足を向ける。近くに寄ると彼の身長の高さに正直驚いた。私の知っている蔵ノ介はもっと小さくて、それこそ私よりも身長が低かったから。今まで同じ学校に通っていたから彼がどれほど成長し身長が伸びたのかはわかっていたはずだったけれど、いざこうして正面から見上げる蔵ノ介の姿になぜだかとても居心地が悪く感じた。


「なんか久しぶりだね」

「久しぶりって。同じクラスなってしばらく経つやん」

昨日会っとるし。そうきれいに笑う蔵ノ介につい目が奪われる。本当に、私が知る小学生の蔵ノ介は何処かへ行ってしまったみたいだ。

高校3年に上がった今では、彼のことを知らない女生徒はいないのではないかというほどに彼は校内で絶大な人気を誇っていた。
それもそのはず、きれいに整った顔立ちに運動神経抜群。身長も高く性格も問題点などはなくむしろ良い。更にテニス部部長まで勤めている。こんな、まるで少女漫画のヒーローみたいな男を誰が放っておくというのか、そりゃ憧れの存在にもなるはずだ。


「話すのは久しぶりじゃん」

「ああ・・・西野がいきなり避けだしたからなあ」

「それは人聞き悪いよ。く……白石といると、何かと不便だったから。仕方ないよ」

そう、全ては仕方がないことだったんだ。居心地悪さに苦笑いを溢しながらそう言えば、白石もまるで苦虫をみ潰したような笑みを浮かべた。

ご近所ということで仲が良く、何かと行動を共にすることが多かった小学生時代だったけれど、学年が上がるごとに男女の差が出始めてきて、周りの同級生たちに私たちが囃し立てられるというのは予想に容易い。

白石は小学五年生の時には既に生まれつき整った顔立ちと、その何でもできる器用さから女子にとてもモテていたし、それのせいで私は彼と一緒にいるだけで囃し立てられるどころか妙な噂の一人歩きから陰湿ないじめにまで巻き込まれていた。

結局疎遠になったのはその時期からで、中高と順調にクラスも被らず(まあ学校自体は中学どころか高校まで一緒になってしまったのだけれど)私の人生は平凡に平和に静かな道を歩んでいたのだ。
もしも、ご近所さんじゃなかったら。もしも、周りに囃し立てられることなく今も隣に白石がいたら。きっと私は白石に恋をしていたかもしれない。それこそ少女漫画のような物語をもしかしたら今頃歩んでいたかも。それは今ではありえない結末なのだけれど。


「それで、どこか行くの?」

シャツを着用して手には何も持たず、財布をポケットに突っ込む白石に尋ねる。
見慣れない私服姿に、イケメンはやっぱり何を着てもイケメンなんだと目を細めた。

「いや、コンビニやけど。西野こそ、デート?」

「謙也は東京だよ、私はちょっと買い物にでも行こうかなって」

「……あれ?」

「?」

目を丸めて不思議そうに首を傾げる白石。その姿にどうしたの?と尋ねてみれば、白石は言いづらそうに目線をきょろきょろと逃がす。
一体何だろう、変な反応に訝しく思う。白石はそんな私の視線に気が付いたのか、早々に観念したように息を吐いていやあ、と曖昧に言葉を濁しながら言う。

「今日はほら、記念日なんやろ?」

「えっ、なんで知ってるの」

「あー・・・んと、謙也が言っとったから」

そういえば謙也と白石は同じテニス部で仲が良かったけ。
よく謙也の口から白石の名前が出てきていたことを思い出してなるほどね、とうなずく。
それならば多少愚痴っても怒られやしないだろうか、大切な記念日を忘れて他の予定を入れてしまう謙也の事なんてもう知らない、と白石に対して愚痴を言っても許されるだろうか。
相手が幼馴染とは言えど久しぶりに話をする相手だということなんてさっぱり忘れ、誰かに聞いてもらいたかった不満がぐるぐると喉の奥で渦巻く。結局そんな欲求には逆らえず、それがさ、と勝手に言葉が出てくる始末である。…いや、ちょっと待って。不思議そうな顔で私の話を聞く体制に入ろうとする白石の姿に、いやいや待て待てと我に返る。
そういえば、謙也は記念日なんて忘れてたのに白石に言えるはずないじゃん。
吐き出したかった不満は驚くほど綺麗に消えてしまう、そのかわりに浮かび上がるのはただただ純粋な疑問で。なんとなしに白石をぼんやりと見つめてあのさ、と口を開いた。


「謙也、記念日忘れて予定入れてたんだけど」

そういえば、顔を青くさせる白石に、一昨日の謙也と同じ顔してるなと笑う。
白石は慌てたように目線をあちこちに泳がせて必死に言葉を探すように、口をぱくぱく開閉させていた。

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