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キモいよ!白石くん

※log 「キモいよ!白石くん」リテイク作品




「っは、ぁ……な、なあ、……なあ。さ、触っても、ええ?」

 もう一体全体何がどうなってるのか、誰か教えてほしい。
 はあはあと息を荒げ、肩で息をするクラスメイトの姿に背筋が凍り、鳥肌が止まらない。紅潮した頬も、蕩けそうなその瞳も、全て視界からシャットアウトしたくて視線を逸らした。俺たち以外誰もいない教室内は静かで、白石の荒い呼吸の音だけが沈黙の間に流れる。それがまた、より一層不気味だった。
 なんなんだ、これは、この状況は。一体、何が。

「ぁ……あ、あかん……? あかんかった……!?」
「えっ!? えっと、いや、……は……?」
「あの、ほんまにちょっとだけ。少しだけでええから、本当に少しだけ、……あかん?」

 切なげに寄せられた眉。長い睫が震えて、何かを懇願するその姿になんて返せば良いのかわからなくなる。白石はそもそも何の許可を取ろうとしているんだっけ。冒頭の更に前、事の発端を思い返していこうと思う。
 帰宅部の俺が放課後になっても尚、学校にいる理由とは、6時間目の体育の授業で盛大に転び、頭をぶつけたためだった。放課後まで保健室で休んでいた俺は教室へ戻った。体操着から制服に着替えようとしたところで、白石が教室へ現れたのだ。今思い返せば、初めは普通の会話をしていた気がする。大丈夫? だとか、災難やったな、なんて声を掛けられた気がするが、コミュ症の俺が出来る返答と言えばたかが知れている。目線を合わせないまま頷くくらいしか出来ない俺に、白石は微笑み「ほな、お大事に」と爽やかに教室を出て行った。と思っていた。だから俺は安心して体操服を脱いで、制服に腕を通そうとしたのだが。

『あ、そういえば青、授業のレポ…………』
『えっ、あ、うん、なに?』
『……………………』
『……あの……そんなに見られると、恥ずかしいんだけど……』
 そうだ。その直後から白石の様子がおかしくなったのだ。顔を真っ赤にしたかと思うと、あからさまに動揺し、ごめん、だとか、ありがとう、だとか。いや今思えばありがとうってなんだよ意味分からない。そして果てには触らせてほしいとか言っていたな。え、なにを?

「あの、一体なにを触ろうと……」
「!!!!!」
「ヒッ」

 がたん、と盛大に机を揺らした白石に心臓が大きく跳ねた。身体を固めて言葉を失ったままの俺に、何かを察したらしい白石が驚愕に目を見開き両手で口を覆う。
 おかげで騒々しい呼吸音は聞こえなくなったけれど、目を見開き、黙り込んだまま俺から一切視線を外さない白石が本当にわけがわからないので全く状況は改善していない。むしろ混沌を極めている。頼むから黙ったままそんな顔でこっちを見ないで欲しい。

「……な、なに?」
「!!! ご、ごごご、ごめん……っ、いきなりこんなん、あ、あかんかったよな、自己紹介もせず……! あ、あの、俺、同じクラスの白石ってもんやけど、っ」
「いや知ってるけど……」
「!!!??? し、しって……!?」

 いや、知ってるっていうか、さっきまで会話したのに何を今更。
 俺のような地味で、平凡で、クラスの端っこでスマホゲームをするようなクラスの底辺ならまだしも、白石蔵ノ介はクラスどころか、学年でも有名な男だ。性格が良くて、顔が良くて、成績も良いテニス部の部長。ギャグ線は微妙らしいけれど、そんなのどうだってよくなるくらいのパーフェクトヒューマン。それこそ白石の事を知らない奴なんて、この学校内にはいないのではないだろうか。
 白石の青いのか赤いのかもはやよくわからない顔色に少し心配になる。生きてる人間の紫色の顔色って中々お目にかかれない。

「……大丈夫? 顔色やばいけど」
「っ、ぐ……」
「えぇ……」

 ぐ……ってなんだよ、ぐ……って。胸の辺りを抑えて蹲ってしまった白石に本格的に不安になって、思わず身を引いてしまった。白石の身の安否も心配だったけれど、自分の置かれた意味分からないこの状況に対して、胸の奥辺りがざわざわしてきた。結局なんなんだよ一体。

「保健室、いく? まだ先生いたし、歩けないなら呼んでくるけど……」
「まっ……だ、大丈夫……、青に心配されてる思うたら、呼吸が、辛くて」
「え? 俺からの心配で呼吸困難に? あまりにも酷……ごめん、余計なお世話だった?」
「ちゃう!!!! あー、う……その、ちゃうねん、あの、せやからな、」
「……うん」

 その後も白石は、あーだとか、うーだとか、意味を成さない言葉を発するだけで話が進むことはなかった。なんだろう、もうこれは放っておいていいのだろうか。
 真っ赤な顔をして顔を覆ったり汗を拭いたり、その場でじたばたと暴れ回るクラスメイトの姿をぼんやり眺める。俺の知ってる白石のイメージが徐々に崩れ落ちていく。本当はこんな奴だったのか、それとも今日の白石が特別おかしいのか、これまで交流したことのなかった俺にはわからない。一つわかることと言えば、少なからず今目の前にいる白石はちょっと……いや、かなりおかしいってことくらいだろう。
 そろそろ待つのもしんどくなってきた。相変わらず白石の言葉は要領を得ないし、俺もさっさと帰る支度を済ませて下校したい。放課後になってから既に一時間以上経っているのだ。
 窓の外は夕焼けに赤く染まり、教室全体を茜色に照らし出していた。直に暗くなることだろう。腕を通したシャツの前を閉めようとボタンに指を掛けた、その時だった。

「っ青!!!!」
「えっ!? なに!!?」
「触らない、から、あの……体操服、借りてもええ……?」
「え? なに、さわ……、? えっと、体操服? いいけど、授業で汗かいちゃったから綺麗じゃないよ」

 突っ込みどころが多すぎる。全てに触れていたら話が全然まとまらないので、突っ込みは諦めることにした。
 先ほど脱いだばかりの体操服を白石へ手渡す。心なしか受け取る手が震えている気がしたが気のせいだろう。それよりも体操服なんて一体何に使うんだろう、そう思って白石に目を向けて、後悔をした。

「っ、し、」

 受け取ったばかりの体操着を二、三度撫でたかと思うと、白石は布地へ顔面ダイブをした。いや布地へ顔面ダイブってなんだよ。スウーーー……と息を大きく吸い込む音に、時が止まる。止まった時は中々動き出さない。体操着へ顔を埋めた白石の旋毛を凝視したまま。俺は言葉を失ってしまったようだった。

「スウーーー………」
「いや、いやっ!!!! ちょっ、しらっ、え!? なっ、なにやってんの!?」
「……。スウーー……」
「いや聞いて?! 吸い直すな!!! やめろ!!!!」

 絶叫しながら白石の腕から体操着をひっぺ返す。汗で若干湿った体操着を守るように腕に抱え込むと、ふんわりと知らない匂いが香った。どうやら今の一瞬で白石の匂いが移ったらしい、いやそんなことはどうだっていいんだ。驚いたように目を丸め、俺を見つめる白石に、なんでお前がそんな顔してるの? 驚いてるのは俺の方だよ? 俺と白石との間に小宇宙が展開されていく。いや、全く意味がわからない。誰か助けて。

「な、なな、なん、なんなの、なにしてるの……? えっ、白石、だよね、どうかしちゃったの……? 俺、なんか匂った…?」
「……あかん」
「あかん、って、なにが……、え……ひぃ!?」

 不意に白石の股間部が、ズボンを押し上げてしっかり主張しているのが視界に入ってしまい、情けない悲鳴が漏れた。同じ男性同士、それが一体どういう意味を持つのか痛いほどわかってしまうのが余計に頭を混乱させる。体操服をきつく抱きしめたまま、なるべく白石を視界に入れないように俯いて一歩、二歩と後ずさる。やばい、こいつまじでやばい。絶対に近寄ったらまずいことになる。逃げなくちゃ。逃げなくちゃ……。

「お、おお、おかしいよ、おかしいよお前……、どうしちゃったんだよ……」
「何もおかしいことなんてあらへん」
「っ、なっ、なに、なんなの……?」

 せっかく作った距離も、白石は大股で詰めてくる。逃げる暇も無く腕を掴まれてしまった俺はまたも身体をかちこちに固めて、白石を凝視するしか出来ない。
 そんな俺を、白石は酷く冷めた目をして見つめていた。まるで俺を見下ろすような視線に背中に冷たい汗が伝い落ち、無意識に喉が鳴る。現実逃避のように脳裏に過るのは、ヘビに睨まれたカエルの図。おれ、かえる。

「いつも、いつも考えてたんやで」

 掴まれた腕が熱いのか冷たいのかもうよくわからなかった。ただ白石の綺麗に整った顔から目が離せなくて、白石もまた、まるで瞬きさえ惜しいと言わんばかりに瞳一杯に俺の姿を映し出す。

「いっつも頭の中では青にいろんなことして、青も俺にしてくれてんねん」
「っ、し、しら……」
「全部自分の妄想っちゅうことも理解しとる。けどたまに、夢と現実があやふやになってまう。気をつけなあかんなぁ、って思っとったんやけどなぁ」
「白石っ、」

 胸の辺りがぐるぐるして気持ち悪い。白石のその目に自分の姿が映り込むことさえ許せなくて、俺は掴まれていた腕を振り払った。予想していたより簡単に離れる白石の体温と、腕に残る掴まれていた感覚が恨めしくて、気色悪くて、足が震えてくる。こんなの、夢だ。全部嘘だ。何かのドッキリだ。何の罰ゲームだ。クラスメイトの男が俺をおかずにしていたなんて、信じたくない。

「おまえ、おかしいよ……っ、目覚ませよ、」

 震える声は笑っちゃうくらい弱々しくて情けない。絶対お前だけは守ってみせるから、とお尻の穴をきゅっと閉めて、机の上の自分の荷物を慌てて両手にかき抱いた。

「青、それはちゃうよ」
「っ何が、違うんだよ!」
「目、覚ましたところで俺はもう戻れへん。青を初めて見たときから、俺もうずっとおかしなってた。今更、戻ることなんてもう無理やわ」

 困ったように眉を寄せて、甘い笑みを浮かべる白石に衝撃が走って開いた口が塞がらなかった。
 悔しいけれど、どんなに変態でも気持ち悪くても、顔がいいせいで目が奪われてしまう。くっそ、不覚である。女だったら白石の顔の良さに惚れていたかも知れない。しかしその場合、異性恋愛ということで白石の恋愛対象外となるので結局悲恋だな非常に残念なお話である。

「ご、ごめん、きもいよ……! やめてください!」

 捨て台詞のようにその一言だけ残して、そうして気がつけば、俺は教室から、白石から逃げ出すように、荷物を胸に抱えて走り出していた。
 この一件が俺の心に大きなトラウマを遺したことは言うまでも無いだろう。